冷めた料理
ボクは、心臓がバクバクとしていた。
大雨なのに、傘をさすのを忘れて必死に家まで走って帰った。
二本も傘を持っていながら、びしょ濡れになった。
…
さっき買った本もびっしょりだ。
本を軽く拭いてそっとお風呂の入り口に置いた。
…
そして、彼女が帰ってくる前に急いで風呂に入った。
ふと…シャワーを浴びながら、さっきのコンビニでの出来事を思い出してしまった。
…
コンビニに二人してびしょ濡れで入ってきたのは、面識のない一人の男性と…もう一人は、ボクの彼女だ。
たぶん仕事終わり、あの土砂降りだったから、お互い傘がなくてコンビニに走ってきたのだろう。
そこまでは…いいのだ。
問題は、そこじゃない。
一番驚いたのは…彼女の表情だ。
最近彼女は、いつも疲れた顔をしていたのに、あの男性の前では…キラキラの明るい笑顔を見せていたからだ…。
ボクたちが付き合い出した頃は、あの笑顔をボクにも注いでくれていた彼女。
だけど最近じゃ…笑顔にプラスされて、負のオーラがついてくるからあの笑顔は、プレミアだったのだ。
…
もうあの笑顔は、ボクには向けられないのかも知れない。
おかしいな…
なぜだろう…
そしていつからそうなってしまったのだろう…
…
シャワーを浴びながらそんなことを考えていたら、玄関の鍵があく音が聞こえてきた。
綾が帰ってきたんだ。
…
たぶん…帰ってきたけど、心はどこかに置いてきたんじゃないかなってボクは感じた。
急いでシャワーを浴びてからだを拭いた。
「綾、おかえり。雨大丈夫だった?」
しらじらしく聞いてみると綾は…
「うん。会社から傘借りたから大丈夫」
と言ったのだ。
…
なんでそんな小さな嘘をついだのだろう?
コンビニで買ったはずなのに…
やっぱりなにか後ろめたいことがあるのだろうか?
…
「そっか…。でも、からだ冷えたでしょ。お風呂入りな」
と促した。
しかし彼女は、
「ううん、たいしたことないよ。さ、ご飯作らなきゃ」
とエプロンをかけた。
…
なんか…なんだろう…
外の天気のようにボクの心も土砂降りだった。
綾は…無理をしているんじゃないだろか?
…
いや、違う。
無理をしているのではなくて、ボクが綾を無理させているのか⁉︎
たしかにボクがいなくて一人暮らしだったら、綾はこんなに慌ててご飯をつくる必要がないはずだ。
たぶん…先にお風呂だったんじゃないかな…。
…
「綾、今日の晩御飯…なに?」
手際よく野菜を切る綾のそばにより、覗き込みながら聞いてみた。
そしたら綾は、手もとめずに器用に話しながら
「そぼろ煮とサラダだよ」
とそのまま料理を続けた。
なんか…なんで…
綾はきっと無意識なのだろうけど実は、帰ってきてからボクと目があっていない。
笑顔を見せてくれるどころか…目も合わないなんて…。
ボクたちは、このまま同棲をしていていいのだろうか?
…
夕飯が出来上がると綾は、自分のご飯をラップしてお風呂へ向かった。
「一緒に食べないの?」
と綾をひきとめた。
すると綾は、
「うん、まだ部屋着じゃないし…椅子に座ると汚れちゃうから先お風呂入るわ」
なんて言いながらお風呂へ行ってしまった。
…
ボクは、なんだか先に食べるのが申し訳なくなった。
だから綾がお風呂から出るまで待っていようかなとも考えた。
でも…せっかく急いで作ってくれたのだから、先にいただかないと冷めてしまって逆に申し訳ないのかもしれない。
なのでボクは、どんどん冷めている彼女のおかずを申し訳なく思いつつ、夜ご飯をいただいた。
そして自分の茶碗を洗った。
その後、とくにすることもなかったので読書をしていた。
最近の綾は…なんだかいつも以上に長風呂だ。
そして…美容にも力を入れている気がする…。
きっとそれは、だれかにみてもらいたいからなんじゃないのかなと思うけど、でもそれはボクじゃない…。きっと…
いや、確実に…別の人…だ。
たぶん…コンビニに一緒に駆け込んできた男性だろう。
はたからみたら、あの二人はいい感じにみえたもんな…。
そんなことを考えていたらようやく綾がお風呂から上がってきたようだ。
ボクは、読んでいた本にしおりを挟んで綾の冷めてしまった料理を温めなおしてあげようとした。
「そのご飯、どうするの?」
不思議そうな綾がボクをじっとみた。
なのでボクは、
「冷めちゃったから温めなおそうと思って」
と、レンジに運ぼうとしたら綾は…
「わたし猫舌だから、温めなおさなくていいよ」
と、少し申し訳なさそうに微笑んだ。
綾は…綾は最近、ボクに笑顔じゃなくて申し訳ない顔を向けるのです。
続く。
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