愛という名の呪縛

杏月澪

第1話

「ねぇ、聞いてもいい?」


 隣で僕のピアノの演奏を聞いていた彼女が突然、そんなことをいった。普段は口も聞いてくれないのに質問してくれたのが嬉しくて演奏を止める。


「今日は機嫌がいいね」


 そういうとムッとしたような顔をして近くに置いていたクッションを投げてきた。だけど力の弱い彼女が投げても痛くも痒くもない。それがおかしくてつい笑ってしまう。


「なに笑ってんのよ、調子にのらないで」

「ごめん、ごめん。それで聞きたいことって?」


 聞き返すと彼女は目を見開き、さっきとは比べものにならないくらい低い声で呟くようにいった。さっきまで可愛いかったのが嘘みたい。


「それ本気でいってんの? 巫山戯るのも大概にして」


 あぁ、また怒らせちゃった。ほんとに人の感情は理解できない。


「なんで、私だけなの?他の子たちは鎖で繋いで……牢屋、に入れているのに」


 今度は震えた声で問いかけてくる。コロコロと表情が変わってついていけないや。僕にはそんな器用なことはできない。


「僕のなかで特別なのは君だけだからだよ。

まぁ、でも君がどうしてもっていうなら飴玉くらいやってもいいかもね」


 そう笑いかけても彼女の表情は曇っていくだけ。僕がどれだけ頑張っても彼女は笑ってくれない。ご飯も服もたくさんやってる。欲しいといわれたものは全部あげるようにしてる。

 なのに何が足りない? 何を求める?


「あなたたち吸血鬼にとって私たちは所詮ただの餌なのね」


 口を開いたかと思えばそんなことか。何度も同じことをいわせるのはやめて欲しい。ひとつため息をついて、いつもと同じことをいう。


「当たり前でしょ。それ以上でも以下でもない。僕たちにとってはただの"もの"だ。もちろん君は違……うけど」


 彼女に愛を伝えようとしたとき、思わず息が詰まった。


 なんで、どうして。君から血を吸ったことなんてないじゃないか。

 君を傷つけた事なんてないじゃないか。

なのになんで君は――涙をながす?


「どうしてわかってくれないの。私は、私はあなたが……」


 僕の目を真っ直ぐ見て泣いている姿は、なぜか悲鳴をあげているように見えた。その琥珀色の瞳から大粒の水滴が溢れ出して止まらない。俯いた彼女になんと声をかけたらいいのかわからない。


「え、あ、紗良?」


 彼女の名前を呼ぶとハッとしたように顔を上げ、少しほんの少しだけ笑った。


「ほんとにずるいよ」


 初めて見た彼女の笑顔はとても綺麗だった。

何かが胸に込み上げて締め付ける。あつい。

心臓がいうことをきかない。


「ピアノを聴いてくれないか?」


 彼女は静かに頷き、近くの椅子に座る。言葉では表せなくてもピアノなら表せると思った。この気持ちをそのまま。彼女に伝えられると思った。


 音が屋敷の外にもれだす。それ聞いた人はいった。そのピアノの音はとても優しく、暖かかい。ただ、どこかに狂気に満ちているようだったと。

















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愛という名の呪縛 杏月澪 @aduki_003

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