8話 命の時間と目に映る差異(1/6)

本棚の前では、既にライゴのオススメ絵本は残り二ページほどで、ライゴが真剣な顔で読み聞かせていた。ライゴなりに感情をこめた声が、丁寧に文字を追っている。

それを真面目に聞くシェルカと、一応付き合いで聞いている風のニディアに囲まれて、少し落ち着かない様子ではあるものの、ケトも本の絵を見つめていた。

その向こうで一人ちょろちょろしているのはリーバだな。

棚から本を延々と出していたらしいリーバが積み重ねた本の山は、そろそろリーバの身長を超えそうだ。

俺はライゴ達の邪魔にならないよう小声でリーバに話しかけた。

「すごい山になったな」

「あたち、しゅごい」

「この後皆で工作するけどリーバもやるか?」

「やりゅ」

「じゃあ一緒に片付けようか」

そのうちライゴが本を読み終わり、皆の拍手に顔を上げたリーバが慌てて混ざりに行く。片付けを途中で放り出して。

「なかなか良い話だったな」

ニディアが感心したように頷いている。

シェルカはキラキラした瞳で感動している様子だ。

「お兄ちゃん、読むのとっても上手で、すごかったよ」

「ん、うん……ありがと……」

ライゴとシェルカはあの日以降時折こんな感じになっていたが、それ以上拗れることはなく、微妙にギクシャクしたまま日常を過ごしていた。

「ケトはどうだった? 面白かった?」

ライゴに尋ねられて、ケトは周囲の注目を浴びていることに戸惑いながら小さく頷く。

「……うん」

「そっかぁ、よかったぁっ!」

嬉しそうに笑うライゴの横顔を、シェルカが寂しげに見つめているのがなんとも言えずもどかしいんだよな……。

俺は最後の本を棚に戻すと、さっきよりは落ち着いた様子の子どもたちを座らせて、改めて皆で自己紹介をしようかと持ちかける。


「では年長者のボクから」

颯爽とニディアが立ち上がった。

「ボクは誇り高きトラコン族のニディアだ。今はこんな格好をしているが、お前など踏み潰しても気付かないくらい大きいんだぞ」

おいおい、あんまり圧をかけないでやってくれよ?

「ニディアは女の子なんだよ」

ライゴが補足してくれている。

「うん」と不思議そうにケトが頷いているのを見るに、分からなかったのは俺だけだったんだな。

「ボクがここで過ごすのは次の次の誕生日までになるが、わからない事があればなんでも聞いてくれ。年長者として助けになろう」

そうなんだよな。

ザルイルの話によると、この世界では小学校にあたるものは概ね種族別になっているらしい。まあこれだけ多種多様な生き物がいれば、全部混ぜ合わせて勉強ってのも難しいだろうなとは思う。

なので就学年齢も種族によるとのことだった。

トラコン族の場合は、八歳の誕生日がそれに相当するらしい。

今四歳と三歳のライゴ達……フワトラコン種と言うらしいが、こちらは六歳から就学できるという話だったので、ライゴもニディアと同じくあと二回りで卒業なんだよな。

好きな色から好きな食べ物、好きな空の色などもりもり語ってくれるニディアをまあまあその辺で……と着席させて、ライゴを立たせる。

年の順から言えば次はケトだが、こういうのにまだ慣れてないなら、せめて全員の話を聞いてからの方がやりやすいだろう。

しかし、ニディアの好きな色が焦げ茶色ってのはちょっと意外だったな。普段は折り紙も緑とか黄色をよく選んでる気がするんだが。

「僕はライゴ、フワトラコンだよ。今5周目です」

なるほど、歳はそういう言い方をするもんなんだな。

そういや、ザルイルはこないだの誕生日でいくつになったんだろうか。

ライゴは少し照れながらもハキハキと自己紹介をして、シェルカはもじもじしながらも、頑張って名前と種族と歳に、好きな色は「私の色と、お父さんと、お兄ちゃんと、ヨーへーの色」だと言った。

ふむふむ。いつもよく選ぶピンクは分かるが、紫と、ブルーグレーと……俺の色って何色だ? 普段は深緑色の七分袖シャツにジーンズとエプロンで過ごしているから、肌の面積はそう多くないし、総面積で言うならエプロンの色か? 俺が長いこと愛用している黒のデニムエプロンは度重なる洗濯で色が落ち、今はグレーに近い色をしていた。

「あたちも、ヨーへーのいりょ、しゅき!」

リーバが俺を振り返って言う。

リーバは流石に集中力が続かずに、皆の話の途中で離席してうろうろしだしたので、今は俺が膝に抱えていた。

「俺の色って何色だ?」

聞き返すと、リーバはシュルリと細く長い舌を出して、俺の前髪に触れる。

「この、いりょ」

ああなるほど、髪の色か。確かにライゴ達も毛の色だもんな。

「黒か」

「僕もヨーヘーの色好きだよ。黒っていうより、もうちょっと優しい色かなぁ」

ライゴの言葉に、俺は少し伸びてしまった前髪をつまむ。

染めたこともないままの地毛だが、確かに人より色素は薄い方かも知れない。

目も髪も陽に当たると茶色っぽく見えるのは母譲りなんだと、ずっと昔に父に言われたのをふと思い出す。

そっか。俺の中にもまだ、母の残した物があるんだな……。

「焦茶色って感じ?」シェルカが言うと「そうだね」とライゴが同意する。

ライゴの言葉に、シェルカが嬉しそうにライゴを見る、が、ライゴはシェルカと目が合うと、逃げるようにして俺を見た。

うーん。この二人も早いとこなんとかしてやりたいよなぁ……。


リーバの「あたち、りぃば。あたち、かわいい!」という自己肯定感に満ち満ちた自己紹介を経て、いよいよ今日の主役であるケトの番だ。

ケトは、名前と種族と歳の後で「青と緑が、好き」とだけ言って終わった。


青はケトと母親のタルールさんの色だな。緑はニディアの色でもあるが、もしかしたら……。

「ヨーへー? ケトの自己紹介終わったよ?」

「あ、ああ、そうだな。じゃあ今日は皆でこんなのを作ってみようか」

俺は昨日のうちに作っておいた工作見本を皆に見えるように出した。

ハサミと折り紙で少しだけ工作をして、ケトの手先は外見年齢相応に使えるようだなと把握する。

……何がどうしてかまではわからないが。


自由遊びの時間にして、室内を一通り片付けてから外に出ると、庭で走り回る子ども達の中にケトは居なかった。

俺は、四人が安全に遊んでいるのを確認してからケトの姿を探す。

やっと見つけたスライム少年は、巣と保育室の隙間の細い空間にピタリとハマっていた。

「おぉお!? どうした!? 出られないのか?」

「……出られる」

ケトの落ち着いた声に、ひとまずホッとする。

「そ、そっか……。それなら良かった……」

そういやシートにも『狭い隙間に入るのが好き』って書いてあったな。そうか。こういうことか……。

俺はシートの文面を思い出しながらもう一度その姿を見る。

いや、うん。これ多分スライム姿ならそんな違和感ないと思うんだけどさ。

人型だとまずいだろ。そんな隙間にそこまでフィットしちゃってんのは……。

「他の子と遊ぶのは初めてってママさん言ってたもんな。疲れたか? うちの連中うるさいもんな」

皆良い子達なんだけどな。と言い添えると、ケトは小さく頷く。

お。ライゴ達の事は結構気に入ってくれてんのかな。

嬉しい気分で、集団遊びの誘いを口にしようとした俺に、ケトはポツリと呟いた。


「父さんが……帰ってこないんだ」

……んんん???

「……母さんは、新しい父さんを探してあげるって言ってくれたけど……」

なっ、なんの話だ? 離婚か……??

「ぼくは、あの父さんが好きだったんだ」

小さな声で。静かに話すケト。

俺はとにかく口を挟まずうんうんと話を聞く。

「でも、父さんはずっと帰ってこなくて……。それで、母さんが働くことになったんだ」

なるほど。事情までは分からないが、ケトはケトなりに事態を消化しようとしてるんだな。

「そうか。大変だな……。ケトも頑張ってるんだな」

俺が共感を示せば、ケトはコクリと小さく頷く。

誰かに話したくても、今までずっと母親と家に二人きりで、話す相手がいなかったんだろうな。

話し終えたケトはまた黙ってしまったが、泣き出しそうな様子もなく、むしろ少しスッキリしたような顔に見えた。

「皆と外遊び、やってみるか?」

俺の誘いに、ケトは少しだけ迷ってから「やってみる」と答えて、隙間からずるりと這い出してきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る