第4話 友情と忠誠
帝都グランゲートの街中を親衛隊に護衛された馬車が駆けてゆく。馬車の中ではリリーが勝ち誇っていた。何もかもが思い通りに運び、自然と口元もほころんでしまう。
──『
ロイドとサリーシャには健気で可憐な皇女に見えたことだろう。演技とは知らずに二人とものん気なものだ……いや、演技だと気づいたとしても、『皇女』という権威に逆らえるはずもない。そう考えると声を出して笑いそうになった。
──人々にとって結婚とは『永遠の愛』を誓う儀式。でも、わたしにとっては目的を果たすための手段でしかない……。
リリーの青い瞳は車窓へと向けられた。そこには『
『リリー殿下お誕生日おめでとうございます。神聖グランヒルド帝国万歳!!』
摩天楼の一つには垂れ幕が下がり、大きく書かれた祝辞がライトアップされている。その文字を読んだとき、リリーの笑みは増した。
──帝都の連中は皇女であるわたしが反逆するなど、夢にも思わないことなのでしょうね……。
リリーは愉快で仕方がなかった。誰一人としてリリーの
──わたしは誰よりも執念深い。でもその分……誰よりも臆病だ。
暗い車内でリリーは縮こまるように座席へ深く座り直した。黒革の背もたれに寄りかかりながら目を閉じると、規則正しい車輪の音と乾いた
× × ×
馬車は『
かがり火が
「リリー殿下、ご到着!! 親衛隊は展開、防御円陣にて警戒にあたれ!!」
「「「ハッ!!」」」
ソフィアが号令を下すと親衛隊は馬から降りて散開してゆく。物々しい警備のなか、馬車の扉が開いてリリーが広場へ降り立った。リリーは神殿へ続く階段をソフィアと一緒に上ってゆく。すると、すぐに頭上から声がかかった。
「「「お帰りなさいませ、リリー殿下!!」」」
階段の頂上、神殿の入り口前では20人ほどの侍女たちが横一列に並び、
少し異様なのは全員が腰に
「みんな、ただいま。遅くまで待っていてくれて、ありがとう。感謝するわ」
階段を上り終えるとリリーは
「リリー、お帰り!! ソフィーもお疲れさま!!」
少女は侍女らしからぬ
「クロエ・ベアトリクス。わたしたちが留守にしている間、変わりはなかった?」
「あったり前じゃん。わたしは『皇女近侍隊』の隊長だよ!!」
リリーが尋ねるとクロエと呼ばれた少女は満面の笑みで答える。笑窪のある愛らしい笑顔を見てソフィアがため息をついた。
「クロエはリリーがいないから退屈だったんだろ? 遊び相手がいないから……」
「あ、わかる?」
クロエは気恥ずかしそうに「えへへ」と笑いながら舌を出す。舌には銀色の円形ピアスが二つ付いていた。
「ソフィーは何でもお見通しだね」
クロエはカリッという音を立てて、八重歯でピアスを軽く噛む。愛らしい笑顔の奥には陰鬱な嗜虐性が見え隠れしている。急に目を細めたかと思うと真剣な声色になった。
「みんな、あとはわたしが引き受けるから下がって。いつも通り警戒は
「「「畏まりました。クロエさま」」」
クロエが命じると侍女たちはリリーへ黙礼し、物音一つ立てず、神殿の暗闇に溶けこんでゆく。すべてを確認するとクロエは再びソフィアの方を向いた。
「ところで、ソフィー。首尾は? 結婚は上手くいきそう?」
「それはリリーから直接、聞くといいよ」
「そっか……リリー?」
クロエは少し緊張した
「すべて上手くいったわ。もはや、わたしとレインの結婚は
「本当!? やったね、リリー!! ソフィー!! 二人ともすごいよ!!」
クロエが飛び跳ねるようにして喜ぶと、リリーとソフィアも口元に笑みを浮かべる。3人はまるで友人同士でもあるかのように会話していた。ソフィアも皇女を『リリー』と呼び捨てにし、リリーも『ソフィー』と親しげに話しかける。
リリー、ソフィア、クロエ……三人は人目のないところでは友人同士という絆を大切にしていた。友人として接することがリリーなりの敬意であり、願いでもある。ソフィアとクロエはリリーの願いによく
ソフィアとクロエが自分の役目を忘れることはない。リリーが浴場へ向かうときも二人は武器を手放さなかった。片時も油断することなく周囲に目を光らせている。
『どんなことがあってもリリーを守り、リリーのために戦って死ぬ』
それがソフィアとクロエに共通する信念だった。『絶対的な忠誠』と『かけがえのない友情』……目には見えない二つの感情が絡み合って皇女リリーと結びついていた。
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