ep10-4 最後の最後で友達面しないでよ、この馬鹿……

 ふと気が付けばあたしはどことも知れぬ街の古びた喫茶店の前にいた。


「あれ? なんでこんなところにいるんだろ……?」


 呟き周囲をキョロキョロと見回すが、見覚えはない。


「おかしいな……確か学校から帰ってたはずなんだけど……」


 そう呟きながらもあたしは店内に足を踏み入れる。するとそこには見知った顔があった。


「待ってたよ、来てくれたんだ……」


 そうカウンター席で今まで見せたこともないような優しい笑みを湛える彼女は――


「真理奈……?」


 そう、そこにいたのは失踪したはずのあの嫌味女、上原真理奈だった。


「なんであんたがこんなところにいるわけ?」


 あたしは思わず顔を顰めるが、彼女は意に介した様子もなく続ける。


「まあまあ座ってよ」


 ああもうっ! なんでこいつはいっつもあたしの神経を逆なでするような態度ばかり取るのよ!? もうほんと最悪……と内心ため息を吐きながらも、あたしは彼女の隣の席に座る。


 すると彼女はあたしの分のコーヒーを注文してから話し始めた。


「元気してる? クソ陰キャ女」


「久しぶりに顔を合わすなりそれ? 相変わらずあんたってムカつく女ね」


「まあ、あんたに嫌われたところでどうでもいいんだけどね。それよりさ、あたしとあんたの仲じゃない。もっと気楽にやろうよ」


 そう言って彼女はコーヒーに口をつけるが、あたしはそれをジト目で見つめるだけだ。


 そんなあたしに構わず真理奈はさらに話を続ける。


「今日さ、あんたをここに呼んだのは、お別れの挨拶がしたかったからなんだ」


「お別れ? なんでよ、あんたってそんなキャラじゃないでしょ。それにあたしとあんたは別に仲良くなかったし……」


 あたしは思わず首を傾げる。すると彼女は小さくため息を吐くと言った。


「そうだね……あたしはあんたとはずいぶんいがみ合ったし、仲良くなんてなかったよね……。でもさ、あたしはあんたのことが嫌いじゃなかったよ」


「え……?」


 唐突な告白にあたしの思考は一瞬フリーズする。そんなあたしに構わず彼女は言葉を続ける。


「あんたってさ、あたしと似てるところがあるじゃない? だからかな……」


 真理奈はそこで言葉を区切ると、あたしをジッと見つめてくる。


「なによ……」


 あたしは思わず身構えるが彼女は特に気にする様子もなく話を続けた。


「……まあ、いいや……とにかくさ、あんたはきっとあたしの『友達』だったのかも……なんてね」


 そう言って微笑む彼女を見てあたしは思わずドキッとする。な、何よこいつ急にしおらしくなって……。


「そ、そう……」


 とあたしが照れながら返すと彼女はさらに続ける。


「だから最後にお別れが言いたかったの。変よね、家族でも、他のもっと仲良かった子でもなく、あたしが最後に選んだのがあんたなんて」


 苦笑しつつそう言う彼女にあたしは思わず尋ねる。


「……ねえ、もしかしてもう帰ってこないつもりなの?」


 そんなあたしの問いに真理奈は寂しげに微笑むと言った。


「そんなつもりはなかったよ……だけど、もう無理になっちゃった、あの日……あたしは……」


「真理奈さん」


 ずっと黙ってカップを磨いていた店主が発した静かな声にあたしと真理奈はハッとしてそちらを見る。


 店主はカップを磨く手を止めるとあたしたちの方へ向き直り、ゆっくりと口を開いた。


「もう時間です。列車はもうすぐ発車しますよ。早くしないと乗り遅れてしまいます」


「ああ、はい……わかりました……」


 そう言って立ち上がる真理奈にあたしは慌てて声をかける。


「ちょ、ちょっと待ってよ! 一体どういうことなの!?」


 すると彼女は立ち止まりあたしに顔を向けた、その顔はいやに真剣であたしは思わず息を飲む。


「梨乃……××××気を××××××××××××ろし××××××あんたも××××××」


 真理奈は何かを言うのだがハッキリと発せられているはずのその言葉は、しかしあたしの耳には全く入ってこない。


「え? 何……? なんで聞こえないの……?」


「やっぱり、ダメか……。ルールは破れないみたい、出来ることならあたしはあんたを救いたかったけど、ごめんね……梨乃……」


「何言ってるの!? あたし全然わかんないんだけど!?」


 思わず叫ぶあたしに彼女は寂しげに微笑むと再び背を向け歩き出す。そして店の入り口まで行くとそこで振り返った。


「それじゃあね、次に会うときはあんたがしわくちゃのおばあちゃんになってからだと嬉しいな……バイバイ」


 彼女が手を振ると同時にドアが閉まる音がして、あたしはハッと我に返ると慌てて立ち上がり真理奈の後を追おうとするもその腕を掴まれる。


 その手の主は店主だったのだが、振り向いたあたしの目に入ってきた彼の顔に思わず息をのむ。


 そこには穏やかな老紳士の顔ではなくドクロのような顔があったからだ。


「ひっ!?」


 思わず悲鳴を上げるあたしに彼は言う。


「お嬢さん、あなたはまだここに来るべきではありません……どうかご理解ください……」


 そう言ってあたしを引き留めようとするが、あたしはそれを振り解くと真理奈の後を追ったのだった。


 店を出てしばらく走ったところでようやく彼女に追いついたあたしが見たものは、虚ろな目をした人々と共に列車に乗車していく彼女の姿だった。


「ま、真理奈! 待ってよ!」


 あたしは叫ぶが彼女は振り返らない。すでに気づいていた、列に並ぶ乗客の中に先日ニュースで見た交通事故の犠牲者と思しき人々がいることを。


 この列車が向かう先がどこで、真理奈がどうなってしまったのか、お別れという言葉の本当の意味……


 真理奈は……真理奈は……


「ま、真理奈ぁぁぁぁ!!」


 あたしは泣きながら叫ぶが彼女は振り向かない。やがて列車が発車する合図が鳴り響き扉が閉まる。ゆっくりと動き出す列車をあたしはただ呆然と見送るしかなかった……。


「……はっ!?」


 目が覚めるとそこは自分の部屋だった。どうやら夢を見ていたようだけど一体どんな内容だったかうまく思い出せない。ただ、なんだかとても悲しい気持ちになっていることだけはわかった。


 頬に触れてみると涙の跡があって、それが余計に悲しい気持ちに拍車をかける。


「なんだろう……夢で泣くだなんて……」


 そんな自分に戸惑いつつもあたしはベッドから起き上がると学校へ行く支度を始めたのだった――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る