第14話 陰キャオタクに優しさなんて存在しない

「そういえば聞いてもいいか?」

「ん? どしたんー?」

「冬島も誘ってくるのかと思った」

「え、なんでよ」


 桜ヶ丘は俺の言葉に首を傾げている。


(別に、これといった意味はないけど……)


「もう勉強介してるのバレてるし、冬島にも伝えたのかなって」

「あー、そういうことね」

「うん」

「伝えてないよー」


 桜ヶ丘の言葉に俺は少し驚いた。

 彼女のことだから、「明日オタの家でやるけどくるー?」みたいな軽いノリで言ったりしているのかと思った。


「なにその顔~、もしかしてミーいた方がよかった感じ?」

「べ、別にそんなんじゃないってば……」

「そっかそっか、アタシと二人きりになれないもんねー?」

「そ、それも違うから」


 俺がそう言うと、桜ヶ丘はケラケラと笑っている。

 段々とこんな感じのからかいに慣れてしまっている自分が怖い。


「えぇ~? それまじ? ショックだわー」

「嘘つけよ」

「え、結構ガチなんだけど」

「あ……えっと、そのごめ、ん?」


 俺が桜ヶ丘に対して謝ると、彼女はプルプルと震え始めた。


「ぷっぷっ、ぷははっ! なんでマジに謝ってるの!」

「またからかったのか……!」

「う、うん……そうだよ」

「クソッ、またひっかかった」


 俺はさっきまでの言葉を撤回する。

 せっかくからかいに慣れてきたと思ったのに、全く慣れていなかった。


「ま、本当はアタシがオタと二人でやりたいだけなんだけどね」

「え……」

「ニシシッ、面と向かって言うのはちょい恥ずいわ」

「お、俺の方が恥ずかしいわ!」


 桜ヶ丘の言葉に俺はわかりやすく顔が熱くなる。

 そんなことを面と言われたら、耐性がついていない陰キャオタクは照れるに決まっている。


(クソ……今こんな顔を見られたら)


 チラッと桜ヶ丘の顔を覗くと彼女の頬もほんのりと赤くなっていた。


「ちょっ、こっちみんなし!」

「いや、見たっていうか、視界に入ったっていうか」

「はぁ? なんだしそれ!」

「いやだって――――ふぐっ」


 俺は桜ヶ丘に頬をむぎゅっと手で押しのけられる。


「や、やめ……」

「だめ! まだこっちみんなー!」

「やめろっ!」

「――――きゃっ」


 俺はその手を払うと、桜ヶ丘がしつこく粘ってくるため、じゃれいあいみたいになっていた。


 そして、少し勢いよく払い、次に備え手を出した瞬間だった――――桜ヶ丘の甘い声と一緒に俺の右手に柔らかい感触が感じられる。


 俺の右手は桜ヶ丘の胸をがっちりと掴んでいた。

 そのときの柔らかさと言ったら――――じゃなく、俺はすぐに手を放す。


「ご、ごめんなさい…………」

「べ、別にいいよ……」


 俺は深く頭を下げる。

 ちゃんと謝罪の意を込めて、深く長くする。


(もしこれで、嫌われて学校中で言いふらされたらもうなにもかもが終わりだ)


「もう顔上げていいって、ちょっとびっくりしただけだから」

「いや、でも……」

「アタシがやりすぎたってのもあるしいいって、それより……そのゲームでもする?」

「そ、そうだな……」


 こんな雰囲気で勉強なんて地獄だ。

 頭に入らないどころか、さっきのことを思い出す。


「おら! おらぁ! うっし、あれれ~? 2連続キルしちゃったけど大丈夫そ?」

「う、うるさいなぁ……どうもエイムが」

「ふっふっふっ。アタシのおっぱいの柔らかさと大きさに動揺しているな!」

「ぶっ――――ごはっ、ごほごほっ」


 俺は落ち着くために水を一口飲んだが、さっきのことを掘り返してくるため、変なところに入ってむせてしまった。


 しかし、桜ヶ丘の話が間違っているわけではない。

 さっきからコントローラーをもつ右手が、ふにふにとさっきの感触が蘇ってくる。


「柔らかかったでしょ?」

「――――ッ、う、うるさい……」

「あははっ、顔赤くなってる、オタはへんたいだなー」

「くそ、調子が狂うな……」


 しかし、動揺はしても桜ヶ丘のミスが目立ちなんとか勝ち越せた。


(まぁ、ロースコアなんだけどな……)


「くはー、おしい!」

「今日のはアレだ、バグみたいなもんだ」

「じゃあオタに勝つためにはおっぱいか」

「何閃いたみたいなことを言ってるんだ、故意にやったら出禁だからな」


 俺がそう言うと、口を尖らせながら不満そうに「はーい」と返事をする。


(なんで不満そうなんだよ……)


 俺はその理由が知りたくなった。

 本当に、俺じゃなかったら襲われてるんじゃないか?


「本当に気をつけろよ? 他の男子にやったら襲われるぞ」

「え? しないよそんなこと、冗談だしそれにオタ以外にやろうとも思わない」

「なんで俺にはやろうと思ったんだ」

「ゲームに勝つため、それに心配いらなそうだし!」


 ニコッと笑う桜ヶ丘の表情と、男として見られていないという複雑な気持ちが混ざり合う。


 しかし、男として見られていないからこそこの関係が成り立っているのも事実。


「だって、オタ優しいからそんなことしないでしょ?」

「俺は別に、優しくなんか…」

「優しいよ~? それとも意気地がないだけかな?」

「たぶん後者だろうな」


 俺がそう言うと、桜ヶ丘は呆れながら「なんでそんなこと言うかなー」とジト目でこちらを見てくる。


 俺はその視線を無視するように、目をパッと逸らした。

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