カマイタチと女の子を拾ったので家族になる

九戸政景

第1話

「はあ……」



その日、風祭かざまつり辰也たつやは夕焼け空の下を一人でトボトボと帰っていた。その顔や着用している学生服などには幾つかの傷や破れた痕があり、表情もとても暗いものだった。



「なんで僕っていつもこうなんだろ。この内気で人見知りな性格のせいでクラスの子達にはバカにされたりからかわれたりされるし、今日だってお金を出せって脅されて断ったら殴られたり蹴ったりされた。もうこんな人生は嫌だな……いっそ死んでしまったほうがいいのかな」



辰也は俯きながら歩き、そのまま家に帰った。ドアノブを軽く捻ってからため息をつくと、ポケットから鍵を取り出してそれを鍵穴に差し込み、ドアの鍵を開けて中へと入った。



「ただいま」



家の中へと呼び掛けるが、返事はない。廊下は暗く、シンと静まり返っていた事から辰也は更に顔を暗くしながらため息をついた。



「やっぱりいない、か。それはそうだよね。二人とも僕の事はどうでもいいんだから」



そのままリビングへ行って、辰也はテーブルの上に置かれた紙に目を向ける。そこにはしばらく帰らない旨と食事代と書かれた多くの金銭が入った封筒が置かれており、辰也は哀しそうに俯いた。



「先月だってそうだったのに今月も……もうどこかに行っちゃおうかな。一人で暮らしてそのまま一人で……」



辰也は呟いた後に顔を上げた。



「……気分転換に散歩でもしよう。その後は何か作って食べて、勉強してからそのまま寝てしまおう」



辰也は玄関まで戻ると、靴を履いて外に出た。そして鍵をかけてから歩き出すと、辰也の横を一陣の風が吹き抜けていった。



「いたっ……」



辰也は軽く顔を歪めてから痛みが走った部分に目を向ける。痛みが走ったのは左手の人差し指であり、爪の近くには小さな切り傷が出来ていた。



「切り傷……まあ後で手当てすればいいよね。でも、どうして突然切り傷なんて出来たんだろ。ただ歩いてただけなのに……」



辰也は首を傾げる。しかし、その答えは見つからなかったため、その内に辰也は考えるのを止めた。



「そういう事もあるって考えるのがいいよね。世の中は何が起きるかわからないんだから」



そうして辰也は再び歩き始める。その足取りは決して軽いものではなかったが、少しずつ辰也の表情には明るさが戻りだし、辰也は軽く微笑み始めた。



「やっぱり何かをしてると気分転換になるな。こうして歩く機会はこれまでなかったし、たまにはこういう時間を作ってもいいのかもしれないなあ」



そんな事を独り言ちながら辰也はのんびりと歩く。そして数分後、辰也はある公園へと差し掛かった。



「ここは……小さい頃はよく遊びに来てたけど、最近は中々来なくなったなあ。来る理由がないからと言えばその通りなんだけど、せったくだし入って──」



その時、公園内から一つの声が聞こえ、辰也は入ろうとした足を止めた。



「……この声、間違いない。僕をバカにしたりからかったりしてくるグループの子達の声だ」



公園内からは楽しそうに笑うような声が聞こえていたが、その響きはどこか嫌なものを感じさせ、辰也の表情も嫌悪感を示すものになっていた。



「また誰かをイジめてるのかな……どうして高校生にもなってそんなに誰かに対してイジメなんて出来るんだろ。そんな事をしたって楽しいわけがないじゃないか……」



公園の入り口で辰也は哀しそうに呟く。そして辰也が帰ろうとしたその時だった。



「だ、誰か……!」



公園内から少女の声が響いた。鈴を転がしたようなその声は聞くものを安らげるようであり、辰也は帰ろうとした足を戻した。



「女の子……あの子達、僕だけに飽き足らず女の子までイジめてるのか。どうしよう……助けにいきたいけど、僕まで巻き込まれるのは少し怖いし……」



辰也は公園の前で悩み始めた。しかし、再び少女の助けを求める声が聞こえてくると、辰也は公園の中に足を踏み入れた。



「……行こう。やっぱり放っておくなんて出来ない。最悪の場合、僕が身代わりになってその子を逃がせばいいし、とりあえずどんな事になってるか見に行かないと……!」



辰也は決意を固めると、そのまま公園の中を歩き始めた。イジメっ子達の声を聞きながら歩く辰也の表情は悲痛そうなものであり、歩く速度も決して速いとは言えなかった。そうして歩いてくと、辰也は広場についた。広場には学生服姿の少年達が何かを囲むようにして立っており、その姿に辰也は恐怖を感じたものの、首もとで拳を軽く握って唾を軽く飲み込むと、辰也は恐怖に負けずに声を張り上げた。



「やっ、止めなよ……!」

「あ?」



イジメっ子達は辰也の声に反応して一斉に辰也の方を向く。そして二人のイジメっ子が移動した事により、イジメっ子達が取り囲んでいたものの正体が目の当たりになった。



「……え? い、イタチ……?」



イジメっ子達が取り囲んでいたのは、小さな身体の鎌のような爪を持った三匹のイタチであり、二匹を守るようにして立ちながら肩で息をするイタチの身体には多くの傷がついていた。

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