異聞三国志【冬に咲く花】
七海ポルカ
第1話
鬱蒼とした暗い山道に、ぽつりと月の光が射し込んでいた。
口を閉ざしたまま、黙々と歩いていた陸遜は、ずっと考え巡らせていた思索を、その光に気づき断ち切る。
振り返って、登って来た山道を振り返ると、少しだけ遅れて、孫策がやって来る。
彼は背に、周瑜を背負っていた。
よく喋る孫策がこの山に入ってから口を閉ざして登っているので、疲労があるのだろうかと陸遜は気にしたが、顔を見れば、額や蟀谷に汗は浮かんでいても、孫策はまだ歩けそうだった。
陸遜が立ち止まってこっちを見ると、大丈夫だ、というように笑んだりもする余裕がまだある。
孫策がいよいよ駄目な空気を出せば、陸遜は周瑜を背負って歩くつもりだったが、まだそういう声は掛けずとも大丈夫そうである。
周瑜は女性だが、もともと身長が高く、陸遜よりも、周瑜の方が少しだけ背も高い。
それでも、自分がここへ孫策と周瑜を連れてきた以上、意地でも背負って歩く覚悟が彼にはあった。
陸遜は実際、孫策の剣以外の荷を引き受けて、背負ってるだけなので、険しい山道でもまだ疲れてはいない。
少年時代から陸家の諜報部隊である<
神速は<六道>の真骨頂だ。
風や鳥のように野を駆け、山間を飛ぶ術を、彼は身につけている。
孫策はまだまだ意欲的な顔をしていたが、
月の光のある所までやって来て、後ろを見て、彼は呆れた顔を浮かべた。
「りょーとー! 遅れてるぞォー!」
声が響く。
人を一人背負った孫策よりも遥か下の方で、険しい斜面にしがみつくような体勢で、ほぼ四つん這いで登って来る姿がある。
はーい! と返事は返ったが、いかにも嫌そうで苛々した響きがあった。
「駄目だな、あいつは……。
どんどん遅れてるぜ。置いてくか」
孫策が呆れた声で言う。
「そうですね……。別に淩統殿に無理強いするのも気が引けますし、ここで待っていてもらっても結構なんですが、この辺り一番山が深いので、下手をすると迷って遭難する可能性がありますが……」
「何もここで待たさなくても、俺たちは先行って、あいつはゆっくり登って来させりゃいい」
「いえ。ここから先も道に迷いやすいのです。多分、先導する者がいなければすぐに道が分からなくなるでしょう」
「どんぐりでも目印に落しておきゃいいだろ。子供じゃねーんだし、あとはこれ辿って自分で登って来いってさ」
「なるほど。それもそうですね」
あっさり、陸伯言は頷いた。
「ちょーっと! なに二人で物騒な話してんの。俺はどんぐりなんか辿りませんよ!!
やめてよこんなとこに置いて行くの!」
ようやくぜぇぜぇ言いながら登って来た淩統が、斜面に出来た段差に膝をつき、険しい顔で抗議をする。
「だってお前、荷物何にも持ってねえのにすっげー遅いんだもん」
孫策は正直だった。
「陸遜ほどじゃないにせよ、俺ももう少しだけなら早く登れるぜ。
まだ体力的には余裕あるし」
外套に包み込んだ周瑜を背負った姿のまま、孫策が言うと、淩統は信じられないものを見るような顔で彼を見遣った。
「さっすが<小覇王>って呼ばれるだけある……。
ホントに体力有り余ってるんすね……。
そら毎晩元気いっぱい奥さん可愛がっちゃうわけだー……」
「お前根性ねえな」
孫策が木の幹に手だけ掛けて、苦笑した。
「俺が根性ないんじゃなくて、この山が異常なの! ずっとこんな斜度で、どうやって人が登って行くんだよ!
コレ絶対人が入っちゃいけない山だ! 入った俺たちが間違ってんだ!
きゅーけい! きゅーけいを所望しますよ!
駄目って言ったら、オレそのうち足踏み外して麓まで転げ落ちますからね!」
「しかたねーなー。
陸遜、十分だけ休憩だ」
「はい」
孫策が周瑜を背から下ろした。
まず自分が座り、こんな時でも周瑜が汚れないように自分の膝の上に座らせるようにして、腕の中に彼女を抱え直した孫策の姿は、さすがに陸遜のあまり動かない表情も、少しだけ微笑ませる。
「じゅっぷん~!!?
一時間にしてよ……体力戻んない」
「却下だ。」
淩統は汚れることなど考えず、その場でうつ伏せに倒れ込んだ。
「十分で出るからな淩統。それが嫌ならどんぐり追って一人でついて来い」
「嫌ですよ! こんな冬の季節に遭難なんかしたら死ぬしかないでしょ!!
大体どんぐりなんかどこにあるのよ!」
「そういや建業の方は雪降ってたもんなあ。
雪積もってたらさすがにもっとここに来るまで苦労しただろうな。
不幸中の幸いだった」
「そうですね」
「……頷かないぞ俺は。幸いって確かもっともっと幸せな気持ちになれることを言うんだ。
もっと苦労をしたとか少し危険が減ったとか、そんなことを幸いって言わない」
「ごちゃごちゃうるせーな。
やっぱ甘寧連れてくりゃ良かったよ。
あいつなら『よーし甘寧、どっちが山頂まで早く行くか競争だ』って言っただけで焚き付けられて目を輝かせて山頂目指して猛然と登って行ったはずだ」
「だからね。俺は単純馬鹿とは脳みそからして違うんですよ……。
オレ競争とかキョーミないもん」
「それ以上愚痴ばっか言うならな、建業戻ったら淩操にお前が道中文句たらたらだったって言いつけるぞ、淩統」
「いいよ父上なんかもう……。今頃あったかい風呂に入って美味しいご飯食べてフカフカの寝台で寝てんだから……」
「オーイ!! やめろ! 俺の腹が減って来るだろ!!」
陸遜は二人の遣り取りに小さく苦笑してから、もう一度月を見上げた。
「……お前は大丈夫か?」
すぐに視線を戻す。孫策が陸遜を見ていた。
「私ですか?」
「うん。なんかずっと黙ってるから」
「策様、伯言さんは普段からずっとそんなですよ。元から無口なんだよ」
「そうか? 陸遜別に無口じゃねーよ。なぁ。喋らないといけないことはきちっとお前喋るよな」
「はい……。すみません。私はまだ全然大丈夫です。少し考え事をしていて」
「考え事?」
「はい。建業で、孫権殿が仰ったことを考えていて」
孫策はすでに十日前になる、城でのやり取りを思い起こした。
「すまん。あの時は、弟が気に障ることを言った。
けど、あんま気にすんな。俺も周瑜もお前のこと本当に信じてるし……」
お前が災いを招いているのだと、自分の弟が陸遜を詰ったことを思い出し、孫策はそんな風に詫びたのだが、すぐに陸遜が気付いて、首を慌てて振った。
「あ、いえ。申し訳ありません、そのことは全く気にしておりませんので、どうかお気になさらず。私が気になったのは――あの方が『盧江で何かあったのだ』と言ったことです。
確かに、城での周瑜様に、今回のような兆候はなかったのですから、盧江で何かあったのではと思う読みは正しい。だから自分でも、その時のことを考えていて……」
孫策はきょとんとした。
彼はてっきり、何の罪も犯していないのに建業の城で疑われ、詰られたことを陸遜が気にしていると思ったのだ。
しかも、それも当然だと思った。
孫権と張昭の二人から、あれだけ罵声をぶつけられれば、普段の行いが勤勉だけに、落ち込むのも当たり前である。
だが、陸遜は、本当にそのことは頭に過っても無かったらしく、孫策が詫びると若干申し訳なさそうな顔を見せた。
孫策は吹き出してしまった。
「はは……、そうか。いや。お前が気にしてないならいいんだが。
陸遜。お前は本当に豪気だな。それに懐が深い。
権はともかく、張昭にあんな風にくどくどと説教されれば、大概のヤツは一週間ほど落ち込めるもんだぞ」
「いえ……」
「お前は、自分のやっていることに自信と誇りがあるんだな。
そこでそういうものが無い奴は、張昭の言葉を真に受けて、落ち込んだり悲しくなったりするもんだ。
でもお前は、俺や周瑜に尽くしているという揺るぎない自負がある。
だからああいう暴言も、さして気にせずにいられるんだ。自分には全く当てはまらない中傷と暴言だから」
「ありがとうございます。けれど、張昭殿のお言葉は、胸には留め置いております。
確かに私の命などでは、周瑜様や陛下のものとは代えられないものなのですから。
私が命を懸ける、などと口にして、あの方が怒られるのも無理はない。
かえって軽はずみに聞こえたのでしょう」
「それでもあんだけ言われたら、どんなに心が広い奴でも少しくらいはカチンとくる。
だがお前は俺に言われるまで本当に平然としてた。
大した奴だ。お前は心が広い」
「……恐れ入ります」
陸遜はそんなことで褒められると思わなかったのか、少しだけ戸惑った様子で返して来た。
その様子も見返して、孫策は微笑った。
「? あの……」
「いや。実はな……。
もしかしたら聞いてるかもしれんが、俺も、少し、お前のことを疑っていたんだよ。
ただ、権や張昭のように、お前が俺たちに害を与えるんじゃないかとかいうことじゃない。
そんな風に疑ったことはない。
お前は出会った時から献身的に尽くしてくれてた。
いい奴だと思ってたから……お前が周瑜のこと好きで、周瑜もお前のこと好きなんじゃないかって、そんなことをだ」
突っ伏していた淩統が思わず顔を上げた。
「へー。めっずらしい。策様でもそんなこと考えることあるんだ」
「まーなー。
勿論、周瑜は浮気なんかするやつじゃねーし。
お前もそういう奴じゃないってのは分かるんだけどさ。
……でもお前も美形だし。
なんか仲いいなーって思うことがあってだな……」
陸遜は何と言えばいいのか……というような顔をしていた。
仲がいい、という表現が的確かどうかは疑問だが、周瑜との間に実際の所『共感』は少し存在する。
言葉に出せないし、出す意味もない。それはそんなものだ。
陸遜がその事情を表面に出したのはたった一度、一瞬のことだった。
抗いがたい痛みに耐えかねて、手を伸ばしてしまった。
二度とあんなことはしないと、陸遜は誓いを新たにしている。
――それは即ち、孫策の子種を得て、身に宿すことが出来れば、この闇の生業から……背負い込んだ陸家の宿業から逃れられるかもしれないと思い、孫策が惑い、自分を抱くように、彼に媚薬を盛ったことである。
あれは魔が差したという表現が一番正しい。
陸遜が自分の行いを自分で咎め、後悔したのは、盛ったすぐ後で、そこからやらなければ良かったなどと思った所で、もう手遅れだった。
孫権は苦しむ兄の姿を見ていたのだから、それは当時、兄の側にいた陸遜のことを疑い、警戒するようになっても、仕方ないのだ。
陸遜はむしろ、孫権の自分に対する拒絶を感じると、腑に落ち、納得するくらいだった。
孫権は父親も暗殺で失っているのだ。
同じ悲しみを繰り返したくないと、彼が心で必死に思う気持ちは理解出来た。
頭に過る。
自分も父の死の姿を忘れることが出来ない。
あんな苦しみを、二度と繰り返したくないと思う。
人を救って死んだ父を尊ぶからこそ、自分も立派に人に尽くして生きねばならないと、陸遜はそういう風に思っていた。
大切な存在の死は、心の中に余韻となって、きっと一生、響き続ける。
遠い記憶になることはあっても、不意にその余韻が昨日のことのように鮮明に響くこともある。
忘れることが出来ないのだ。
陸遜は孫権に、父親の死の恐怖をいつも思い出させる存在なのだろう。
それは疎んでも仕方ない、と思う。
だから陸遜は、一生孫権に恨まれ続けることも、すでに覚悟の上だった。
しかし逆に言えば、例えば張昭には、いつかきちんと自分の働きぶりを認めてもらわなければならない。
死力を尽くしてもそれが叶わないというのなら、それは明らかに自分に問題がある。
人に信じてもらえない、何かがあるということになるのだから。
陸遜は、自分が周瑜と似ているなどとは少しも思ったことが無かった。
似通ったのは「一時必要に迫られて性別を偽って過ごしたことがある」というそのことだけだ。
周瑜が男として生きていたのは子供の頃の一瞬、しかも自身が望んでそうしたのではなく、周家や出生の秘密を理由に、必要に迫られてやったことだ。
その必要がなくなると彼女はきちんと女の纏いに着替え、女として孫策と出会い、最初は戸惑いもあったというが、今もこうして、女としての魅力で孫策に愛されるようになった。
陸遜も、きっかけは、
命を懸けて陸家を守ろうとした人間がいて、それが自分の父なのだと、陸家の人間に――本家の人間に、一生、忘れることの出来ない事実として刻み付けたかった。
だからその為には、陸遜が父・陸駿の後を継げる『長男』でなければなかったので、陸康に直訴して男として生きる必要性があった。
必要性には確かに迫られたが、だが戦いを生業にすれば、女であることに何の利点もないことを陸遜はすぐに理解した。
だから自分で、服毒し、女の機能を止めたのである。
陸遜の決断は早かったので、まだ少女から女へと明確な変化を遂げる前からの服毒は、完璧な効果をもたらした。
おかげで、陸遜には女の身体がもたらす負荷が、一切与えられなくなった。
今や男同然の働きがこうして期待出来る。
陸遜はそれに満足していた。
例の一件にしても、別に完全に女としての人生を取り戻したいと願ったわけでは全くない。
ただ王家の血を引く子供を生みたかった、それだけのことだ。
陸康に対して、切り札を持つことが出来ればそれでいいと思っていた。
孫策に出会い、恋をして、妻となり、それまでの孤独や葛藤、悲しみから解き放たれた周瑜と、自分の真の姿を隠し続けることで、偽り続けることで何かを守ろうと決めた自分とでは、全く意味が違う。
陸遜はそれをよく理解していたから、自分が周瑜にどこか似ているなどとは思ったことが無い。
むしろ、彼女とは正反対の生き方を選んだのが自分なのだ。
しかし周瑜は覚えのある感覚だからなのか、自分を偽らなくてはいけないのはとても苦しいことだからと、時々、そういう生き方を選んだ陸遜に共感を抱いたように、優しさから声を掛けて来ることがあった。
孫策が引っかかっているのは、つまりそこだ。
彼は陸遜の行動ではなく、周瑜の行動に引っかかっている。
不意に知ることになった陸遜の『秘密』の、思いがけない共有者として、周瑜が陸遜に心を開き、憐れみの感情で優しさを向ける時に、何か特別な感情があるように見えるのだろう。
「……申し訳ありません」
陸遜は、応えるのに難しい孫策の言葉に、結局その言葉で返した。
孫策はすぐに明るい表情で首を振る。
「いや、いいんだ。俺もな、勘違いなのはちゃんと分かってんだ。
周瑜はな、最初からお前のこと気にかけてたんだよ」
「え?」
「初めてお前に会った時から、どこかで会ったような気がするとか言ってたんだ」
陸遜は思い出した。
確かに、周瑜は一番最初に挨拶を交わした時に、一瞬不思議な表情をして、陸遜に対して『どこかで会ったことがあるか?』と尋ねて来た。
その表現は正しく、陸遜は
変化は完璧だったと思うが、侍女に化けていたあの時に周瑜とは一度顔を合わせた。
彼女はその一度、一瞬のことを覚えていたのだろう。
……その時、陸遜は何かが頭に過った。
違和感のようなものだ。
だがその時は、それが何かは分からなかった。
「周瑜がそんなこと言うなんて初めてだったから、つい妬いて。
俺は自分が周瑜の一番の好みじゃないと嫌だからな」
孫策は腕の中の周瑜の額に、自分の額を寄せる仕草をした。
本当は手で頬や額に触れたかったが、今は泥だらけなので、周瑜を汚すのが嫌だったのである。
「……策さまってホントに愛妻家っすね」
「なんだいきなり。しみじみと」
「いえ。うちの父上も、母上亡くなったの、俺を生んで間も無くだからすっげー前のことなのに、今でも休みの日、母上の大切にしてた庭とかに自分で花植えてたり、俺はもういい加減再婚してもいいんだぞとか言ってんのに、『あれよりいい女がいたらな』とか言って全然未だに女っ気もないの、実は自分の父親だけど結構すげーって思ってて、うちの両親って仲良かったんだなぁって思うんですけど。
策様のところはうち以上に仲良しですよ」
「それだけの女を妻にしたからな」
孫策がニッ、と笑うと、淩統がうつ伏せになって上半身だけ起こした姿で口笛を吹いた。
「すっげー自信。カッコい~」
「もっと誉めていいぞ。それに驚け。俺と周瑜は初恋同士だ」
「マジで!?」
淩統が思わず身を起こした。
「そうだぞ。ちゃんと本人に確認したしな」
「えっ! じゃあ策様、他の女の子好きになったことないんですか? 一度も!?」
「ねーよ。周瑜昔からすげー美人で可愛かったもん。
他の女が束になったって周瑜には敵わないからな。
興味も沸いたことねえ」
「すげー! オレ絶対そんなの考えられねえ……可愛い女の子いっぱいいるし……ああ、でも、確かに周瑜殿はものすごい美人ですもんね」
「そうだぞ。美人だなーって思うのはいいが横恋慕すんなよ! 淩統。
周瑜をやらしい目で見たりするなら、お前ここに置いて行くからな!
どんぐりも置いてってやらねえで放置するぞ」
「いや、しませんよ今更そちらさんに横恋慕なんか……。だっていつも策様たちの熱愛っぷり色んな所から聞かされてるし……。
俺さすがに策さまより周瑜殿愛する自信とか無いもん……。
あとなんか横恋慕したら殺されそうだし……。
オレ美人は好きだけど恋愛の為に死にたくねーもの……」
「己をよく分かってんじゃねえか淩統」
孫策は機嫌よく笑った。
それから彼はもう一度周瑜を背に負い直して立ち上がる。
「この世で俺より周瑜に相応しい男なんか他にいるわけねえ」
「ひゅーっ。カッコイイ~! 俺も言ってみたい台詞!」
「ふふん。もっと俺に憧れていいぞ」
「よっ! 小覇王! さすがにカッコイイ! 憧れるからあと一時間休憩させて!」
「却下だ。とっとと起きろ淩統! 楽しい山登りの時間だぞ」
笑っていた孫策の表情が途端に引き締まり、彼は更に斜度を増す山の上を睨んだ。
「あ……やっぱ行くんだ……」
淩統がガッカリしている。
「当たり前だろォ! 目下、毒とか薬盛られたっつうのが一番有力説なんだから、人の嫁をこんなふざけた状態にしやがった奴を見つけてとっ捕まえて、そうだその前に周瑜を目覚めさせて、喜びのあまりイチャイチャしたり……ああ!! とにかく俺はこれからやることいっぱい詰まってんだよ!! いいか! もう休憩はしねーからな!
陸遜!
あとどのくらいで着く?」
「はい。ここはもう中腹まで来ていますので、師匠の庵までは数時間ほどで辿り着きます」
「まだ数時間も登んの!?」
「よーし! 周瑜、あと数時間の辛抱だからな!」
「伯言さんあんた人を殺す気!?」
「こんなの呂布軍に追い回されて見知らん涼州の険しい山の中徘徊してた頃に比べれば全然楽勝だぜ!」
「オレ可愛い女の子もいないこんな山中でこれ以上頑張れる気がしない!!」
「周瑜、見るたびに寝顔も可愛いな! 大好きだぜ! 元気出て来た!」
「……。」
全く真逆の反応を見せる二人の男を交互に見比べて、陸遜は口を閉ざした。
「ここまで来ればその数時間をどれだけ短縮出来るかが勝負だぞ!
ついてこい野郎ども!」
「野郎どもってたった二人しかいないんですけど!
しかももうそのうちの一人心が折れかけてるんですけども!
もしもし!? 策さま、人の話聞いてる!?
ああ! こりゃ絶対聞いてないね!」
孫策は本当に一日休んだような元気のいい足取りでまたガンガンと山道を登り始めた。
「化け物かあの人の体力」
淩統が唖然としている。
彼はまだ立ってもいない。
陸遜が彼を見下ろした。
「どうしても駄目なら、この端切れを落として行ってもいいですけど。
ゆっくり後からいらっしゃいますか? 夜中とかここ、虎とか熊とか出ますけど、それでいいなら」
淩統は両手で顔を覆った。
盛大な溜息をつき、よろよろと立ち上がる。
「いいわけないでしょ馬鹿じゃないの。……行きますよ。行けばいいんでしょ行けば……」
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