おにふるよるに
油絵オヤジ
おにふるよるに
星降る夜ってやつだ。明日からの新生活を控えて興奮しているのか、うまく眠れない。ハンガーにかかった真新しい制服を横目に、俺は外に出た。春とは言っても深夜ともなれば少し肌寒い。ジャージの上下を着てまだ見知らぬ町をぶらぶら。迷っても、スマホがあるからなんとか帰れるだろう。
もう桜も散り始めた公園は、夜のにおいがする。月明かりはほとんどないが、街灯が煌々と光っているから足元に不自由はない。小学生の時に住んでいた田舎では考えられない明るさに、ちょっとウキウキする。。スマホで地図を見ると、けっこう大きな公園だ。しばらく歩くと、街灯が全くない広場に出た。あたりは真っ暗だが、空は星で異様に明るい。田舎で馴染んだ星空を、ここ厚柿市でも見られるとは、なんてぼーっと考えていた。
だから、それが異様なことだって、俺は気づかなかった。
かなり歩いたはずだが、公園の出口どころか、広場の端にも着かない。足元も、なんだかおぼつかなくなってくるようだ。
「やあ」
背中から呼びかけられ、俺は驚きのあまり前に跳んで、そしてコケた。最近急に伸びた身長に、感覚が追いついていない自覚はあるが、なにしろ背後に気配を全く感じなかったのだ。
呼びかけられた声は、鈴の音のようにコロコロと笑う。星あかりに青白く照らされた声の主は、その子は、自分よりだいぶん小さかった。星に輝く大きな瞳、ツンと尖った鼻と柔らかそうな唇。ドキッとしたのは、驚いたからだけではなかったろう。素直に綺麗だと思った自分にも驚く。
「こんな時間に、こんな場所にいてはいけないよ」
小さく開いた唇から、心地の良い声が紡がれる。
「君は」
「今は丑三つ時。妖怪変化、そして鬼の時間だ」
「鬼?」
唐突な言葉に、頭がついていかない。だが、よく見ればその女の子は和服のような、不思議な服を着ていた。姉貴の部屋で見た漫画で、似たような服を着てるキャラがいた気がする。
キィィィィ
遠くなのか、近くなのかもわからないが、聞いたことのない声がする。犬猫ではなさそうだけど。
「ほら、来ちゃった。そこにいて、動いたり声を出してはいけないよ」
彼女は、背を向ける。その向こうに、何か大きなものが飛び降りたような、ズシンという地鳴りが聞こえた。姿は見えない。
「小鬼か。修行の身でも、霊符があればなんとかなるかな」
いつの間にか、彼女は棒を構えた。何やらブツブツと呟きながら、懐から紙を何枚か取り出す。胸に手を入れるのが背中からでもわかって、なんだかドキドキしてしまう。
「はぁっ!」
掛け声とともに紙を投げる。紙は瞬時に燃え上がって、眩しさに思わず目を閉じた。
何秒、目を閉じていたのだろう。
「もういいよ」
声をかけられて目を開けた時、彼女はもういない。あたりは街灯の光に照らされ、公園出口の車止めが見えた。
不思議な体験にさらに眠れなくなり、翌日の入学式には遅刻した。
扉を開けて飛び込んだ教室に、彼女の顔を見た時の俺の気持ちを想像して欲しい。
彼女は、彼は、学ランを着ていた。ぶかぶかで、明らかに身の丈にあっていなかったけれど。
おにふるよるに 油絵オヤジ @aburaeoyaji
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