忌種婚姻譚:ジグジギザリアーの娘

F.ニコラス

プロローグ

 それは1匹の怪物であった。


 鋭い歯と爪、尖った耳に割けた口、いやらしく吊り上がった目。

 体毛は固く、ざんばらの白い頭髪は地に付くほど長い。


 奇妙に曲がった6本の手足で山を駆け、石と動物の肺を食事とした。


 時おり戯れに麓の村に下り、畑を荒らし家畜の皮を剥いでいく。

 干からびた虫の死骸が好きで、見つけると必ず持って帰った。


 また人間の衣服も好み、気に入ったものがあれば奪う。

 けれども着るわけではなく、引き裂いて寝床に使うのだ。


 そんな怪物だから、人々は当然、嫌悪し警戒した。


 ある時には、村の周囲に柵を設置し、毒を仕掛けた罠も用意した。

 だが怪物は柵をやすやすと破壊し、毒も効かなかった。


 ある時には、武器を持って山に踏み入り、退治しようと試みた。

 だが怪物は傷ひとつ負うことなく、侵入者を返り討ちにした。


 「どうしようもない」。


 人々がその結論に達するのに、あまり時間はかからなかった。


 嫌悪と警戒は恐怖と諦観に変わり、怪物への視線は天災へのそれと同じものになったのである。


 やがて人々は、怪物に名を付けた。


 ジグジギザリアー。


 同胞や子孫にその恐ろしさを伝えるべく、怪物をそう称した。


 10年、20年と月日が経つ。

 ジグジギザリアーの名は徐々に広まり、国中に知れ渡るまでになる。


 30年、40年と月日が経つ。

 時おり有名無名の戦士がやって来ては、ジグジギザリアーに敗北していく。


 50年、60年と月日が経つ。

 70年、80年――そして、90年。


 ジグジギザリアーは死んだ。


 恐らくは、老衰だった。


 棲み処である山の麓で、彼の怪物の死体は発見された。

 人々の歓喜たるや、凄まじいことこの上ない。


 何せ、もう怯えなくとも良いのだ。

 怪物にはつがいが居なかったから、もうこれっきり。


 村の祝宴は3日3晩続き、ジグジギザリアーの死体は毛の1本も残さず焼かれて灰になった。


 怪物は死に、人々に平和が戻った。

 これで話はお終いだ。


 しかし気を付けねばならない。


 終わったのはジグジギザリアーの話であり、別の話はまだ続いている。

 否、この時から始まったと言っても良い。


 つまり、こうだ。


 ジグジギザリアーには娘がいた。

 その娘の話が、これより幕を開けるのである。

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