第7話 おかみさん


あの場所から立ち去った後、僕達は近くにある温泉へと一直線に向かった。


みんな僕の為に少し早歩きで進んでくれていた。


正直申し訳ない気持ちが酷いので普通に歩いて欲しいのだけど、やはり欲には勝てず、その気持ちは心の奥底にしまい込んだ。


しばらく経って、僕の鼻にはなにか嗅いだことの無いような刺激臭が飛び込んできた。


変な匂いたんだけど、不思議と嫌な気持ちにはならない。


それどころか何だかこの匂いを嗅ぐだけで心が踊るような感覚だ。



「ねぇ、この匂いってなに?」


「んー? 匂いって?」


「このなんかよくわかんない変な匂いだよ。」



あれ、また伝わっていない。


この前の温泉に入りたいという感覚の時もそうだったけど、やっぱり僕ってちょっと変な人間なのかな?


みんなと話が合わなすぎて少し不安になってしまう。



「んー、あー、そうだった、僕達みんな鼻が壊れちゃってて匂いが分からないんだよー。」


「ええっ、そうなの!?」


「そうだよ、重要な部分はほとんど治ってるんだけど、細かい部分がまだ治ってないんだよね。」


「へぇー、そーなんだ。」



僕は内心自分がおかしい訳じゃなかったことにほっとした。


というか、僕の言うことじゃないけど、みんなまだ治ってない部分があるのに僕をのことを優先してくれるなんて、大丈夫なのだろうか?


あまり余計な事を言っては温泉に連れて行って貰えなくなってしまうかもしれないと思って、僕はそのことを言わないことにした。



「それで、刺激臭って事は多分温泉が近いって事!?」


「うん、多分そうだと思うよー。」


「おー! じゃあ早く行こうよ!」


「うん、そうだね! メグも待ちきれないだろうし!」


「うんっ! みんな早く行こう!」



僕は温泉の存在に歓喜した。


前回は枯れていたが、今回は前回と違って刺激臭もした訳だし、きっと温泉があるのだろう。



「そうだ、匂いが分かるんだったら、その刺激臭がする方向に案内できないかな?」


「おー、それ名案だな! どう? 出来そう?」


「う、うん、多分、やってみるよ。」



僕は周りに集中した。


周りからは木の葉がサワサワと鳴る音や、その元凶である風の吹く音がさわやかに聞こえてくる。


僕は耳に向いていた集中を鼻に向け、辺りを嗅ぎ回る。



「うぅん、微妙だけど、多分こっちの方が強いかな?」



僕は少し匂いが強いと感じた方向に向かって指を指した。


周りの匂いは温泉からの刺激臭で殆ど掻き消されていた為、逆にその匂いに集中できた。



「おっけー、じゃあそっちの方に向かってみよー!」


「あたし先行ってくるー!」


「ちょっと、待ってよアニー。」



アニとサナはパタパタと遠ざかっていく。


その音が聞こえた方へルカが歩くと、その刺激臭は次第に強くなっていく。


やはり温泉で間違いないようだ。


僕のテンションがどんどんと上がっていく。



「うわぁっ、何これっ!?」



しかし、そんな時アニの叫び声が聞こえてきた。



「っ!? 2人とも大丈夫!?」



ルカはそう言うとものすごいスピードで走り出した。


抱えられていた僕は激しく揺られて少し目が回った。


アニの元へ急いで向かった僕達だったが、そんな僕達はよそにアニは楽しそうに話した。



「あっルカ、こいつなんなんだ!? 全然襲っても来ないし一言も喋らないんだけど…………。」


「…………なんだ、かぁ。」



ルカは心底安心したような声でそう言った。


……と言うとこの前ルカの口から聞いた事があった気がする。


その時はそこまで深く聞いていなかったのでそのおかみさんというのが何なのかさっぱり分かっていない。


他のみんなの同じだったようで、ルカに聞き返したりしていた。



「あぁ、そっか、みんなは見た事なかったんだったね。説明します! おかみさんはこういう温泉のあるところに居る僕達に危害を加えないいい機械だよ!」



へぇ、そんな機械も居るんだ。


今まで聞いた機械は全部危険な物だったので少し意外だった。



「おかみさんは温泉を綺麗にしてくれたり、温泉の管理をしてくれているから、ここにおかみさんが居るってことは、ここの温泉はまだちゃんとあるって事だよ!」


「おー! そうなのか!」


「やっと温泉に入れるねー。」



おかみさんはそんな事をしてくれて居るのか…………。


僕は嬉しさで口角がどんどんと上がっていくのを感じた。


その時、いきなりどこからか不思議な声が聞こえた。



「イラッシャイマセ、イラッシャイマセ。」


「うわぁっ、なんだコイツ、喋ったぞ!」


「えっ、何!? 今誰が喋ったの!?」



どこからとも無く発せられたその声にみんなはパニック状態に陥っていた。


ただ1人、るかを除いて。


ルカは小さな声で一言何かを呟き、その後みんなを落ち着かせるために声を発した。



「みんな、今のはおかみさんの声だよ! 心配しなくても大丈夫!」


「うえっ!? おかみさんって喋るのか!?」


「さっきまで一言も喋ってなかったのに、なんでいきなり喋ったのー?」


「うーん、それはわかんない!」



そっか、今のはおかみさんの声だったのか…………。


ちょっとびっくりしたけど、そういう事ならと僕は納得した。


それにしても、不思議な声だな…………。


その後もおかみさんは話し続ける。



「ヨンメイサマデスネ、シュクハクデスカ? ソレトモ、ヒガエリデスカ?」


「えぇーっと、日帰りかな?」


「カシコマリマシタ、ヨンメイサマデ2200エン二ナリマス。」



…………え、お金取るの?


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