第33話
「二人っとも、いらっしゃぁい」
「恵麻さん!ずっと会いたかったんですよ!!?」
玄関で出迎えてくれた恵麻に、唯が飛びついた。
子供の頃から見慣れた光景の筈だったが、随分久しぶりに見た気がした。
「駆っちも久しぶりぃ」
「……なんか……ゴメンね?」
僕は開口一番で恵麻に謝った。謝らずには居られなかった。
なぜなら彼女を見た瞬間、恵麻がギリギリで身支度を調えたのが見て取れたからだ。
やっぱり僕が、何とかして唯を引き留めておくべきだったのだ。
「気にしないで。二人っとも暑かったでしょ?入って、どうぞ」
「お邪魔します」
僕と唯は、恵麻に招かれて家の中に入った。
家の中は狭い廊下と階段、挙げ句には梯子が入り組んでいて迷路のようだった。
なるほど。コレならば確かに建築基準法にも引っかかりそうだ。
「二人っとも、ここが私の部屋だよ。覚えてるかな?」
「イヤですわ!あたしが恵麻さんの部屋を忘れる訳がないじゃ無いですか!!?」
唯は、ここに来てからずっと恵麻にべったりとくっついてる。
あんなの、僕に対しては一度もした事が無いんですけど?
「……唯、随分と楽しそうだね?」
僕は恵麻が飲み物をとりに言ったタイミングで、唯に尋ねてみた。
唯はかつて、僕と恵麻の両方が好きだと言ったがそれは本当なのだろうか?
「当たり前じゃ無い。恵麻さんにやっと会えたんだから嬉しいに決まってるでしょ?」
唯はさも当然のようにそう言っているが、それは僕でもそうなのだろうか?
「あんたは違うの?」
「僕も恵麻に会えて嬉しいけど、抱きついたりとかは……ちょっと……」
「あぁ~、そういう事だったのね?さっきからの視線は」
唯は何かが納得出来たらしく、勝ち誇ったような表情で僕を見ている。
「何?さっきからの視線って?」
「あんた、恵麻さんにヤキモチ焼いてるんでしょ?あたしがベタベタするから」
「……だって、普段も恵麻に対してはあんな風にするし……」
「そんな事言ったってあんた、あたしが抱きつこうとしたら逃げるじゃない」
唯はそう言いながら、僕にすり寄ってきた。急に何なのさ?
僕は反射的に、唯と反対方向に少しだけ動いた。
「ほらね?あんた、あたしとあんまりくっつきたがらないじゃない」
唯にそう言われて、なぜか僕は急に腹が立ってきた。
彼女の言っている事は正しいはずなのに、見透かされてるようでムカついたのだ。
「そんな事……無いよ……!!」
「そう?じゃあ、今度は逃げないでね?」
そう言うと唯は僕の肩を抱くと、少しずつ力を込めていった。
彼女の胸が僕の胸板に押し当てられ、徐々に形を変えていった。
「……あ……あ……あ……」
「変な声、出さないの!」
僕だってこんな情けない声、出したくて出しているのでは無い。
ただ彼女の匂いと感触をダイレクトに感じて、僕の脳が麻痺してしまったのだ。
「二人っとも、おまた……せ……」
「ああ、恵麻さん!」
ドアから入ってきた恵麻を見て、唯は腕の力を解いた。
しかし僕は全身硬直して、微動だにできなかった。
「え~っと、もうちょっとゆっくりして来た方が良かった?」
「全然平気ですよ!恵麻さんにもするじゃないですか?」
「あ、え~っと……そうだね?」
唯は平然としているが、恵麻もどんなリアクションをすべきか迷っている。
それから僕たちは、恵麻に事のいきさつを説明した。
と言っても、僕は硬直し恵麻は黙ってしまったので唯だけがしゃべっていた。
「……つまり、二人は付き合ってるって事だよねぇ?」
「そうなんです。あんたはいつまで石像になってるつもりなの!?」
「え?あ、うん……」
僕も徐々に意識を現実に戻し、会話に参加していった。
恵麻はこんな事実を聞かされて、どう思うだろうか?
「……そっかそっか。良かったぁ」
恵麻はわずかに目尻にたまった涙を拭いながら、笑って僕らを祝福してくれた。
あの涙は安堵の涙なのだろうか?それとも悲しみの涙なのだろうか?
「恵麻は本当にこれで良かったと思ってるの?恵麻は本当は……」
「駆っち?私はあの時から、ずっと考えてたんだよ。唯っちの幸せについて」
「あたしの幸せ?」
恵麻はポツリポツリと、自分が今まで考えてきた事を語り出した。
唯が中学時代に受けた仕打ちのことや、僕だけが行動した事も。
恵麻は唯の事を心から想い、理解しようと努力してくれる人を探していたのだ。
「それが僕って事?」
「そう!私が信じて唯っちを任せられるのは、駆っちしか居ないって思ったの」
恵麻はかつて僕に、私が信じて任せられるのは駆っちだけだからと言った。
何の話だろうかとあの時は思ったが、このことだったのか。
「恵麻は本当にそれで良いの!?」
「私には唯っちの気持ちの応えてあげられないからね」
僕は恵麻が僕に特別な感情、つまり好意を抱いていると唯から教えられた。
唯と僕が恋人同士になれば、恵麻の感情はどうなってしまうのだろうか?
「唯っち、私が居なくてもこれからは駆っちが……」
「イヤです!」
恵麻は唯を僕に任せようとした。つまり、自分は身を引こうとしたのだ。
だがその時、唯のそれを拒否する声が部屋に響いた。
「え?」
「二人の会話で大体の事情は飲み込めました。でも、あたしは絶対にイヤです!!」
何で唯はこんなにも恵麻の考えを拒否するのだろうか?
もしかして、唯は本当は僕よりも恵麻の方が好きなのでは?
「……駆っちじゃイヤって事?」
「いいえ!駆と恵麻さんの二人が居なくちゃイヤです!!」
は?僕と恵麻の二人が居なくちゃイヤって、どういう意味?
この場では僕たちは唯の恋人に誰がなるべきかの話題をしてるわけで……
「な、なんだってぇぇぇえええ!!?」
「な!なんだってーーーーーー!!?」
僕と恵麻は同時に答えにたどり着き、同時に奇声を発した。
唯が言っているのは、僕と恵麻の両方を付き合いたいと言う意味だからだ。
「あたしにとっては二人とも同じくらい大切で好きなんです!片方じゃイヤです!!」
「……そんなミクロスフロンティアみたいな事を……」
僕は呆れてものが言えなかった。こんな主張、あり得ないからだ。
ちなみにミクロスとは僕が好きなロボットアニメの一つだ。
「……あはははは!唯っちらしいねぇ」
「恵麻!恵麻はコレで良いと思ってるの!!?こんな主張を許すの!!!?」
恵麻は笑っているが、僕としては全然笑えない状況だった。
普通、堂々と二股宣言する女の子が何処の世界に居るんだ?
「仕方ないよ。唯っちは言い出したらきかない子だからねぇ」
「来年こそは絶対にこの三人で海に行くんですからね!?」
この状況は何なんですか?何で二人ともこの状況を受け入れてるんですか?
おかしいのは二人じゃなくて、僕の方ですか?
「本当に恵麻はこれで良いの!?恵麻にだって主張する権利はあるんだよ!!?」
「私は唯っちの恋人にはなれないけど、一緒に海には行けるからねぇ」
なるほど。恵麻は別に唯の恋人になると承諾したわけでは無いらしい。
どんなに唯が恵麻を『好き』と言っても、恵麻の『好き』は変わらないもんね。
「唯っちには少しずつ分かって貰うしか無いよ」
「……それもそうだね」
この場で無理矢理に唯に言って聞かせるより、少しずつ分かって貰うしかない。
唯もいつかきっと、こんな関係は認められないと分かってくれる……はずだ。
「あたしに抜きで何の話してるんですか!?」
「別に大した事じゃないよ。唯は欲張りな女の子だって言っただけだよ」
かつて恵麻は僕に、唯っちはとても寂しがり屋で欲張りな女の子だと言った。
分かっているつもりだったが、まさかここまでとは思わなかった。
「怪しいわね?言っとくけど、あたし抜きで恵麻さんに会ったら沈めるからね?」
「分かった!分かったから!!って言うか、その沈めるって何?」
唯は時々、脅し文句として沈めると言う言葉を使う。
沈めるって何?何処に沈める気なの?
「文字通り沈めるのよ?海に」
「……唯も冗談言うんだね?でも、そういう冗談は笑えないから止めた方が……」
僕は、背筋が一瞬にして寒くなるのを感じた。
いくら何でも、恋人を海に沈める女の子なんて居るわけがない。
「……」
「冗談だよね?冗談だって言ってよ!」
しかし、唯は黙って僕の目を見つめているだけだった。
その表情は真面目そのもので、まるで本気で言っているかのようだった。
「駆っち、唯っちは冗談なんて言わないよ」
「……海に行くって、僕を沈めるために行くんじゃないよね?」
僕は、海に近づくのが突然怖くなった。
海に行けば、二人の水着が見られるなんて考えていた自分が今では遠く感じる。
「そうだよ唯っち。海には楽しい思い出を作りに行かないと!!」
「そうですね!来年が今から楽しみですね!?」
恵麻に上手く話をそらされて、唯は来年の夏休みの話題を始めた。
楽しそうに海に行く計画を立てる二人を見て、僕は思わずつぶやいた。
「……これで良いのか?」
これからも三人で居られるのが嬉しい一方で、複雑な気分だった。。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます