ep8-5 増幅する闇、伝播する狂気……

「ごめんなさい、ほんっとーに反省してまーす」


 数分後ようやく意識を取り戻したキョーコが床に頭をこすりつけながら謝罪する。


「あたしの変身シーンで興奮するのまではまあ仕方ないとしてもね、その……オ、オナ……を始めるとかあんた何を考えてんの!? しかもあたしの前で!」


「ごめんなさいぃ、でもぉセンパイの生変身シーンがあまりにもエッチでキョーコ我慢出来なくってぇ……。それにぃ、センパイだってぇ、暗黒魔女マギーオプファーへの変身中にぃ『はぁん♡』とか『ああぁ♡』ってエッチな声出してたじゃないですかぁ」


 うぐ……それを言われると痛い。確かにあたしも途中からコスチュームの刺激に悶えて変な声を出してしまっていたしなぁ。


「はぁ、あんたも経験者だからわかるだろうけどね、あれは常人に耐えられるようなもんじゃないわ。まるで全身が性感帯になったかのような感覚なのよ。あたしなんか変身するたびに毎回あんな目に合ってるんだからね」


「わかりますわかりますぅ、キョーコもさっき悶え死にそうになっちゃいましたからぁ、けど、それはそれとしてぇ、うふふ、センパァイ、マギーオプファーになったセンパイは、浦城梨乃の時とはまた違った魅力に満ち溢れててぇ、キョーコますますセンパイの虜になっちゃいましたぁ♡」


「それはどうも……」


 あたしはもはや呆れてそう言うしかなかった。


 アクアさんといい、キョーコといい、この変態的コスチュームの何がいいのだろうか?


 いや、変態的なコスチュームだからこそ変態的な人たちを引き寄せるのか?


「それはそうとセンパイ、早く街に繰り出しましょうよぉ」


 キョーコがあたしに抱きつきながら言う。


 ああそうそう、ブリスやカレッジを誘き出すために街でひと暴れするんだっけね……。


 まったく、戦うどころか魔法の一つも使ってないのにどっと疲れたわ……。


「わかったわよ、行けばいいんでしょ」


 あたしは投げやりにそう答えるとキョーコを引き剥がし表情を引き締める。


「暗黒魔女マギオプファー出撃! さあ、平和で退屈な世界を混沌カオスに満ちた楽しい世界に染め上げましょう!」


 決め台詞も鮮やかに、バサッとマントを翻すと、あたしは颯爽と部屋を飛び出すのだった。


 ――散々バカやっておいて今さらカッコつけるなって? うるさい、せめて出撃シーンくらいはまともでいたいのよ。


「キャー! センパイカッコいいですぅ♡ って、キョーコを置いてかないでくださいよぉ!」


 そして、その後ろからキョーコが追いかけてくるのだった。


 アジトビルの出口までの道、そこを歩きながらあたしはキョーコに言っておかなければならないことがあることを思い出し口を開く。


「ところでキョーコ、今から街に繰り出すわけだけど、人前では当然お互いの事は暗黒魔女としての名前で呼ぶのよ?」


「わかってますよぅ、キョーコは基本的にセンパイは『センパイ』って呼びますけど、名前を呼ぶときはちゃーんと『オプファーセンパイ』とか『オプファーさん』って呼ぶから大丈夫です」


「わかってるならいいわ、だけど、本当に気を付けるべきなのはあんたの一人称よ」


「ほえ?」


 きょとんとした顔で間抜けな声を上げるキョーコにあたしはピッと指を一本立てて続ける。


「あんた、一人称が自分の名前でしょ? うっかり『キョーコ』とか本名を口走らないか心配だわ」


「ああ、その事ですかぁ。大丈夫ですよぉ、もそれくらいは考えてますぅ」


 言ってるそばから『キョーコ』という名を口にする彼女にあたしは思わず頭を抑えた。


「だから、それがダメなんだっつーの! いい、あんたは『マギーヴァーンズィン』、変身してる間は『キョーコ』という名を口にしてはダメよ!」


「むぅぅ、微妙に言いづらいんですよねぇその名前、まあ、頑張ってみますぅ、というかセンパイもキョーコ……じゃなくて、ヴァーンズィンのことを『キョーコ』って呼んじゃあダメですよ?」


「わかってるわよ、。あたしこう見えても対応力は凄いんだから」


「対応力って……。まあ、いいですぅ、それじゃあ改めてしゅっぱぁつ!」


 キョーコ改め暗黒魔女マギーヴァーンズィンはそう言うと勢いよく飛び出していった。やれやれと思いながらあたしはその後に続く。


「って、ちょっと待っちクリ~!」


 さらにその後を、クリッターが慌てて追いかけてくるが、あたしはあえて無視したままアジトビルを後にした。




「うふふ、うふ、いるいる、人間どもがぁ、自分たちが辿る運命も知らず平和に暮らしてまぁす」


 さて、アジトビルを後にしたあたしたちがやって来たのは駅前である。


 時刻は夕方5時過ぎ、ちょうど帰宅ラッシュと被ったためか、駅前には人が溢れかえっている。


 あたしたちはその様子を物陰から眺めつつ、今回はどうやって攻めて行こうかと考えを巡らせていた。


「ヴァーンズィン、改めて釘をさしておくけどね、あたしたちの目的はあくまでブリスたちなんだから、一般人に対しては出来る限り被害を出さないように心がけるのよ」


「わかってますよぉ、一般人へのお触り厳禁、そういうことですよねぇ」


「なんかちょっと違う気がするけど……まあ、そういう事よ」


「でもですねぇ……」


 とヴァーンズィンはスタスタと歩き出すと、駅前の雑踏の中へと足を踏み入れていった。


「ちょっとヴァーンズィン! 一般人には出来るだけ被害を出さないようにって言ったばかりでしょ!」


 慌ててあたしもその後を追いかけるが……遅かったようだ。突然現れた黒いビキニ衣装に身を包み、虎の耳と尻尾を付けた美少女に人々は驚きの声を上げる。


「な、なんだぁ?」「コスプレ? いや撮影かなんかかな」


 そんな声があちこちから上がり始める中、あたしは頭を抱えるしかなかった……。


 ああもうっ! なんでこいつはこう考え無しに行動するかなぁ!


「安心してくださいセンパイ、一般人には手は出しませんよぉ。ただ、こういうことはさせてもらいますけど、ねぇ!」


 ヴァーンズィンはニィと笑うと、拳を握りしめ力を溜める、そして……。


「クロースラッシュ!!」


 叫びと共に腕を振るう! 伸びた爪から放たれた一撃は衝撃波となって近くのビルに直撃、ズズ、ズズズと綺麗な切断面を見せながらビルは崩れ落ちた。


「きゃあああああ!!」


「な、なんだあ!?」


 突然の事態に人々は悲鳴を上げながら逃げ惑い始める。


「きゃはっ☆ いい感じですぅ、ヴァーンズィン、こういうの大好きなんでぇす♡」


「このバカ! 一般人には手を出さないって言ったばかりでしょ!」


 怒鳴りつけるあたしに、しかしヴァーンズィンは全く悪びれる様子もなく、


「だからぁ、一般人には手を出してませんよぅ、ちゃーんと人のいないフロアを狙い撃ちしましたしぃ、瓦礫の落ちてくる位置まで計算に入れて攻撃しましたからぁ」


 と、いけしゃあしゃあとのたまう。


 怒りとも呆れともつかない感情に支配され言葉を発せないあたしにさらに彼女はこう続ける。


「恐怖を与えるためにはぁ、これが一番効果的なんですよぉ、見てくださいよ、みんな大パニックですぅ、でも、ヴァーンズィンの攻撃ではぁ、一人も怪我人なんか出ませんからぁ。センパイ、心配しなくて大丈夫ですよぉ」


「ああ……そう……」


 もう怒る気力もなくなってきたあたしはそれだけ言うと再び頭を抱えたのだった。


「センパイもいい加減慣れましょうよ、どんなに綺麗ごとを言っても、ヴァーンズィンたちはぁ、悪の組織の暗黒魔女なんですぅ、センパイも言ってたじゃないですかぁ、平和で退屈な世界を混沌カオスに満ちた楽しい世界にってぇ」


「それはそうだけど……」


 あれはただカッコつけで言ってみただけなんだけど……。


 ああ、ダメだ。こいつの言ってることの方が正しいと思えてきてしまう自分がいる……。


「それに、ブリスたちを誘き出すためですよぉ。こうやって大規模な破壊活動をしてれば、間違いなくアイツらはやってきますぅ。ブリスたちは正義の魔法少女ですからねぇ」


 確かにその通りなのだけど……まったくもって釈然としないわ!


「さあセンパイ、センパイもやってください。ヴァーンズィンはぁ、センパイの技を見たいんですぅ!」


「わ、わかったわよ……」


 もうこうなったらヤケだ。あたしは大きく深呼吸すると……。


「ダークネス・ブリザード!!」


 叫ぶと同時に腕を前に突き出す! その動作に合わせて発生した闇の魔力が渦を巻きながら前方へと飛んでいき、駅前の取り壊し予定だった廃ビルに直撃する! ドゴォォォン!! という轟音と共にビルは崩れ去り瓦礫の山と化した。


 どうせ壊れる予定のビルだったんだし、まあ、いいわよね……それにしても……なんだろう? この感じ……。崩れ落ちるビルと人々の悲鳴を聞いていると、こう……胸がドキドキしてくるというか……。


「センパイ、どうでしたぁ?」


「え……ああ、うん……」


 あたしは慌てて平静を装うとヴァーンズィンの問いに答える。


「なんていうかその……ちょっと気持ちよかったかな」


 そうなのだ、破壊活動が気持ちいいのだ! いやまあ、自分でもどうかしてるとは思うけどさ! ああもうっ!! なんであたしこんなこと言ってるの? もうわけわかんないよ!!! そんなあたしの葛藤をよそにヴァーンズィンは目を輝かせて言う。


「でしょぉ!? あはぁ♡ やっぱりぃ! センパイも素質十分ですよぉ。ささ、もっともっと遠慮なくやっちゃってくださいぃ、街の大掃除ですよぉ!」


「そ、そうね……。あたしがやってるのは街の美化活動……景観を壊すものは徹底的に排除しないとね……」


 あたしはそう言うと再びビルに向かって腕を突き出した!


「ダークネス・ブリザード!!」


 叫びと共に再び渦巻く闇の魔力がビルの一部を吹き飛ばす!


「逃げろぉ! 瓦礫が落ちてくるぞ!!」


「いやああ、もうやめてぇぇぇぇ!」


「くっそぉぉぉ、悪の魔女め!」


 破壊音と悲鳴の奏でるオーケストラが響き渡ればあたしの胸は高鳴り、自然と口角が上がる。


「うひっ、へへ、あはっ……」


 さらに続けて魔力を解き放つ! そしてさらにもう一発!! あはっ☆ やっぱり楽しいぃ♡ 破壊って楽しいぃ♡


 ストレスも何もかも全部ぶっとぶ感じぃ♡


 あはっ、やっぱりあたしってこういうの嫌いじゃないみたい……ううん、大好きぃ♡


「あはっ、あははははははは!!」


 あたしはもう我慢できなくなって大声で笑い出した。ああ、なんて楽しいんだろう! 今までずっと我慢してきたけど、やっぱり破壊活動は最高だわ!!


「クリックリッ。ヴァーンズィンという新たな刺激のおかげで、オプファーは新たなステージへと進んだクリ。いいクリいいクリ。そうやって心の中の闇をどんどん解放していくクリ」


 クリッターが何か言っているけど、あたしはそれすらも無視して破壊活動を続ける。


 ああ……気持ちいいぃ♡  もう何も考えられないくらい最高に幸せぇ♡


 ヴァーンズィンはその様子を満足気に眺めていたが、すぐにぶーっと頬を膨らませる。


「ああんっ、もうセンパイばっかり楽しんでぇ! ヴァーンズィンにもやらせてくださいよぅ!」


「あはっ、早い者勝ちよ! ひひ、次はあの超高層ビルでもぶっ壊そうかな~?」


 向けた視線の先にはこの町一番の高層ビルがあった。


 あれは廃ビルじゃない、あれを壊せばどうなるかわからないあたしではないはずなのに……。


 しかし、破壊という行為の魔力に魅せられた今のあたしはもう歯止めが効かなかった。


「ああん、センパイの意地悪ぅ!」


 少し怒ったような、しかし楽し気なヴァーンズィンの声を聞きながらあたしは片手をすっと上げる。


 さあ、見せてよ、聞かせてよ、あたしにあんたたちが奏でる地獄のシンフォニーを!!

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