私の契約恋人はかなりおかしい
「カミラ、昨日どこ行ってたの?」
朝出勤したら氷のような無表情のコーリーがいた。部屋の温度も普段よりだいぶ低いから、氷属性の魔力が漏れているのかもしれない。魔力漏れって癇癪起こした子供かよ。
「は?屑宝石買いにいつもの宝石店よ?」
うんざりしつつも、私は自分の席に座って荷物を片付けながら片手間に返事をした。いちいちまともに取り合っていては、コーリーの相手はできないのだ。
「ひとり?ねぇ、ひとり?」
「ええ、ひとりよ」
「へぇ?嘘をつくんだ?」
「ん?」
言葉の途中で悪魔のように歪んだコーリーの顔に首を傾げた私は、仕方なく昨日の記憶を辿り、思考を巡らせた後に途中から訂正した。
「……あぁ、向こうでトーマスと会ったから、確かに帰りは二人だったわね」
しかしそれでもいけなかったらしい。コーリーは今度は泣き出しそうに顔をくしゃくしゃにして私の両肩を掴んだ。
「僕と言うものがありながら、他の男と二人きりになったの?おかしくない!?」
ガクガクと揺さぶられて目が回りそうだ。ただでさえ寝不足で限界なのに、脳味噌ががイカれそうである。色んな意味で頭が痛い。
「あのね、コーリー。一般的に同僚と仕事に必要なものの買い出しに行くのはおかしくないわよ。向こうで会っただけだし」
淡々と諭しても、コーリーは聞く耳を持ちやしない。
「一般的なんか知らないよ!もしトーマスがカミラの色香に迷って変な気を起こして拉致監禁強姦殺人を起こしたらどうするの!」
「そんな極端なこと起こらないわよ!」
「カミラは美女だから心配なんだ!」
「んー」
相変わらず話が通じなさすぎて疲れる奴だ。私もまぁ客観的にみれば綺麗系の整った顔をしているけれど、コーリーの隣に並んでキランキラン輝けるほどの、とっておきの美女じゃない。そう言うお前こそ怒り狂っていても発光してるかと思うような超絶美形のくせに、嫌味かこの野郎。
「もしそうなったらどうするの!?」
「そりゃ抵抗するわね」
当たり前の質問に当たり前の返事をすれば、コーリーは怒りのあまりか火属性の魔力漏れを起こして物理的に発光……いや、発火しながら叫んだ。
「君みたいにか弱い女の子が何を言ってるの!男の力に抵抗できるの!?」
しかしこの問いかけへの返答は残念ながら一択である。
「余裕で出来るわね、私なら」
「くっ、確かにカミラならできるか……」
しゅう……とコーリーの周りで舞台の特殊効果のごとく飛び散っていた火の欠片が小さくなって消えた。
ご納得頂けたようで何よりである。コーリーに安心してもらうために、もう少し言葉を追加しよう。もうこの手の話は飽きたのだ私は。似たような話を何回繰り返したか。
「私なら一瞬にして、襲ってきた屑野郎の
「あ、やはり無理だ。君は優しすぎる!」
「コレ優しいか???」
今の話の流れでどうしてその結論になるんだ。頭がガンガンしてきた。何年付き合っても凡人の私にはコーリーの価値観がさっぱりわからない。
「だって殺そうとしてないじゃないか!カミラは優しすぎるよ!その優しさにつけいられるに違いないよ。あーだめだ!心配でたまらない!」
「えー……」
そうかぁ、殺さなきゃ優しいと思うのか。だから私がことあるごとにコーリーを殴り飛ばしても、コーリーは私のことを優しくてか弱い美少女だと思ってるわけね。なるほど納得。でも面倒。
「頼むよカミラ、後生だからコレを付けてくれ」
「……うわあ」
跪いて差し出された物体に、私は思わずドン引きしてしまった。差し出されたケースから出てきたのは、キラキラ煌めく指輪だ。公爵家が贈る婚約記念品クラスのお品物だろう。凄く綺麗で高そうだ。コーリーの目の色の宝石に、髪の色の輪っかがついている。少なくとも婚約者でもないただの契約恋人に贈るようなプレゼントではない。重すぎる。
だがしかし、相手はコーリーである。問題は
「一応聞くけどなにこれ」
「位置情報発信魔法具」
「あれ、思ったよりマトモ」
私もだいぶコーリーに毒されているのか、思ったより
「うーん、音声と映像は出ないやつ?」
「出ない。純粋な位置情報のみ」
「へぇ、ストーカー魔法の名手であるあなたにしては控えめじゃない」
しげしげと指輪を眺めながら、私は忌憚ない本音の感想を漏らした。
「前の蝶々は君にとても嫌がられたし悲しませたからね。僕も反省したんだ。君の尊厳も守ってこその最高の恋人だと」
「ストーカー魔法を否定はしないのね」
「君にそう思わせてしまったことは僕の落ち度だからね、真摯に受け止めるよ」
「誰がどう見てもストーカー魔法だったけどね」
百人に聞けば百人がストーカーだと頷くわよ。公爵家の坊ちゃんがそんなヤバい変態だとバレたら大事だから、私が握り潰したけどね。物理的に蝶々さんをぐしゃっとね。可哀想だったけど公爵家の威信と私のプライバシーには代えられない。
「その点この指輪は守護に特化している守護の指輪だ!」
「人の話聞いてる?」
私の話を聞いていないのか聞いていない振りなのか、まぁ聞いていないのだろうが、興奮状態のコーリーは陽気に捲し立てた。
「何かあればこのボタンを押してくれ!すると僕に連絡が行く。そして同時に装着者である君に強力な結界が張り巡らされ、僕が辿り着くまでその結界は解除されない」
「あ、これ宝石じゃなくてボタンなの!凝ってるわねぇ」
思わず感心して指輪をつまみあげ、四方八方から眺めた。どこからどう見てもただの指輪だ。どうやって作ったんだろうこんなもの。というかいつ作ったんだ?私が睡眠削って仕事してる時に、コイツまさか睡眠削ってこんなモノ作ってたのか?頭おかしくない?
……でも、まぁ。
「付けてもいいわよ、これくらいなら」
「本当かい!?」
そんなに害はなさそうだし、これ以上不毛な議論を続けるのも無駄な体力の消費だ。指輪を付けて話が終わるなら終わらせよう。
「でも、結界は私にも解けるようにしておいてよ。うっかり押しちゃったら不便だわ」
「だめだ。君は優しいから、誰かを人質にとられたら己の身を差し出してしまうかもしれない」
「んー、心配性がすぎるなー」
口をへの字にしているコーリーに苦笑する。私はコーリーが思うほど善人じゃないから、そこまで心配しなくてもいいのだが。
「まぁいっか。あなたにしては色々考えて程度を弁えたみたいだし」
「カミラ!」
感激しているコーリーをふっと鼻で笑い私はあからさまにため息を吐いた。
「これくらいのうちに受け入れておいた方が、後々に良さそうだからね」
そう、これは理性的で打算的な判断である。
決してこの指輪を嵌めてみたかったからではない。
薬指に指輪を光らせながら、私はそうひとりごちた。
だが私が呑気にいられたのは、数日だけだった。
指輪を受け取ってから数日後。
指輪を装着した私が周りの男性から老婆に見えていたことが発覚し、私はコーリーを魔力を纏わせてぐっと固めた拳で殴り飛ばした。ちなみにデートの待ち合わせ現場での話だ。
「コーリーあんた何考えてんのよ!?道理でやたらと周りが親切で丁寧だと思ったわよ!」
「だ、だって!そうじゃないと心配で!!」
デートのためにおめかししてきたらしいコーリーを遠慮容赦なく叩きのめして砂まみれにしてやりながら、私は珍しく真っ赤になって激怒していた。
「コーリーの言うことを間に受けた私が馬鹿だったわ!アンタなんか信用するんじゃなかった!」
私の激しい怒りの原因の大半は、実は可愛らしい乙女心によるものである。
分かるかしら?
コーリーとのデートの日だからと、この無駄に美形の男の隣に並んでもなるべく見劣りしないようにと、私なりに着飾っていたわけよ?貧乏なりにとっておきのおしゃれをして、髪も朝から巻いて準備してきたわけよ?
それなのに、道を歩いていたらこう言われたわけ。
「おや、ご隠居さん。今日は随分とお洒落さんでいらっしゃる。いつもご一緒してらっしゃるあのお綺麗な
「は?」
とね。
本当にふざけてる。
「何で『優しいお孫さんで幸せですね』なんて言われるのよ!アンタみたいなモラルのかけらもない奴が、老婆に優しく腕を貸す孫の鑑みたいに褒め称えられるのも納得いかないわ!」
市場での、コイツの好感度上げに有効活用されてしまったことも腹立たしい。
「まったく、何が守護の指輪よ!もう少し乙女心に配慮しなさいよね!?」
「で、でも、カミラの美貌を隠すことがなによりの守護なんだよ!」
私の容姿を高く評価してもらえるのはありがたいけど、そんなことよりも。
「二人で並んで歩いた時の絵面を考えなさいよ!だからポンコツなのよアンタは!」
「そんなぁ」
指輪にかけられた魔力を問答無用で解かせて、私はその指輪を再び指に嵌めた。
「さ、行くわよ。さっさと
馬鹿コーリーめ、今日はこの指輪に合わせてコーディネートしてきたんだからね。
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