第16話 ファストフード店で女の子のサービスなんて存在しない

「あれ、今日は秋月は来ないんだな」


 準備室で勉強をしながらふとそんなことに気が付く。

 桜ヶ丘と冬島はお互いの顔を見合わせて何かを示し合わせたかのような返答をする。


「あ、う、うーん」

「今日は用事があるんだって」

「そーなのか……テスト前なのに大丈夫か?」

「まぁ、今に始まったことじゃないから」


 冬島がそう言って、カリカリと自分の勉強に打ち込んでいる。


 ここで俺が深く聞いて勉強の邪魔をしてはいけないと思い、聞きたい欲をグッと堪える。


「…………そんなに気になる?」

「――――え?」

「いや、あっきーがなんで勉強会に参加しないか」

「だからただの用事なんだろ?」


 俺はそう言って、自分の勉強をしようとするが、全く手に着かない。

 そう、気になっているのだ。いままで他人なんかどうでもいいと感じていた俺が。


「まったく集中できてないし」

「そ、そんなこと……」

「嘘つくの下手すぎだから」


 そう言いながら冬島からピンッとデコピンを食らう。

 このデコピンは嘘をついた罰として受け取っておこう。


「それで? なんで秋月は来ないんだよ」

「自分で今度聞いたら?」

「それを聞けたら苦労はしないし、とっくに聞こうと思うよ」

「うちからは言えないし、サリーも言わないと思う」


 そう言いながら、集中力が限界に達して机に突っ伏している桜ヶ丘を指さす。


「なんでそんなに気になるの?」

「三人は俺の生徒だから、心配なんだよ」

「……そ」

「あぁ、そーだよ」


 俺がそう言うと、冬島は何やらスマホでリンクを送りつけて来た。


(なんだこれ……これファストフードの店の住所か?)


「そこに行ってみたら、なにかいいことあるかもね」

「いいことって?」

「それはあんたが行って確かめて」

「な……そこまで言うなら教えてくれたって」


 俺がそう愚痴のような言葉を溢すと、冬島にギロリと効果音がしそうなほど睨まれる。


「別に行きたくないなら行かなければいいじゃない」

「それはそうなんだけど……」

「まぁ今日はこれくらいにして切り上げよ、サリーも限界っぽいし」

「そうだな」


 そう言って、今日の勉強会はお開きにした。

 俺は帰るついでに冬島が送ってくれたファストフードのお店に足を運ぶことにした。


(久しぶりに来たな……)


 そう思いながら、自動ドアをくぐると、元気のよい挨拶が返ってくる。


「いらっしゃいませー……って、幸也くんじゃない?」

「え、秋月……こんなところで――――」

「ん?」

「あ、いや……アルバイトしてたのか、初めて知ったな」


 そう、ファストフード店の制服を着て「いらっしゃいませ」なんて挨拶をするのだから聞かなくてもここで働いていることくらい察しが付く。


「あ! そっか言ってなかったか、幸也くんこそどうしたの珍しくない?」

「あ、あぁ……冬」

「ん? どしたの」

「いや、たまたま通りがかって美味しそうだったから久しぶりに食べたくなって」


 冬島に言われていたことを思い出した。

 俺にこの場所を教えたのが冬島という事は隠せと釘を刺されていたのをすっかり忘れていて、うっかり話しそうになってしまった。


「あ、そーなんだ! じゃあご注文はお決まりですか?」

「えっと、おすすめとかってある?」

「もちろん! このセットなんかお得ですし、サービスしちゃいますよぉ~?」

「…………なんか胡散臭いな」


 俺は秋月のごまをするような手つきとヘラっとした表情を見て苦笑いしながら言う。


「サービスとは?」

「知り合いだから、なにか多くしてあげるよ」

「まじか、それはお得だな」

「でしょ! だからセットを――――」

「じゃあ単品で……」


 俺が単品を頼もうとした時、がッと腕を掴まれる。

 そして上目遣いで瞳をうるうるとさせながら口を開く。


「単品なの? セットは買ってくれないの?」

「いや、俺は……」

「そっか、せっかくサービスしてあげようとしたのに」

「あぁ! わかったよ、そのセット一つ頼む!」

「はい、毎度あり~!」


 ニコッと営業スマイル全開で言って来るその姿はもはやバイトの鏡としか言いようがなかった。


 数分で注文のセットが届く。

 秋月がテーブルまで持ってきて、耳元でささやいてくる。


「ポテト……多くしといたからねっ」

「――――ッ! ど、ども……」


 耳元でささやかれたのがびっくりしたのと、普通にくすぐったかった。


「それじゃ、ゆっくりしていってね~」


 そう言って、俺にひらひらと手を振りながら戻って行く。


(詳しく聞いたりするのは、また今度にするか……)


 仕事中の秋月のことを邪魔しないためにも、早く食べて早く帰ろうと思った。

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