第23話:「心の中の世界地図」

 帰り道、夕暮れの街を歩きながら、美月の心は今日の体験で満ちていた。街路樹の葉が風に揺れる音が、まるで異国の音楽のように聞こえる。道行く人々の表情が、様々な国の人々の顔と重なって見えた。


 美月は、ふと立ち止まり、深呼吸をした。大気の中に、かすかにスパイスの香りが漂っているような気がした。それは、今日のイベントで味わったインドカレーの余韻だろうか。それとも、心の中に広がった新しい世界の香りだろうか。


 家に戻った美月は、まず窓を開け放った。夕暮れの風が部屋に流れ込み、今日の記憶を優しくかき立てる。美月は、祖母から譲り受けた古い箪笥から、大切に保管していた和綴じのノートを取り出した。


 ノートを開き、美月は今日の体験を丁寧に書き記し始めた。ペンを走らせる音だけが静かな部屋に響く。美月の筆跡には、普段より少し躍動感があった。


「今日、私の中の世界地図が大きく広がった気がする。それぞれの国の文化や習慣の違いを知ることで、逆に人間の普遍的な部分が見えてきた。言葉は通じなくても、心は通じ合える。それが、今日の最大の学びだった」


 美月は、そう書き記した。


 書き終えた後、美月は立ち上がり、部屋の中を歩き回った。今までの生活空間が、急に狭く感じられる。美月は、自分の生活をもっと世界に開いていく必要性を感じていた。


 ふと、部屋の隅に置いてあった古い短波ラジオに目が留まった。美月は、それを手に取り、スイッチを入れた。ノイズの中から、かすかに外国の放送が聞こえてきた。美月は、その音声に耳を傾けながら、新たな決意を胸に刻んだ。


「これからは、毎日少しずつでも、世界のニュースや異文化について学んでいこう」


 美月は、そう心に誓った。


 就寝前、美月は今日もらった各国の人々の連絡先を見返した。そこには、様々な言語で書かれたメッセージが添えられていた。それぞれの文字の形や、言葉の響きに、美月は新たな美しさを感じていた。


 布団に横たわりながら、美月は天井を見上げた。そこに、今日出会った人々の顔が浮かんでくる。インドの留学生の真摯な眼差し、メキシコの料理人の陽気な笑顔、フランスの美術教授の優雅な所作、そしてシリアの少女の無邪気な表情。


 美月は、目を閉じた。耳を澄ませば、様々な国の音楽が心の中で静かに響いているような気がした。それは、美月の中に生まれた新しい世界の音楽だった。


 翌朝、美月は早々に目覚めた。今日からの生活に、新たな彩りを加えようという決意に満ちていた。


 朝食の準備をしながら、美月は昨日のイベントで教わったメキシコの朝食メニューを試してみることにした。トルティーヤを焼き、アボカドとトマトを刻む。その香りと色彩が、美月の朝に異国情緒をもたらした。


 食事を終えた後、美月は庭に出た。昨日、シリアの家族から種をもらった中東の野菜を植えることにしたのだ。土を耕し、丁寧に種を蒔く。その小さな行為が、美月の日常に新たな可能性をもたらすように感じられた。


 午後、美月は地域の図書館に向かった。外国語の本や、世界の文化に関する書籍を借りるためだ。一冊一冊の本を手に取りながら、美月は新たな世界への扉を開く高揚感を覚えた。


 夕暮れ時、美月は自宅で小さなお茶会を開いた。昨日のイベントで知り合った近所に住む留学生を招いたのだ。美月は、丁寧にお茶を点て、日本の和菓子と共にもてなした。


 言葉は完璧には通じなくとも、お茶を通じて心が通じ合う。その瞬間、美月は日本文化の魅力を再認識すると同時に、それを世界に伝えていくことの意義を強く感じた。


 お茶会が終わり、美月は再び和綴じのノートを開いた。今日一日の体験を、丁寧に書き記していく。


「異文化との出会いは、自分自身との新たな出会いでもある。世界を知ることで、自分の中の未知の部分も発見できる。これからも、この好奇心と学びの姿勢を大切にしていきたい」


 美月は、そう書き記した。窓の外では、満月が静かに輝いていた。その光は、美月の中に広がった新しい世界を優しく照らしているようだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る