6話 俺は『お母さん』ではない(6/6)

「俺は特に何も……」

首を振る俺に、レンティアさんがずいと一歩詰める。

「うちの子も、本当にお世話になっているので、なんでも遠慮なくおっしゃってくださいね」

と、にっこりと微笑んだレンティアさんが、急に悲しげな表情を浮かべた。

「あの……、ニディアが、その……ヨウヘイさんにお怪我をさせてしまったと、先日聞いて……」

「怪我……?」

ザルイルの怪訝そうな声。

そうだよな、初めて聞いたよな。俺話してなかったからな。

「それなら大丈夫ですよ。すぐ治りましたから」

俺は何ともない顔で、笑って肩を回して見せる。

どこを齧ったのか聞いてたなら、これで安心してもらえるだろうしな。

「そうですか……」と、レンティアさんがホッとした顔になる。

「これからは、何かあればすぐ教えてくださいね」

釘を刺されて、俺は大人しく従った。

「はい」

「ザルイルさんは何かありませんか?」

話を振られて、俺に何か言いたそうな視線を向けていたザルイルが渋々視線をレンティアさんに合わせる。

良かった……。あの八つの目に睨まれると、圧が凄いんだよな。

「そうだな……。ヨウヘイ、保育室でも作ってもらったらどうだろう」

言葉と共に、視線はまた俺へと戻された。

「ぅ、ええと……、保育室、ですか?」

「ああ。四人も居ては子ども部屋が手狭だろう?」

言われて、まあそうかも知れないなと小さく頷く。

「ついでに、この広い庭にも遊具や砂場があると良さそうだ。レンティア、頼まれてくれるかい?」

「ええ、もちろんです。早速作らせてもらいますね」

レンティアさんは微笑んで答える。

家具の数や配置、大きさの相談を済ませると、元の姿に戻ったレンティアさんは持参した建材を広げた。

大きなコンクリートのような色の岩や、白や赤っぽい岩、木材、金属の塊もあるな。ガラスのような透明な塊もあるようだ。

その全てが綺麗に真四角のキューブ状にまとめられていたのか。一体どんなパズルだ。

レンティアさんは細長く切られていた木材を一本拾い上げると、建設予定の場所で、地面に何やら線を引き始める。

……なんとなく、魔法でパパッと作るのかと思ってたが、そうでもないらしい。

こっちもまた時間がかかりそうだな……。


視線を子ども達に戻せば、ライゴとシェルカはへばってしまったのか、立ち止まって肩で息をしている。

リーバも飽きたのか、全く違う方向に向かってるな……。

ニディアだけは、目が慣れたようでさっきよりもずっと素早く風船を追い回している。

うーん。流石ドラゴンと言うべきか。あいつの体力は本当に底無しだなぁ。


「……ヨウヘイ」

ザルイルのいつもより低い声に、俺は思わず肩を揺らした。

あえてそっちを見ないようにしていたが、さっきから視線はビシバシ感じていた。

物言いたげな視線を送りつつも、ザルイルは俺から話し出すのを待っているのか、それ以上何を言う事もなく俺の返事を待っている。

……やっぱ、言わなきゃダメかな。この話……。

ギギギ、と軋みそうな体でなんとかそちらを振り返れば、ザルイルは俺が思ったよりも悲しそうな表情をしていた。

「ザルイルさん……」

「どうして、私に話してくれなかったんだい……?」

言われて、ずっしりと罪悪感を感じる。

「それは……」

「いや、言い方が悪かったね。君を責めたいわけではないよ。ただ、私はそんなに頼りにならないだろうかと……」

そこまでで、ザルイルは言葉を途切れさせ視線を逸らしてしまった。

………………え? なんだこれ。

もしかして、俺叱られるんじゃなくて、ザルイルを慰めなきゃいけないのか?

ザルイルは報告が無かったことを怒ってるんじゃなくて、俺に頼られなかった事に凹んでる、って事なのか……?

「いやえっと、俺ザルイルさんの事すごく頼りにしてますよ」

「……そうだろうか」

ザルイルはこちらをチラとだけ見て、また視線を逸らす。

おいおい、大の大人が拗ねないでくれ。

けどなんか、いつも紳士然としたザルイルにもこんな子どもっぽいところがあるんだと思うと、ちょっと親近感はわくな。

ライゴとシェルカを作った理由も『寂しかったから』だし、今日はザルイルの意外な一面を見てしまった気がする。


と、レンティアさんの声が響く。

「こんな感じでいかがですかー?」

見れば、建設予定地には椅子や机といった家具までがみっちり書き込まれていた。

「わあ、広いですね」

俺がそっちに駆け寄れば、ザルイルも後ろからついて来る気配がする。

「とても良い空間になりそうだ」

「本棚はこのくらいの高さにして、窓はここからここまでにしようと思うんですが、いかがでしょうか?」

レンティアさんが、図面の上をパタパタと飛びながら木材の先で指して説明してくれる。

「ああ、良さそうだ」とザルイルが答えたので、俺も頷く。

「こっちに洗い場を作って、ここでちょっとお料理もできるようにしておきますね。あ、ここに柵を作るので、子どもは入れないようになってます」

「そんな場所まで……」

「あ……良ければと思ったんですが、ご不要でしたら消しておきましょうか?」

「いやいや、嬉しいです!」

俺がぶんぶんと首を振って答えれば、レンティアさんはホッとしたように笑った。

「それでは取り掛かりますので、少し離れてくださいね」

言われて数歩下がった俺の肩を、ザルイルの大きな手が包むようにして引っ張る。

もっと下がれと言うことか?


俺達が随分離れると、レンティアさんは高く飛び上がって両手を地面に向けた。

途端、地面に引かれた線の全てがそれぞれに違う色で光り出す。


なるほど、ここから先は魔法で建てるのか。

よく見れば、色には何パターンかあるようだ。壁は大体同じ色だし……、窓のとこは違うな。ああ、素材別なのか……?


「隙あり!!」

ニディアの声に俺とザルイルが振り返れば、まさに、ニディアの棒の先が風船に触れる瞬間だった。

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