3章 その2

 洗い物も終わる頃には晴翔も復活したので、俺たちは防音室に集まってミーティングを行なっていた。

 事前に何をするべきか、どのように過ごすかは先輩と晴翔で話し合って決めており、俺たちの手元には一日のスケジュールとやることリストがあった。

「内容としては見てもらっての通り、私たちは晴翔さんが立てた作戦を完璧にこなせるようカスタムまでに調整していき。それと同時に実践を一戦でも多く積んでい貰います。そして夜の時間はできる限り相手高のプレイを見る形にしました」

「トライアンドエラーで体に叩き込む感じですね」

「練習後も相手高の情報集めと、結構きつくなりそうですね」

 食事や風呂などの休憩時間を抜いた限りある時間を最大限生かそうとするスケジュール。美月の言う通り辛いことになりそうだ。

「これくらいしても足りないくらいなんだが、千輪と決めた妥協ラインだな」

 これで妥協か……。吹部にいた時でも根を上げてしまいそうな練習量に気が引けてしまう。

「別に諦めてもいいんだぞ」

 そんな俺の心を読んでか、晴翔は挑発するように俺に問いかけてくる。

 これをしなければ一矢報いることすらできない、それならやる以外に選択肢はないだろう。

「誰も諦めるとは言ってないだろう」

 先輩と美月の顔を見るとやるきに満ちている、そんな中俺だけ諦めるわけにもいかないだろ。最低限やらせてもらうぞ。

「それじゃあ早速初めて行こっか、一秒たりとも無駄にできないからね!」

「その前にお前たちそれぞれの弱みも出してる。始める前に目を通しておけ」

 先輩の頭の上にポンと紙の束を置く、それを両手で受け取った先輩は俺たちに渡してくれた。

 内容としてはかなり細かいところまで書かれていた。プレイ中の癖やよくやってしまうミス、場面ごとのダメ出しなど五枚ほどある紙にびっしりと書かれていた。

「もちろんこの内容以外にもたくさんあるが、今直すべきところを抑えてある。個人の目標としてこなしていけ」

「この量を三日で……」

「実は寝る時間ってないんじゃない?」

「二人とも睡眠はしっかりとらなきゃだめだよ」

「千輪、お前が言えたことじゃないだろう」

 チーム課題に個人のもの、更には相手校の情報までをこの短い時間でこなさなければいけないのか。これは久しぶりにやる気を出さなければいけないかもな。

 三人とも一通り目を通した後早速練習を開始することにした。

 軽く調整してから直ぐに実践を行う、一回の試合で大きな作戦をこなしながら小さな課題をこなしていく、その陰で各々の課題もこなしていく。

 時間がないため一回の試合の中に複数の課題を詰め込みながら行うのだが、これがなかなか難しい。

「先輩ちょっと行き過ぎかも」

「おい美月! そこあぶないぞ」

「あれごめっ」

「やばい敵来てる!」

 注意が散漫になり普段気づくところが気づかないことが多かった。それぞれの強みもなかなか生かすことができず変なところで負けることも多い。

 何度も何度も失敗を繰り返しそのたびに反省を繰り返すのだが、内容としては個人の反省点ばかりで立てた作戦をこなすことができない。

 それが何度も積み重なると次第にストレスもたまっていく。個人のミスのせいで負けるたびにチームの雰囲気が悪くなっていくのを感じた。

「ねえ海翔、あそこのミス今日何回もしてるよね」

「悪いとは思ってる、だが美月の指示も適当なとこが多いぞ。敵に囲まれただけで不安になるなよ、こっちまで不安が伝播してプレイに支障がきたす」

「そんなの私だってわかってるよ! それに何さ私のせいでミスしたっていうの? そんな不満が出るなら海翔が指示出してよ!」

「俺や先輩の意見をまともに受け取ることができない状態のお前に言っても仕方がないのは三戦前に学んだんだよ」

「何その言い方!」

 こんな風に主に俺と美月の言い合いばかりが多く、そのたびに先輩が仲裁に入って納めていた。

「もう二人とも落ち着いて! 今日で何回目の喧嘩なのさ」

「だって千輪さん!」

「先輩も美月に言いたいこと多いでしょう」

「美月さんだけじゃなくて打田君にもあるよ!」

 これまで二度仲裁してもらいこれで三回目。だが今回先輩は仲裁するだけにとどまらなかった。仏の顔も三度まで、ついに先輩が怒りを込めた感情をぶつけてきた。

「でもそれ以上に自分たちの課題があるでしょう!」

「それは……」

 痛いところを突かれてしまい美月はそれ以上言えなくなり俺も言葉が出なかった。

 先輩は一息ついたのち諭すような口調で俺たちに語り掛けてくる。

「とりあえず、今は時間がないのはわかるけど私たちに複数の課題を同時にこなすのは無理だからやり方を変えよう」

「といいますと?」

「今は作戦をこなすことを優先して、その試合で出た個人の課題は後で消化すること。それでいくよ!」

「はい」

「わかりました」

 それ以降今回のような言い合いをすることはなくなった。失敗を分析し次につながるよう反省を行い、ゆっくりとだが確実に反省点をつぶしていった。

 そのおかげか不安にやストレスによる個人のミスが減っていきどんどんと始めた時と比べて内容の濃い練習をすることができた。

 練習開始から六時間ほど外はすっかり暗くなっていた。

「今日の試合はここまでだ、飯や風呂など休憩をとってから一日の反省と相手校の研究を行う」

「うん! 二人ともお疲れしばらく休んでね」

「お疲れさまでしたぁ」

「つか、れた」

 あっという間というべきなのだろうか、その日の実践練習が終わった。

 それにしてもかなり体にくるな、途中何度か柔軟を行ったりしたがそれでもダメージは残る。

 気分を晴らそうと大きな窓を開けテラスへと出た。

 都市部とは違った澄んだ空気を体いっぱいに含み体内を換気する。冬と比べ暖かくなったとはいえ日が沈むとここは寒い、肌をさすりながら遠くから聞こえる動物の鳴き声に耳を貸していた。

 確かアロマなんちゃらというリフレッシュの仕方があるが、やはり実際に自然に囲まれてリフレッシュするほうがいいな、気分もよく晴れる。

 そして何より、ここでしか見られない景色もあるからな。

 そうして空を見上げる、そこには無数の星空がちりばめられている。光は別荘しか出ていないからよく見えるのだが、この景色が子供のころから好きだった。

 星空を眺めていると窓の開く音が聞こえた、視線を向けるとそこには美月が立っていた。

「どうした?」

「晩御飯だけど私と海翔で作ることになったから」

「また俺かよ」

「仕方がないでしょう、千輪さんと晴翔さんは練習の反省会をするんだから」

「それなら仕方がないか、もう準備するか?」

「いやちょっと私も切り替えたいからここで休憩するわ、やっぱこの時間は寒いねカーディガン持ってきてよかった」

 そう言って手に持っていたカーディガンを羽織り俺の隣に立った。

「うわあ、相変わらずきれいな星空だね」

「美月は見慣れているだろ」

「見慣れていても毎回感動するの」

「まあ気持ちはわかるけどな」

 俺も美月ほどではないにしろここの星空は何回も見たが一度として同じものを見たことがない、だから飽きることなく毎回感動してしまうのだ。

「海翔、今日はごめんね、言い過ぎた」

 無言で星空を眺めていたところに美月の謝罪の言葉が耳に入った。

「気にしてないから安心しろ、むしろあれがいつもの俺たちだろ」

 まだ小学生で俺も上を目指していたころは今日みたいによく美月と衝突していた。お互い本気だったからこそ言い合いすることが多かったのだ。まあ中学に上がってから主に俺が引いていたから衝突はほとんどなかったから今日は久しぶりにあんなに言い合いをした。

「ふふっ、そういえばそうだったね懐かし」

「俺のほうこそすまん、言い過ぎたわ」

「私も海翔と一緒で気にしてないからいいよ。それにちょっと嬉しかったし」

「お前いつの間にそっち側に」

「私のことを何だと思ってるの、そうじゃなくて久しぶりに海翔のやる気を見れたなと思って」

「久しぶりは嘘だろ、少なくても受験の時はやる気あったが」

「そういうやる気じゃなくてさ、まあいいや」

 諦めるようにため息をついたが、何が言いたかったのかはわかってる。

 久しぶりに譲れないものができたんだ、やる気も出てくるもんだろ。

 美月は体をグイっと伸ばしため込んでいたものをすべて吐き出してから俺のほうを向き話しかける。

「それじゃあそろそろ晩御飯の準備でもしよっか」

「そうするか。献立は決まってるのか?」

「うん、ハンバーグでも作ろうかなって」

「それなら俺はサラダでも作るよ」

「よろしくね」

 こうして俺たちは晩飯の準備をするために肌寒いテラスを後にして暖かい別荘の中へと戻った。


「ご馳走様でした。二人ともありがとう、美味しかったよ」

「お粗末さまです」

「そう言ってもらえて嬉しいです」

「ご馳走様、美味かった」

「あっありがとうございます」

「礼なんて言えたんだな」

「そこまで恩知らずな人間ではない」

 夕食のハンバーグとパンそれと簡単なシチューにサラダを四人で綺麗に食べ終え時間としては七時頃になっていた。

 片付けの準備でもしようと動き出そうとしたところ晴翔から質問が飛んでくる。

「気にしてはいながお前たちは俺をなんだと思ってるんだ」

「晴翔さんそれ気にしてる人のセリフだよ」

 隣に座る先輩から横槍を貰った晴翔、いつものように無視でもするのかと思ったのだが、今回はちゃんと言葉を返す。

「千輪は黙ってろ、ほら丁度いいから皿でも洗ってこい」

「なんでそうなるのさ!」

 ついでと言わんばかりに皿洗いを頼むあたりよ。だから俺たちからあんな質問されるんだぞ。

 まあ丁度いいタイミングださっきの質問を回避する為にも、俺も皿洗いに便乗して早くこいつの前から消えるとしよう。

「まあ先輩私も手伝いますから」

 しかしそんな俺の思惑を断ち切るように美月が先に立候補してしまった。

 まずい、流石に皿洗いに三人なんていらないし、適当なことでも言ってここから抜け出すか。

「海翔は西園寺先輩の質問ちゃんと答えてね」

 美月よ、つまりはこいつと二人でテーブルを囲めと言うのか?

 そんな非人道的行為を行った幼馴染に対し先輩にバレない程度に精一杯睨みつけることにした。おい目を逸らすな。

「ならお前が俺をどう思ってるかを今一度ここで聞こうか」

「なんでお前はそんなにテンションが高いんだ」

「冗談を言うな、お前とテーブルを囲んでるだけで嫌悪感しかない」

「なら言うが、俺だって最悪だよ」

 本当にこの男には嫌悪感しかない、まるで鏡の自分でも見てるかのようだよ。腹立たしい。

「もう海翔ちゃんと仲良くしなよ」

「晴翔さんも、後輩なんですから優しくしないとダメですよ」

 シンクにて皿洗いしてる二人から声が届く、しかしそれは無理なお願いというものだ。それを言葉にして出したのだが。

「無理だな」

「断る」

 二人して同じタイミングで答えてしまった。

「実は仲が良かったりします?」

「頼むから冗談でもそんなこと言うな」

 これ以上は付き合い切れないとため息を吐き、椅子から立ち上がって上着を持ちテラスへと出た。

 先ほど出た時よりも冷たい風が肌を刺すように吹いてくる。

「上着を着ていても寒いな」

 それだとしてもだ、ちらっと部屋の中を覗いてあいつの隣よりはましだと思い寒さに耐えることにしよう。

 中では美月が洗った皿を先輩が拭いていたが、同時に晴翔と何か話し合ってるようだった。

 その様を見て後、はぁっと息を吐き星々が散らばった空を眺める。

 そして今朝晴翔が車で話していた話題を思い出した。

 あいつは自分のことを凡人だと言っていた、かなり癪だが俺からしてみれば先輩や美月のように十分天才の域だと思っている。

 相手の動きを全て読み、未来視と言わざるを得ない行動をとりチームを勝利へ導いた男。

 あんなのは凡人にできるものではない、それでも凡人だと言うのなら一体どれだけの知識と経験、それに時間を要すればいいのか。

 ……いや、どれだけなんて、に。

 そうして一つの可能性が頭に浮かんだ。

 もしかしてあいつもそうだったのか、そうなった果てが今なのかと。

 再び振り返り晴翔を見つめる。

 ここまでの嫌悪感、最初はその態度が気に食わないだけだと思っていた。

 あいつが俺に突っかかるのはただ先輩に近寄らせないためだと。

 一つ一つの言動が気に食わないのもあいつと馬が合わないからだと。

 だがさっき感じた鏡の中の自分を見ているような感覚、あれは例えではなく本当に感じたものだった。

 なぜそう感じたか、なぜあいつが気に食わないか、なぜあいつに消えない嫌悪感を抱くのか。

 そのすべてが一言で表せる言葉が浮かんでしまった。

 同族嫌悪。

 俺が美月の才能に焼かれ諦め自分の姿に嫌悪感を抱くようになったように、今の晴翔も同じように諦めた姿なのだとしたら。

 これはただの憶測でしかない、晴翔は同じことを思っていないのかもしれない、それでもこの可能性以外考えられなかった。

 晴翔は俺のことを半端者と呼ぶが、それは自分と同じだから呼ぶのだろう。

 なぜなら俺も晴翔を半端者だと思っているから。

「ははっ、無茶苦茶だな」

 自分でも笑ってしまうほど無茶苦茶な可能性だな。

 遠くの山を眺め寒い風に身を擦りながらそろそろ中に戻ってもいいかもと思った。

 だが戻る前にもう一つとても小さな可能性が俺の中で芽生えた。

 もしあいつと俺が同じなのだとしたら。

「俺にもあいつのプレイができるかもな」

 さも未来を見通しているかのような、そんな人の心を読んだ上のプレイが。

「ま、美月がIGLをやるわけだからいらないものだけど」

 あるはずのない可能性をこのテラスに捨て、俺は暖かい部屋の中へと戻った。

 そして時間は過ぎ時計の針は九時前を指していた。夕食後一度解散した俺たちは全員寝巻に着替えこれから行われる夜通しの情報集めのため再びリビングへと集まった。

「よしみんなご飯も食べたしお風呂も入ったね、ではこれより相手校の情報集めを行います」

「よろしくお願いします!」

「解散前に話したけど、ここからは眠くなったら各々無理せずに寝るようにね、打田君と美月さんも無理しないようにね」

「わかりました」

「了解です」

「晴翔さんも、朝早くから車出してくれたんだから無理せず早めに寝てね」

「いわれなくてもそのつもりだ。俺に言わせれば千輪が一番無理しそうで不安だがな」

「そんな心配しなくて眠たくなったらちゃんと寝るよ」

「それが不安だと言ってるんだ」

 呆れたのと同じくらいの心配の声を出しながら額に手を当てる晴翔、それを先輩が何とか安心させるよう体を大きく使って説得していた。果たして体を使う理由はあるのだろうか、かわいいからいいけど。

 そんなあほなことを考えていると横からフローラルなシャンプーの香りを漂わせた美月が近づいてきた。

「ねえ海翔」

「どうした」

「さっきテラスで何考えてたの? なんか晴翔さんの方をちらちら見てたけど」

「そんな見た覚えはないが、見てたのか」

「そりゃあんな大きな窓だもん、シンクからなら見えるよ」

 いわれてみなくてもあんな大きな窓なら見えるか。

「別に何ともねえよ」

「うーん、海翔がそう言うならいいけど」

「なんだ、随分と素直だな」

「だって聞いても海翔答えてくれないでしょ」

 まあその通りですけど。

「それならいいやって。でも何かあったのならちゃんと教えてよね」

「わかったよ、それで見てたのは美月だけか?」

「え? そうだと思うよ、先輩と西園寺先輩は話し合ってたから」

「あの二人何話してたんだよ」

 気になりはするけどなんだか長くなりそうだから聞かなくていいか。

 俺たちの話が終わったのと同時に向こうの方も終わったらしく、先輩が空気を改めるようにパンと手を叩いてから口を開く。

「さて改めて、皆情報集め始めるよ」

「おー!」

「はい」

「よし後は頼んだ、俺は寝る」

 俺と美月の掛け声の後、晴翔はその言葉を残しそそくさとリビングから出て行った。

 完全に出鼻をくじかれた俺たちはお互いに顔を見合わせるだけの微妙な雰囲気が流れる、朝早くから車を出してもらったから何も言えないのがもどかしい。

 だとしてもこれだけは言わせてくれ、タイミングを考えろよ、この空気どうするんだ。

「えっと、とりあえず動画でも見ますか」

「うっうん、そうしよっか」

 何とかこの空気を脱しようと手始めに主催である聖法学園の動画を見ることにした。

「聖法はとにかく個人の実力が徹底して高められてるの、メンバーじゃない部員でも他所の学校へ行けば即戦力になる程に」

「その中でも今年のメンバーが凄いんですよね」

「そうなの?」

「ああ、これまでの聖法は確かに強かったがIGLの実力が頭一つ下がってたんだよ」

「まあそれでも他所と比べて十分な実力だったんだけどね」

 カスタムの誘いを受けてから他校の情報を過去から現在にかけてできるだけ集めていた、その時に聖法の付け入る隙を見つけたと思っていた。

「だが去年からはその逆なんだ」

「ぎゃく?」

「IGLが頭一つ以上抜けてるんだよ。それこそ晴翔以上だって騒がれるレベルだ」

 それを聞いた瞬間美月の顔が青ざめていった。

「それって誰なの?」

「聖法二年生の貴志悠希きしゆうきっていう人、この間私が言ったプロ入り確定だって騒がれてる人だよ」

 俺が答えるよりも先に先輩が答える、その表情と声音はまるでライバル相手に向けるような感情を感じ取れた。

「先輩は会ったことあるんですか?」

「うん、ちょっとね」

 この間話題に出したときは何もなかったはず、短い期間に何があったんだ。

 流石に美月も察したのか、俺と同様に心配の表情を見せる。だがそんな雰囲気を消し飛ばす様にパンっと手を叩く先輩。

「まあこの話題は置いといて、引き続き情報集めていこうよ」

 先程の表情と声音とは逆の明るい感情を表に出したので、俺たちもそれ以上のことは聞かずに情報集めを再開した。

 動画などを探したりし聖法学園を中心に調べていった。

 関連などで他校の動画も見ていたが、やはり視点が変わると聖法の凄さがどんどんとわかったいく。

 エイム能力やキャラクターコントロールもさることながら、やはり一番目に入るのが貴志によるIGLだ。

 晴翔とはまた違った精密な統率能力、どんどんと相手を追い詰め常に有利に立ち回る、その姿はまさに巷で呼ばれている王そのものと言った感じだった。

「見れば見るほど当たりたくないですね」

「チームによってはわざと避けたりもするみたいだけど、結局は倒されるのが落ちみたい」

「じゃあ尚更対策を考えないとですね」

「まあ今回のカスタムに関しては避ける作戦でいるから」

 あらかじめ先輩たちで決めた作戦では聖法は避け生存重視の行動を取ることになっている。

「でも万が一ってありますよね」

「その時はできる限りの抵抗はするつもりだけど」

「まあ頭の片隅に対策を考える程度には考えておきましょう」

「うーん、それくらいならいっか」

 そうして万が一の対策を考えながらも情報をどんどんと集めていった、そこからいくらかの時間が経ったところでふと美月が静かになっているのに気が付く。もしかしてと思い顔を上げると、作戦を書いた資料を持ちながらゆらゆらと船をこいでいた。

 時計を見るとあと数分で日が変わろうとしていた。

 車で寝たとはいえ流石にきついか、やれやれとため息を吐き美月の肩に手を伸ばし揺らす。

「おい美月、眠いなら部屋で寝ろよ」

「うーん、そうする」

 眠たい目を擦り半分寝ている美月何とか立たせようとする。しかし何をしても立つ素振りがなくどうするべきかと腕を組んでいるとこちらへ美月の腕がおもむろに伸びた。

「海翔、運んで」

 その様はまるで子供のようだった。今先輩が離席していてよかったよ、流石にこんな姿は見られたくないよな。

「仕方がないな、ほらつかまってろ」

 なるべく揺らさないようお姫様抱っこで持ち上げた。腕の中に納まる美月はすでにすやすやと寝息を立てていた。

「相変わらず気持ちよさそうに寝るな」

 リビングから出て二階への階段を上ってすぐの部屋へ入り、ベットにそっと置いてから忘れずに布団をかけた。

 止んでいた寝息がまたすぐに立て始めたのを確認する。

「俺はまだ起きてるから。お休み美月」

 囁くように声をかけてから静かに部屋から出た。階段を下りリビングへと戻った。

「あっ打田君、美月さんを部屋に運んでたの?」

 キッチンから先輩に声をかけられ見ると何やら飲み物を用意していた。

「先輩戻ったんですね、もしかして見ました?」

「二階に上がっていくのを見てね、リビングに戻ると美月さんがいなかったからもしかしてと思ってね」

「そうだったんですね、美月が船漕ぎだしたんで寝かせてきたんです」

「ふね?」

 意味が通じなかったらしく頭の上にははてなが浮かび上がってるのを見た。

「眠たくなって体を前後に揺らしてたんですよ」

 とりあえず簡単に説明を済ませると先輩はなる程と囁いた。

 俺も何か飲むかな、まだ起きるつもりだしコーヒーにでもするか。

 キッチンへと近づこうと思った時、行動を起こす前に先輩が話しかけてくる。

「打田君まだ起きるなら何か飲む? 私はコーヒーにするけど」

「まだ起きるつもりですよ。俺もコーヒーにしようかと」

「そっか、なら座ってていいよ、一緒にいれちゃうから」

「いいんですか?」

「ふふん、私に任せなさい。使い方はちゃんと聞いてるから問題もないよ」

 先輩はいつも通り胸を張って任せなさいと言わんばかりに自信のある表情をしていた。

「でしたらお言葉に甘えまして、お願いします」

 願いを聞き入れた先輩から『はーい』と声が聞届き、俺は先ほどまで資料を集めていた場所に座って待つことにした。

「打田君ミルクと砂糖はどうする?」

「ブラックで大丈夫です」

「わかった」

 そこから一分ほどでキッチンからコーヒーを持った先輩がやってきた。

「はいどうぞ」

 手に持っていた資料を置いて両手で先輩が入れてくれたコーヒーを受け取る。

「ありがとうございます」

「どうも、ふふっ」

「どうかしたんですか?」

 何か面白い事でも思い出したのだろうかと思いつつ、受け取ったコーヒーを口に含む。あっこれおいし……。

「いやなんだか夫婦みたいなやり取りしてるなって思ったらおかしくって」

「ごふっ!」

「打田君! 大丈夫?」

 先輩はいきなり咳き込んでしまった俺にコーヒーを置いて近づき背中をさすってくれた。なんて優しい人だ。

 じゃなくていきなり何を言い出すんだこの人。あまりの言葉にコーヒーが変なところに入ったよ。

「げほっ先輩、何でそんな考えに?」

 とりあえず先輩の考えを正そう。俺と先輩がなんて、そんなの先輩に申し訳がないから。

「だって……」

「先輩?」

 言葉に詰まる先輩を見ると目を逸らし唇を尖らせていた。

「だって、そういうのちょっと憧れなんだもん」

「……なるほど」

 憧れというなら仕方がないか。とはならんぞ。

「いいですか先輩、そういうのは親しい人だけにやって下さいよ」

 これだけは言っておかないと勘違いする人が出てきてしまう。

「そこは大丈夫だよ」

 俺に対し安心させるよう笑いながら言葉を残す。

「でしたら良かった」

「だって打田君くらいにしか言う人いないもん」

「でしたら尚更注意してください!」

 安心しようとしたのも束の間、先輩からの心臓に悪い言葉に大きな声で突っ込んでしまった。


「……いと、かいと」

 遠い意識の中微かに美月俺の名前を呼んでいるのが聞こえる。

 なんだ、もしかして遅刻するからと起こしに来てくれたのか。相変わらず世話焼きだな、俺だって高校生なんだからそれくらいもう大丈夫なのに。

「海翔ってば」

「いまおきるって、リビングでまってろよ」

 あと五分したら起きるからあと少し待ってて……。

「何寝ぼけてるのさ、ここがリビングだよ」

 何を言ってるんだ、俺が自分家のリビングで寝るはずが。

「もう朝になって来てみたら寝落ちしてるんだから」

「は?」

 寝落ち、リビング……。

 次第に意識を取り戻して目を開けるとそこには知らない天井と美月の姿があった

「……ここどこ?」

「ここはパパの別荘よ」

 呆れた顔をした美月教えてもらい、やっと自分が合宿に来ていることを思い出した。

 「まさか寝落ちしてるとは思わなかった」

 目を覚ました後、顔を洗い用を足した俺は暖かい陽の光が指すテーブルの上で自分の過ちに対し頭を抱えながら反省していた。

 美月に話を聞くとどうやらリビングのソファで俺と先輩は寝落ちしていたらしく、それを見つけた美月が起こしたらしい。

「私もびっくりしちゃったよ、気が付いたら打田君と一緒に寝てたんだもん」

 顔を上げるとコーヒーを啜る先輩が座っており、横を見ると淹れたてのコーヒーがあった。

「まあ打田君も飲みなよ」

「ありがとうございます。いただきます」

 頭を切り替えるために先輩が入れてくれたコーヒーを啜る。

「あれ、これ淹れたの美月か?」

 口に含んだ瞬間覚えのある味に、キッチンで朝食の準備をしていた美月に語り掛ける。するとこちらをちらっと見た直後に口が開いた。

「そうだけど、どうかした?」

「いや、なんでも」

 美月は『あっそ』とだけ言い残し準備に戻った。

 前を向くと先輩が頬を膨らませながら口を開く。

「私が淹れた風に見せたんだけどな」

「俺も最初は先輩が淹れたと思ったんですけど、一口飲んだら違うって気づきました」

 俺の返答に先輩はコーヒーカップを揺らしながら訝し気に声を漏らす。

「そんな味変わるかな」

「ただ俺が飲みなれてただけですよ」

 改めて美月が淹れてくれたコーヒーを啜り頭を切り替える。

「そういえば俺たちいつ寝たんでしょうか」

「私もわかんないんだよね、気が付いたら横で打田君が寝てたから」

「先輩、誤解を招く発言はやめてください。命にかかわるので」

 先輩の発言が聞こえたであろう、キッチンにいる晴翔が俺に向けて手に持つ包丁をわざと見せてくる。

 俺の発言を不審に思った先輩は晴翔の方へ振り替える、だが晴翔は何事もなかったかのようにその手の包丁をまな板に向けていた。

「ん、千輪どうかしたか」

「うーん、何でもないよ」

 そしてこちらに向き直る先輩、それと同時に晴翔は再び俺に包丁を向けた。

 とりあえずこれ以上命の危機に瀕したくないので目線をそらして先輩との会話を再開する。

「でも昨日あれだけ情報集めたのにまだ足りないですよね」

「そうだね、はっきり言って糸口すらつかめてないからね」

 寝た時間は覚えていないが、集めていた情報なら覚えているしそれを元に先輩と話し合ったことも覚えている。しかし一個としていい案が浮かばなかったのだ。

 そのことを先輩も覚えていたみたいで深刻な表情をする。

「過去の映像、似たようなプレイヤー、同じ作戦を使ったプレイ。そのどれで探しても聖法の対策がわからなかった」

「わかったことと言えば志貴が入ってから最強になったことくらいですし」

「あれだけすごいなら中学の時に結果を残してると思って調べたけど、まさか高校でいきなり出てきたんだもん、調べようにも情報が少なすぎるよ」

「せめて何考えてるか分かればいいんですけど」

 ある程度でもわかればそこから予測を立てることができるかもしれないと顎に手を当てて考える、だが会ったこともな人間の考えなんてわかるわけもない。

 結局昨夜もこの考えに至り諦めてしまったような覚えがあった。

 ふと顔を上げると目を点にした先輩が俺のことをただじっと見ていた。

「どうかしました?」

 聞くと先輩ははっとしてから表情を戻し話す。

「いや不思議なこと言うなって」

 先輩の発言に心当たりがない俺は頭にはてなマークを浮かべて聞き返す。

「変なこと言いました?」

「だってさ聖法に勝つのなら作戦がわかればいいけど、打田君はなんだか貴志君を倒そうとしてるからさ。なんだかいつもの打田君からは想像できなくて」

「うーん、俺的には貴志をどうにかできれば後は先輩が何とかしてくれると思ってるからですかね」

「流石にそれはないよ」

 冗談を言った相手に答えるよう、笑いながら先輩は言った。

 しかし俺自身冗談で言ってるつもりはなかった。確かに聖法自体は他校と比べても強いのはわかる、だがそれは貴志のIGLによって底上げされていると感じた。

 だから貴志の考えを看破しその上を行くことができたら、あとは先輩の実力で倒せる相手だと考えたのだが。

「海翔流石にそれは先輩の負担が大きいよ」

 いつから話を聞いていたのかわからない美月が、できたての朝食を持って横に立っていた。

「美月さんもそう思うよね」

「仮に海翔の考え通りだとしても私と海翔の二人で貴志さんのこと抑えれる気がしないもん」

「……そうか」

「そういうことだからさ、できた朝食持ってくるの手伝ってよね」

 美月に言われたので立ち上がりキッチンへ向かう。キッチンでは晴翔が飲み物を入れておりその横に朝食が並んでいた。

 そこから適当に手に取りテーブルへと戻ろうとしたときに晴翔と目が合った。

「なんだよ」

「何でもない、さっさと持っていけ」

 相変わらず癇に障る言い方だな、言われなくても持っていくわ。それよりも第一にお前のあの目は何だったんだよ。

 なんで一縷の望みを託す目を俺に向けたんだよ。

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