ウチの学校にはダンジョンがある ~ 御陵森学園高等部 魔法道具同好会の日常

塞翁猫

第1話 学校にダンジョン?

 うちの学校にはダンジョンがある。


 やたら広い敷地の北東、鬱蒼と広がる森に飲み込まれてしまいそうなたたずまいを見せている古びた木造建築の旧校舎……のことではない。

 学校の敷地のど真ん中に正方形の石畳の空間が広がっており、中央部に石造りの遺跡のような祠が建っているのだ。祠の大きさは一戸建ての民家ほどだろうか。開けた空間に建っているのでいまいち大きさがとらえにくい。大谷石のような大理石のような不思議な石材を積み上げて造られた方形の建物で、頭頂部は階段状に積まれた四角錐になっている。まあ、あれだ、国会議事堂のてっぺん部分のような感じのやつね。


 祠の周囲には意味ありげな柱が等間隔で配置されており、入り口は二メートルを越える石扉で閉ざされている。とても高校生には開けられそうにない大きさに見えるけれど、資格を与えられた者ならば軽く手のひらで押すようにするだけで自然に開くようになっている。

 扉をくぐると灯り以外は何も置かれていない空っぽの部屋がひとつあるだけだ。ただし、その中央部にはぽっかりと暗い穴が口を開けており、大人が並んで歩けるほどの幅の石階段が地下へとつづいている。


「すごい!なんだよこれ、ここ本当に入ってもいいの?」

「大丈夫だよー。コウくん、ちゃんと扉をあけられたでしょ?許可がないと入れないようになってるんだって」

 馴れた足取りで先に階段を下りていくのは幼なじみの琴浦ひより。

 家が近いこともあって小学校のときはよく一緒に遊んでいた。中学校からは進学先が別になったこともあって疎遠になっていたのだけれど。

 ボクが入学した高校に馴染めなくて不登校気味になったときにこの学園を紹介してくれたのがひよりだった。まあ、正確に言えばひよりのご両親がうちの親に紹介してくれて、ダメもとで編入試験を受けてみたところ二学期からここに転入することになった、ということ。

 自己紹介ついでに、ボクの名前は姫野荒太ひめのこうた

 中学の頃から毎日牛乳を飲んで努力しているんだけどいまいち身長が伸びない。いくらトレーニングをしても筋肉がつきにくい体質のようで、幼い顔だちもあって未だに女の子と間違われることがあるのが悩みだ。ボク自身は名前に負けないワイルドな漢を目指しているんだけれど、見た目とのギャップをからかわれることも多い。前の学校ではそれが原因で暴力沙汰一歩手前っていう事態になった。そんなこんなで学校がイヤになって休みがちになってしまったというわけ。

 今度の学校では失敗しないように注意して、目立たないようにすごそうと思っている。だから部活も入らずに放課後はまっすぐ帰宅する予定だったんだけど……


 階下は薄暗くてどういう仕組みかよく見通せない。なま暖かい空気が吹き上げてきて唸り声のような風切り音が聞こえる……気がする。

「なあ、本当に大丈夫なの? その、武器とか装備とか」

「一階は部室とか購買があるエリアになってるんだよー。魔物は出ないから大丈夫」

 ひよりは楽しげに笑みを浮かべながら階段を下りていく。ボクも覚悟を決めて暗闇へと歩を進めた。先が見通せないくらい長い階段に見えたけれど、少し降りたところでぐにゃりと世界が曲がったような乗り物酔いのような不快感に一瞬気を取られてふと前を見ると、そこにはもう階下の床が見えていた。


 第一階層のフロアは割と人出があって雑然としていた。ホール状になった広場の四方に通路が延びており、壁にはいくつかの木の扉が見える。とくに階段の正面に見える大きめの扉は観音開きに開いていて、中には大きめのテーブルと丸椅子がいくつか置かれているのが見える。生徒たちの溜まり場のようだ。

「あそこは購買部だよ。おやつとかジュースとか文房具はお金で買えるよ。あとロングソードとか丸盾なんかも売ってるよ」

「その品揃え、なんかおかしくない?」

 市販されている日用品は普通のお金で買えるけれど、武器やポーションなどのダンジョン製のアイテムは『エスト』という単位の専用の通貨?がないと購入できないらしい。エストはダンジョン内で魔物を倒したり宝箱をあさることで入手できるそうだ。


 きょろきょろと周囲を見回しながらおのぼりさんよろしくついていくボクに、ひよりはダンジョン内のあれやこれやを解説しながら迷いのない足取りで脇道を歩いていく。脇道といっても道幅は割と広く、ときどき現れる分かれ道も扉のない小部屋のように正方形の空間のそれぞれの壁に通路が口を開いている形になっている。場所によっては壁に水場もあって、意味ありげな文様を刻まれた石碑からちょろちょろと水がこぼれ出ては手水鉢に溜まっていた。

「ここらは文化系の部室が集まっているんだー。ときどきバクハツとかあって扉が吹き飛んできたりするから気をつけてね」

 そんなぶっそうな話、笑顔でいう内容じゃないと思うんだけど。

 通路には不規則に小部屋が現れて、何もない空間だったり雑然とした物置になっていたり、たまに扉がついている入り口もある。扉がある部屋は割り当てられている部活の名前が掛けられていた。

 魔術部、魔法陣研究部、占星術部、魔法薬研究所、魔法生物研究所……

 どこもヤバそうな臭いしかしない。とくに最後のところはなにやら獣臭い匂いと野生動物の奇声が漏れ聞こえていたので、絶対に近づかないようにしようと思う。


 幾度か分かれ道を曲がってそろそろ方向感覚が怪しくなったところでひよりが足を止めた。

「じゃーん、ここが私の部室です。入って、入って~」

 魔法道具同好会。可愛らしい花やハートマークでデコレーションされたネームプレートが下がっている。

「せまっ」

「むー、文句言わない。部員一人の同好会に専用の部室があるだけましでしょ」

 三畳ほどの空間に一人分のワークスペースと本棚兼備品置き場といった趣の食器棚が置かれている。一人用のスペースとしては十分な広さではあるけれど、思わず声が出てしまう違和感がこの部屋にはあった。

 朽ちかけた石像だ。

 余計な物がこの部屋の正面の壁の足下を占めているせいで、ほかの家具類の置き場がないのだ。

「なんなの、この像。お地蔵さん?」

「わかんない。最初からこの部屋にあったんだよ」

 首がもげて右手もひじから先がない。残った左手も指の部分が欠けていた。ずいぶん古びていて元がどんな姿か想像するのも難しいけれど、どことなく女神さまの立ち姿のような雰囲気がある。壁には像を囲むようにレリーフが刻まれていた名残があり、どう見てもこの部屋の主役の雰囲気がある。ボロだけど。

 こいつがあったから使われていなかった部屋を割り当てられたってことなんだろうな、うん。

「この子はいわばこの部屋の先輩だからね、毎日こうやって修復魔法をかけてあげてるんだー。ま、気休めだけどね」

 ひよりが頭の欠けた像に手をかざし軽く目を閉じて何かを唱えると、左手につけたブレスレットから何やら見えない光のようなものが像を優しく包むように広がって消えた。

「なんか本格的じゃん。今のが魔法?」

「そ。壊れた道具とか割れたお皿なんかを修復してくれるんだよ。部品がそろってないとあんまり意味ないんだけどね」

 あははと笑いながら像の肩をぺしぺしと叩く。


 ひよりは昔からよく壊れたものを拾ってきてはクッキーの缶にため込んだりしていた。お菓子のおまけでついてくるプラスチックのおもちゃを寄せ集めて変な形に組み立てたりして遊んでたっけ。ボクは組み立てるほうはからっきしだったから、オルゴールの中身とか点灯しないマグライトとかひよりが興味を持ちそうなものを拾っては届けたことを思い出す。


「で、こんなところに案内してボクに何の用なの?」

 転校初日に懐かしい再会を果たしたボクは、そのまま引っ張られるようにしてこのダンジョンに連れてこられたわけである。

 ダンジョンなんて非日常に直面してボクが落ち着いているように見えたとしたらとんでもない誤解だ。正直、ひよりから「ねえ、いまからダンジョン行こうよ」と言われたときも「はい?」って感じだったし、歩きながら早口で説明するひよりの言葉には戸惑いっぱなしだったし、校内の中心に鎮座する謎遺跡に入ってからはもう何が何やらで心拍数は上がりっぱなしである。だけどそれはイヤなドキドキではなくて、何かが起きる/起きているという武者震いにも似た興奮からくるものだった。

 ボクは少し高めのスツールに座って足をぶらぶらさせながらひよりを見る。

「あのね、私、ここで魔法道具の修理をしたり手入れをしたりする同好会やってるんだー」

 作業台にしているシンプルな木の机に向かい、何やら細かい紋様がぎっしり刻まれた謎めいた円筒状のパーツを手のひらで転がしながら言った。

「そういうの、ひよりは昔から好きだったもんね」

「うん。ダンジョンの中では魔法を使って修理とかできるからとっても便利なんだよね。まあ、私が使えるのは修復魔法だけなんだけど」

 えへへ、と笑う顔が小学生のころと変わっていなくて何だかこっちが恥ずかしくなる。

「でね、魔法道具の修理にはダンジョンでとれる素材とかアイテムなんかが必要なんだけど、私どんくさくてそういうの集めるの苦手だからさ。その、コウくんに手伝ってもらえないかなーって」

 つまり、昔みたいにボクが材料を拾ってきてひよりが組み立てる、とそういうことである。

「べつにいいよ。帰宅部にしても家でやりたいことがあるわけじゃないしね」

 ダンジョンを利用するには部活動に所属する必要があるらしい。ここまで来るのにも仮入部という形で臨時の登録をしたので、そのときに説明は受けている。

「あ、ほかの部活が良ければそっちに入ってもらっていいよ。私はときどきほしいものを譲ってもらえればオッケーだから」

「だから遠慮しなくていいって。ほかに部活やるつもりはなかったし、それに見た感じひよりの同好会って部員、ひより一人だけなんだろ?

 ボクは魔法道具のほうはよくわからないけど、ダンジョンに入れて部室も使えるなら入部するよ」

 活動方針もゆるそうだし。

「ありがとー、コウくん」

 そんなふうに見上げながらにぱって無防備な笑顔を向けられたら、さすがに照れるじゃないか。ついっと目線をそらして話題を少し変える。

「それにしてもさ。同好会とはいえ、学校から認められている活動なんだよね?

 予算とかそういうの、学校から出ないの?」

「うーん、文房具とか備品費なんかに使えるお金は少しはあるんだけどね。でもダンジョンの素材はお金で買えないし、そもそもダンジョン内の活動は生徒会の自治に任されていて学校はノータッチなんだって」

「よくそれで無法地帯のスラム街になってないね」

「生徒会の人たち、おっかないんだよー。すごく強いしさ、学校創立から続く由緒正しい組織なんだっていってて、自分に厳しく人に厳しくって感じできっちりしてるから」

「ふーん」

「それに生徒会にはダンジョン入場資格の剥奪権限もあるし」

「独裁者じゃん……」

「でも生徒会長の妙法院さんはステキな人だから大丈夫だよ。女子には優しいし」

 女子には、ってところが気になるけど、とりあえず治安は良さそうだ。


 さて、ボクの当面の目的はひよりの同好会の資金稼ぎってことに決まった。

 何かやることが決まるとわくわくしてくる。思えば前の学校ではとくにやりたいことが無くて理由もなくイラついていた気がするよ。今度の学校ではうまくやっていこう。

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