第15話 前編

 庭園から逃げるように立ち去った日の夜。樹は自室で就寝の準備をしていた。


「はぁ……。今日は散々な一日だったな……」


 寝間着ゆかたに着替え、寝具を整えながら、樹は沈んだ気持ちで肩を落とす。梗一郎から逃げ回り、自分はノンケだと言い張った挙句、梗一郎への好意に気づいた時には失恋してしまった。そのショックで画塾にも行けず、とりあえずアトリエに籠もってみたものの、梗一郎との淫らな行為を思い出してしまう始末。


(まさか、素描デッサンにすら身が入らないとは……)


 花ヶ前邸で樹の心が休まる場所は限られている。そのうちの一つだったバラの庭園には行きづらくなってしまった。なので樹は、夕餉の時間までアトリエで無意味な時間を過ごし、入浴が終わった後すぐに自室に籠もって今に至る。


「はぁ〜〜」


 樹は大きな溜め息を吐いてベッドに横になった。清潔なリネンから石鹸の香りがして、樹はわずかながら安心感を得る。ベッドの寝心地を堪能した後、樹は仰向けに寝転がり、胸元に枕を抱き寄せた。


 異世界転生したばかりの頃。自分が転生した肉体の元持ち主――早乙女と梗一郎が恋人関係だったと気づいた時は、ありえないとしか言いようがなかったし、先の展開を予測することも不可能だった。だというのに――


「まさか俺が、梗一郎さまのことをを好きになっちゃうなんてなぁ……」


 そう呟くように言って目を閉じると、目蓋の裏に、梗一郎の柔らかい微笑みが浮かんだ。それから、梗一郎の甘い声で「樹」と何度も呼ばれたことを思い出し、身体が熱を帯びはじめる。


(梗一郎さま……)


 樹はあらぬところが反応を示したことに驚きつつ、熱に浮かされたように、ためらうことなくそこに手を伸ばした。

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