6話 俺は『お母さん』ではない(5/6)
「じゃあ行くわよぅー?」
リリアさんののんきな声とともに、風船がおろされ……るのかと思ってた、俺が甘かったんだな。うん。
風船は確かに、子ども達の手の届く高さに降りてはきた。
だがそれは、ゴウっと凄い速さで子ども達の間を抜けると、もう一度横から子ども達へ襲い来る。
「あれは……本当に危なくないんですか?」
俺の問いに、隣のザルイルが答える。
「ああ、風船だからね。当たっても痛くはないよ。針の方も先は丸くしてある。接触すれば魔法で弾ける仕組みだったと思うよ」
「なるほど……」
俺は勝手にハリボテみたいな物を叩き割る遊びなんだと思ってたが、これは風船を針で突いて割る遊びが元なんだな。
……いや、そんな柔らかい風船が、あんな爆速で移動できるか……?
リリアさんならできる……のか?
子ども達はキャーキャー言いながら、右へ左へと球を避けつつ懸命に棒を振り回している。
あっ、リーバが転、ぶ……と思ったが、頭の上で括られた白い髪をニディアがぐいと掴んで引き上げた。
「……いちゃい」
「すまない、そこしか届かなかった」
「ん」
リーバがコクリと頷いたのは、許すという意志表示のようだな。
「来るぞ!」
ニディアが叫びながら、リーバを抱えて後ろに跳ぶ。
しかし爆速だった風船は、ほんの少し勢いを落として二人を掠める事もなく通り過ぎた。
風船はそのままライゴとシェルカの方向へ。
「今だ!」
「えーいっ!」
勢いの落ちた風船にライゴとシェルカが立ち向かう。
けれど二人の突き出した棒を風船はふわりと避けた。
途端、ニディアが鮮やかな緑の髪を逆立てる。
視界の端でサッと耳を塞ぐレンティアさん。
次の瞬間、ニディアは空気を切り裂くような大声で怒鳴った。
「手加減無用だ! ボクは恩を着せる気で助けたんじゃない!!」
ああ、ニディアはリリアさんが今の風船を当てなかったのが気に食わなかったんだな。
大音量にビリリと震えた鼓膜に、俺はライゴとシェルカを見る。
案の定、二人は耳を押さえて涙目だった。
「うぅ……」
「お耳痛い……」
少し離れたとこにいた俺でもあれだけうるさかったんだ。近くの二人には厳しかっただろうな。
一方リーバは驚いた顔はしてるが、泣き出す様子も無いし大丈夫そうだな。
俺は二人へ駆け寄りながら、ふと振り返る。
ザルイルが動かないのはもしかして……?
思った通り、ザルイルも音にやられたのか苦し気に眉を寄せて……、ん?
ザルイルが両耳を押さえていた両手から青い光が僅かに溢れる。と、ザルイルはこちらへ駆け出した。
なんか魔法で治したのか。
いいよなぁ、魔法。
俺も使ってみたかったのにな。
そんな思いを端に追いやりつつ、ライゴとシェルカの背を撫でる。
「二人とも、大丈夫か?」
「お耳、痛いの……」
シェルカが紫色の瞳に涙を浮かべて答える。
そうだな、ニディアは遥か上空に頭があるリリアさんに向かって怒鳴ったからか、今までの怒鳴り声より遥かに大きかったもんな……。
「よしよし、今ザルイルさんが治してくれるからな」
俺はシェルカを慰めるように優しく頭を撫でる。
「キーンっていってるう……」
そう言うライゴの姿勢がゆっくりと傾ぐ。平衡感覚をやられたか?
「おっと」
俺は慌ててライゴの小さな肩を掴んで引き寄せる。
なんとか間に合ったな。
俺の視界を紫色の尻尾が横切る。
「ヨウヘイ、ありがとう」
礼の言葉を述べて、ザルイルが二人に魔法をかけ始める。
ホッとした俺に、リーバがてちてちとやってきて言った。
「ヨーヘー。あたちも、撫でる」
ぷう、と不満げに頬を膨らませるリーバをよしよしと撫でてやれば、赤い瞳が満足げに緩む。
ライゴとシェルカが撫でられてたのが羨ましかったんだな。
「すまない。ボクの声が大きすぎたか……」
後ろから、少ししょんぼりしたニディアもやってきた。
「あたしが治すぅ?」
頭上からの声に、ザルイルが首を振って答える。
「いや。もう終わるよ」
「そんな難しいこと、よくもまあそんな簡単そうにやるわねぇ」
どこか呆れたような調子のリリアさんの声に、ザルイルは苦笑を浮かべて答えると、子ども達の耳から手を離した。
「私には治癒はできないからね」
……そういやそんな事、前にも言ってたよな。
じゃあそれは一体何をどうしてるんだ?
俺がさっきむせた時には、気管に入ったお茶そのものを操作したんだと言ってたが……。
「大丈夫だよ、もう痛くないし」
「うん、シェルカも元気!」
謝るニディアに、ライゴ達が答えている。
「今後は、気を付けると誓う」
「あはは、ちょっと大袈裟だけど、そうしてもらえると僕も嬉しい。さあ続きやろうっ」
「シェルカ、パーンってしたい!」
「ああ。今度こそ割ってみせる!」
三人が仲良く気合を入れ直す様に、俺の膝によじ登っていたリーバもよいしょと降りていく。
「あたちも、えい、すりゅ」
おお、リーバも可愛いなぁ。
棒を掲げて団結を高める四人の姿に、ずいぶん仲良くなったなと嬉しく思う。
「ザルイルさん、ちょっといいですか?」
「何でも言ってくれ」
やたら頼もしい返事に苦笑しつつ、俺はドレス姿の子ども達を動きやすい服装へと変えてもらった。
まあ見た目の問題なだけで、実際の動きやすさは今までと変わらないんだろうが、俺の気持ちの問題だな。
「あたち、強くなった」
「うん、シェルカも早く走れそう」
「僕もっ!」
「そうだな……」
ニディアだけはちょっと残念そうだが「また終わったら、ドレスに戻そうな」と声をかければ、三人は揃って頷いた。
ライゴだけは「僕はもうこのままでいいよ」と言っていたが。
そこへリリアさんの張り切った声が降ってきた。
「じゃあ、あたしも本気でやっちゃうわよぅ?」
なるほど、ニディアにああ言われた手前、本気のフリしてくれるって事か?
そう解釈した俺の隣で、ザルイルさんが大きくため息を吐いた。
「……これは長くなりそうだ……」
……ん?
子ども達の邪魔にならないように距離を取る俺とザルイルに、レンティアさんが近付く。
「これが終わったらと思ってたんですが、まだかかりそうですし、今のうちにお二人にお話し聞かせてもらってもいいですか?」
「ああ、ありがとう」
何の話だろうと首を傾げる俺の隣でザルイルが頷く。
「プレゼントの件だよ。ヨウヘイは何か欲しい部屋はあるかい?」
「部屋……」
子ども達は、さっきよりもグンと早くなった風船を相手に、目が追いつかないのか右往左往している。
……確かに、そう簡単には終わりそうにないな……。
しかし部屋なんて、急に言われても何かあるか……?
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