第8話:「静寂の中に広がる世界」

 水曜日の朝、美月は日の出とともに目覚めた。和室の障子越しに差し込む柔らかな光が、畳の上に優しい影を落としている。美月は深呼吸をし、今日一日を瞑想と内省の時間に充てる決意を新たにした。


「心を整えるには、身の回りもシンプルに」


 美月は静かに呟いた。彼女の声には、静謐さと期待が滲んでいた。


 起き上がった美月は、いつも以上に丁寧に布団を畳み、押し入れにしまった。その後、窓を大きく開け、朝の新鮮な空気を部屋に招き入れる。庭に植えた白樺の葉が、朝露に濡れて輝いている。


 美月は小さな観葉植物に近づき、優しく葉に触れた。


「おはよう。今日はあなたたちと一緒に、静かな時間を過ごすわ」


 植物に語りかける美月の表情には、穏やかな微笑みが浮かんでいた。


 朝の準備を整えた後、美月は今日の装いを選んだ。瞑想にふさわしい、心を乱さない柔らかな白のワンピースを選んだ。上質な綿素材で、体の線を優しく包み込む。首元には、祖母から受け継いだ小さな翡翠のペンダントをさりげなく添えた。


 髪は、自然な風合いを生かしたナチュラルなスタイル。髪を軽く梳かすだけで、特別なスタイリングはしない。化粧も一切せず、素肌のままでいることにした。


「内なる美しさを引き出すには、外見にとらわれすぎないことも大切」


 美月は、そう考えながら、鏡に映る自分の姿を見つめた。


 朝食の準備を始める美月の動きには、いつも以上に静かな佇まいがあった。今日の朝食は、無農薬のグリーンスムージーのみ。美月は、「身体の浄化は心の浄化につながる」と考えている。


 ほうれん草、キウイ、バナナ、そして自家製の豆乳をブレンダーに入れ、なめらかになるまで撹拌した。美月は、ブレンダーの音さえも瞑想の一部のように感じていた。


「自然の恵みに感謝しながら、いただきます」


 美月は、そう心の中で唱えながら、朝食を味わった。窓の外では、小鳥がさえずり始めている。その音が、美月の心をさらに静かな場所へと導いていく。


 食事を終えた美月は、リビングの一角に設けた瞑想スペースへと向かった。そこには、美月が大切にしている座布団が置かれている。古い着物を再利用して作ったこの座布団は、美月にとって特別な意味を持つ。


 美月は、座布団の上に正座し、姿勢を整えた。背筋をまっすぐに伸ばし、両手を膝の上に置く。深呼吸を繰り返しながら、美月は少しずつ意識を内側へと向けていく。


「今、この瞬間に意識を集中する」


 美月は、そう心に言い聞かせながら、瞑想を始めた。


 最初の30分間、美月は呼吸に意識を集中した。吸う息、吐く息。その繰り返しの中に、美月は宇宙の摂理を感じ取っていく。時折、外の音が聞こえてくることもあるが、美月はそれらの音も瞑想の一部として受け入れた。


 次の30分間は、身体の感覚に意識を向けた。頭のてっぺんから足の指先まで、ゆっくりと意識を巡らせていく。体のどこかに緊張があれば、そこに意識を向け、優しく解きほぐしていく。


「身体の声に耳を傾けることで、心の声も聞こえてくる」


 美月は、そう感じながら、瞑想を続けた。


 午前中の瞑想を終えた美月は、ゆっくりと立ち上がり、軽いストレッチを行った。体が軽くなったような感覚がある。美月は、窓際に立ち、庭の景色を眺めた。


「瞑想後の世界は、いつもより鮮やかに見える」


 美月は、そう感じながら、深呼吸をした。


 昼食は、玄米と味噌汁のみのシンプルな食事。「必要最小限」を意識することで、感謝の気持ちが深まると美月は感じている。食事の前に、美月は静かに手を合わせ、食材を育ててくれた自然と、それを調理した自分の手に感謝の意を表した。


「いただきます」


 美月の声は、静かだがしっかりとしていた。一口一口を噛みしめながら、美月は食べ物の味や香り、食感に意識を向けた。普段何気なく食べている食事も、意識を向けることで新たな発見があることに、美月は気づいた。


 食事を終えた美月は、食器を丁寧に洗い、台所を整えた。この作業さえも、美月にとっては瞑想の一環だった。


 午後、美月は近くの神社へ歩いて向かうことにした。神社への道のりは、美月にとって日々の発見の連続だった。道端に咲く野花、古い民家の趣深い佇まい、行き交う人々の表情。美月は、それらすべてを丁寧に観察し、心に刻み付けていく。


 神社に到着すると、美月は手水舎で手と口を清めた。冷たい水が、美月の意識をさらに清らかにする。境内に入ると、美月は深々と一礼し、静かに歩みを進めた。


 社殿の前で、美月は静かに目を閉じ、手を合わせた。特別な願い事はない。ただ、今この瞬間に生かされていることへの感謝を捧げる。


「今、ここにいられることに感謝します」


 美月の心の中で、そんな思いが静かに響いた。


 境内の静けさの中で、美月は自然の音に耳を傾けた。鳥のさえずり、木々のざわめき、遠くで鳴る風鈴の音。それらの音が、美月の心を癒していく。


 神社を後にした美月は、帰り道で小さな古本屋を見つけた。店先には、「瞑想と日本の伝統」という本が並んでいた。美月は、その本を手に取ることにした。


「思いがけない出会いも、瞑想の一部かもしれない」


 美月は、そう感じながら、本を購入した。


 夕方、自宅に戻ってからは、日記を書く時間を持った。和綴じのノートを取り出し、今日一日の気づきや感謝したことを丁寧に書き留めていく。


「今日の気づき:静けさの中にこそ、豊かな世界が広がっている。日常の喧騒を離れ、内なる声に耳を傾けることで、新たな気づきが生まれる」


 美月は、そう書き記した。


 夜は、アロマキャンドルの灯りの下で軽いストレッチ。体の緊張をほぐしながら、一日を振り返る。キャンドルの揺らめく光が、美月の心をさらに静かな場所へと導いていく。


 就寝前、美月は窓を開け、夜風を感じながら深呼吸をした。星空を見上げると、今日の体験が蘇ってくる。美月は、自己を見つめ直すことの大切さを、改めて感じていた。


「明日からまた、新たな気持ちで日々を過ごしていこう」


 美月は、そう決意しながら、穏やかな気持ちで布団に横たわった。

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