第2話 役立たずな息子についての見解
「うっ」
過去の黒歴史、もはやコーリーにとっては暗黒歴史とも言うべき話題を引っ張り出すと、コーリーは顔色をなくして体を小さくした。
「やめろ、思い出させるな!」
「大変だったわよねぇ、あの頭髪も脳内も桃色な女の相手をするのは……」
「うわぁああ!言うなッ」
コーリーは学生時代、なぜか己をこの世の主人公だと信じるピンク頭のアホ女に絡まれ続けたのだ。そして卒業前夜には、どうやったのか男子寮の中に忍び込まれて夜這いを仕掛けられ、大変な羽目になったのである。
「ううっ……いや、あの時は本当に助かった……」
「完全に縮こまってたもんね」
「言うなっ!!」
なぜか食事に睡眠薬を仕込まれていたらしく、目が覚めたら四肢が寝台の柱に拘束されていて絶望していたコーリーを助け出したのが、私である。
「えっ!?なんで続編の主人公がここにいるの!?設定の崩壊じゃない!?」
「ピンク頭さん、うるさいので黙ってくださる?」
「いや、だからなんで!?そんなのいやよー!!このタイミングで現れるキャラじゃないのにおかしうぐっむー!」
「お黙り」
意味不明の内容を喚きながら、雄叫びのような悲鳴をあげる平民女を、私はとりあえず護身術を応用して抑え込み、猿轡を噛ませた。これ以上この場に人を集めてしまい、高貴なご令息のあられもない痴態を他人に見せるわけにはいかなかったので。
「さて、これでよし。コーリー、大丈夫?未遂?」
「み、未遂だ!」
「間に合ってよかったわー」
縄でくくりあげた平民女を放置して、素っ裸のコーリーにシーツを被せてやる。その後に拘束を解いてやれば、半泣きでお礼を言われた。
「あ、ありがと……カミラ……」
「気にしないで。ひとまずここを片付けましょう」
「あの、……見た?」
「気にしないで。ひとまずここを片付けましょう?」
恐る恐る聞いてきたコーリーに、私はにっこり笑って同じセリフを繰り返した。私の意図を察して、がっくりと肩を落としているコーリーに彼の服を押し付け、私は朗らかに続けた。
「早くしてちょうだいな。これ以上男子寮にいると、私まで変態認定されかねないもの」
「そ、そうだね」
「こんなに品行方正に生きてきたのに、変態扱いされちゃ堪らないわ!就職に差し障るじゃない」
「そ……そうだね……ごめんね……」
落ち込んだコーリーが涙目で、私を上目遣いに見上げて呟いた。情けなくて、大層可愛い顔で。
「今日見たものは、誰にも言わないでね」
「もちろんよ」
「助けてくれてありがとう、カミラ」
「……気にしないで。友達でしょう」
当時、コーリーは服をひっぺがされていたので、当然ぜんぶ丸見えだった。しっかりびびって小さくなっていたご子息も、私はガッツリ見てしまっている。
悲壮な顔で半泣きだったコーリーの精神状態を考慮し、必死に真面目な顔を取り繕って対処したが、帰室して一人になってから爆笑した。
外面は完璧で、完璧令息とか言われてるくせに、あの間抜けで可哀想で情けない顔と言ったら!私がいなかったらどうなっていたことか、と思うとわりと恐ろしくもあるが、でもまぁ未遂で助かったのだから良いだろう。
今でも落ち込んだ時には、あの時のコーリーのコーリーを思い出すと自然と爆笑できるので助かっている。人の悲劇を笑うなど性格が悪いとは自分でも思うが、まぁコーリーも大して気にしていないようだしセーフよね。
……と、思っていたのだが。
「
「初夜失敗と言ってくれ!聞こえが悪い!」
「私たちしかいないんだからいいでしょ」
テーブルの真ん中に鎮座する茶菓子を手元に引き寄せ、遠慮なく頂戴する。コーリーが食べる気のなさそうな茶菓子ばかりだから構わないだろう。これは私向けのチョイスだ。
「あれ以来どんな魅力的な女がやってきても、寝室では恐怖に震えて役に立たないんだ」
「ほー、そりゃ大変」
悲壮な顔で嘆くコーリーには悪いが、私には割とどうでも良い。バリバリと無遠慮にお菓子を齧る音が響く。さすが公爵家、マジ美味。
「聞いてないな?」
「きいてふ、きいてる」
ごくり、と菓子を飲み込んで、紅茶で流し込む。そして次の菓子に手を伸ばした。
「……カミラァ?」
「ん?」
上等な菓子の食い溜めをせんと、パクパク食べまくる私をコーリーが恨めしそうに見ている。そしてどこか不貞腐れた様子で口を開いた。
「友達として気楽に過ごしてもらえるのは良いんだけどさ?でももう少し敬意を払ってくれてもよくない?僕、結構凄い家の嫡男なんだけど」
「今私はアナタを『まだ何の功績も成してないガキのくせに偉そうだな』って見てます。『無能な貴族達を家の力に奢った馬鹿とか言ってたくせに結局同類じゃん』って思いながら冷めた目で見ています」
「くっ、相変わらず手厳しい」
コーリーは己の発言に恥ずかしくなったのか、気まずそうに目を逸らしている。素直に「ちゃんと話を聞いてほしい」とか言えば良いのに、下手に家の話を持ち出すからよ。
「そもそもコーリー、高等研究機関に進学したんだから、卒業はまだ来年でしょ?なんでそんなに急いで結婚したいの?」
「卒業したら二十歳、もう時間がないだろう!?」
「男はそうでもないんじゃない?」
「高位貴族は婚約も結婚も早いんだ!それまでになんとかしとかなきゃ!」
「へぇー」
「今まで婚約者なしで許されていたのが奇跡だ!早く対応しないと大変なことになる!」
なるほど、奥さんに不能であることがバレてしまうのか。というか、婚約者に不能であることを事前にお伝えしなければならなくなるのか。家同士の結びつきなのに、あとから子作りに問題があると判明したら一大事だものね。
「ありゃー、役立たずな息子を持つと大変ね」
「そんなことないからな!一人の時はちゃんと気合い入れて立ち上がるんだからな!」
「へー」
完全に駄目ってわけじゃないなら、そのうち回復するんじゃないの?と他人の私は思うけれど、本人にとっては一刻を争う一大事なのだろう。知らんけど。
「てか卒業早々に結婚して、そのまま離婚歴ありになってもいいの?」
「初婚という条件は男にはそんなに必要じゃない」
「身勝手ぇ~、女の私はどうなるのさ」
「早く死にそうな爺と結婚するつもりの君には言われたくない。あと離婚するかどうかは結婚してから考える」
「私の希望条件とは違うなー?」
コーリーのご希望ばかり言われても困る。
離婚の約束さえしてくれれば、契約結婚しても構わないんだけどねー。……いや、よく考えたら。
「と言うか、結婚にこだわらなくても、要はヤッちゃえば良いのでは?」
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