はらぺこ天使はあなたの願いを叶えたい

小糸 こはく

第1話 天使にシュークリームを

 あなたは仕事を終え、ひとり暮らしのワンルームアパートに帰宅


 ガチャ(アパートのドアの鍵を開ける音)

 次いでドアを開閉する音


 右手にバスルーム、左手にトイレとキッチンが並ぶ短い廊下を進み、8帖の洋間に

 そこには、肌の色が透けて見えるほど薄い素材のワンピースを着た、中学生ほどの見知らぬ少女が座っている


 彼女は立ちあがって数歩の距離を詰めると、驚くあなたの前へ


「はじめまして、天使です。あっ、わかりますよね、天使のわがついていますから」


 確かに少女の頭の上に、光のが浮かんでいる

 天使は愛らしい容姿で、アニメの美少女キャラクターのような可愛らしい声をしていた


「勝手に家に上がったのはあやまります。ごめんなさい。でも天使なので許されます。法的ほうてきにです」


天使てんしほう、ごぞんじですよね? 人界じんかい天界てんかいの交流がはじまって3年。人界にりた天使は、凶悪犯罪以外では罪にとわれない、です」


「そうですか、しっていますか。でしたらわかりますね、天使は人類の住処すみかに侵入してもわるくないのです。凶悪犯罪ではありませんから、法的に大丈夫なのです。ポリス沙汰ざたにはなりません」


「あっ、自己紹介が遅れました。3033ロット型天使第7117号、セイナともうします。あなたの願いを叶えるため、人界にりました」


「あなたは、大天使さまの加護をえられた幸運な人類です。おめでとうございます、では願いをどうぞ!」


「………………ん? どうぞ?」


 あなたの願いは、天使に叶えられない

 あなたはそれを知っている


「はい? ない、ですか? 願いがないのですか!?」


「違う? 願いはあるけど、天使に叶えてもらえるような願いじゃない……ですか?」


「え? あ、はい。それはそうですけど、あなたくわしいですね。そうです、世界平和とか人類救済とかそういうのはなしですし、お金もダメです。それは働いててください。死んだ命の復活もムリです。天使にそのような高度な権限はありません」


「じゃあ、なにができるのか? ですか」


「……人界研修をしてきた同ロット型の天使は、スーパーのレジ打ち? を、がんばったと言っていました。なのでセイナにも、そういうのができます!」


「ちょっ、ため息なんて、あなた失礼ですね! それは失望を表す人類のジャスチャーです。しっています!」


 ぐうぅ~(天使のお腹がなる音)


「あうぅ~……お、おなか、すきました。実はセイナ、人界にきてこの部屋であなたを待つこと7時間になるのですが、そのあいだなにも食べていません」


「はい、天使もお腹がすきます。天使は肉体構造的に、人類とあまりかわらないのです。天界でもご飯を食べています」


「家にお腹をすかせた天使がいるとは思わないから、ご飯は外で食べてきた?」


 あなたは冷蔵庫の前に移動する

 ガチャ(冷蔵庫を開ける音)


 冷蔵庫から袋に入ったシュークリームを取り出し、冷蔵庫を閉める


「今はこれしかない?」


 買い置きのシュークリームを、天使に手渡す


「なんですかこれ? シュークリーム? はぁ……お、お菓子ですか! それはなんと贅沢ぜいたくな! さてはあなたセレブでしたか!?」


「え? セレブじゃなくてもお菓子は買える? そ、それは……人界とはそういうシステムなのですか!?」


 ガサ(シュークリームの袋を開ける音)


 もぐっと、天使がシュークリームに口をつける


「はわっ! お、おいしいです!」


 もしゃもしゃ(シュークリームを食べる音)

 ガサガサ(包みのビニールの音)


「こ、これは、もぐもぐ……あま~い! 甘いですよこれ!? 大丈夫ですか!? 罪になりませんか? もぐもぐっ、こんな甘いもの、凶悪犯罪に当たりませんかあぁ~っ!?」

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