30・初会議

 俺とキルルが霊安室から村の広場に向かうと、青空の下には木製の長テーブルが置かれており、左右に名の有る面々が座っていた。

 その周辺には他のコボルトやゴブリンたちが輪を描くように立っている。

 ほぼほぼ村の全員が揃っているようだった。人数にすると100人ぐらいは居るだろう。


「皆の衆、お待たせ~」


『皆さん、お待たせしました』


 魔王たる俺の姿を見つけると下々の面々が素早く立ち上がって頭を下げる。外野の連中も片膝をついて頭をさげていた。皆が皆、魔王に敬意を評している。


「まあ、堅苦しいのは無しでいいぞ」


「「「ははっ!!」」」


 俺は木のテーブルの上座に添えられた背もたれの高い椅子に腰かけた。

 木で作られた玉座だった。俺だけ椅子が少し豪華である。


 そして、俺が玉座に腰かけたのを確認すると他の者たちも椅子に腰かけた。キルルは俺の背後に立っている。

 座席に見られる面々は、着ている服こそ貧相だが、身なりと異なり体格は凛々しかった。戦闘員としてレベルが高いのが解る。

 

 やがて会議が始まる。


 テーブルの右側にキングをはじめとしたコボルトたちが並び、左側にはアンドレアをはじめとしたゴブリンたちが並んでいた。


 キング、クィン、スペード、ダイア、アンドレア、カンドレア、チンドレア、ゴブロン。とりあえずの面々だが、今はこいつらが魔王軍の幹部クラスなのかも知れない。


 まあ、いずれゴブロンは幹部から外されるのが間違いないだろうさ。だってこいつは小者だもの。幹部なんて大役は務まるはずがない。

 それに替わってローランドが幹部候補かな。


 そんなことはさて置き――。


「それで、何を話し合うんだ、キルル?」


 俺は自分の背後に立つ幽霊秘書の僕っ子美少女に訊いてみた。


 俺は前世でアルバイトでしか働いたことがない。だからエリート会社員見たいな会議になんか参加したことがないのだ。故に会議と言われても何をどうしたらいいのか検討もつかない。


『まずは状況報告を聞きましょうか』


「なんの報告だ?」


「それでは――」


 するとキングが立ち上がって報告を始めた。


「まずは家の建築状況なのですが、簡単な仮住まいは完成しましたので、これから資材を蓄えながら本格的な住まいを作り始めようと思っています。それについてはスペードから」


 するとコボルトのスペードが立ち上がった。キングが座る。


 このスペードたるコボルトはキルルのオッドアイで大工のカラーと診断されたコボルトである。


 犬面から察するに人間の俺にはコボルトたちの年齢は分かりづらいのだが、このスペードたるコボルトは中年に差し掛かった年齢らしい。人間に例えるなら40代とか。

 まあ、要するにおっさんコボルトなのだ。


 そして、畏まったスペードが語り出す。


「それがなんですがね。家を作りたいのは山々なんですが、大工道具がたりていません」


 そうなのだ。そもそもの道具が足りていないのが現状だった。現在の課題は資材不足と道具不足である。


「木々は森にいくらでもありますし、煉瓦は山から粘土質の土を運んで来て製作を始めたんですがね。金槌、ノコギリ、斧、カンナ、それに釘などが全然足りないのですよ」


「道具不足はどうにかしないとならないな。だが、道具なんて一長一短では揃えられないだろう」


「はい、そこなんですよね。この墓城の周辺には人間の住まいが御座いません。一番近い人里でも森の外。ここから森を出るだけで一月は掛かります。それに森から出れたとしても、外見がモンスターである我々に何かしらの代物を人間が売ってくれるとは考え難いです」


 俺は青い空を見上げながら愚痴るように呟いた。


「そうだよね〜。外部からの入手は難しいよね〜」


 今度はコボルトのダイアが手を上げて立ち上がる。このダイアはキルルの診断で鍛冶屋のカラーが出たコボルト男子である。年齢は10歳程度で、コボルトとしては青年ぐらいであろう。


 今度はスペードが座ってダイアが立ち上がり話し出した。


「我々鍛冶屋も自作で道具を作ってやりたいのですが、何せ鉄が足りていない。竈は煉瓦から作ったが、素材の鉄そのものが無いのです。古びた武器を溶かして大工道具を優先して作ってたら、今度は狩り班が武器が無くて困っちまうからよ」


 俺は顎を撫でながら訊いてみた。


「それはそうだな。鉄って、どこかで取れないのか?」


 キングが述べる。


「以前住んでいたコボルトの洞窟を掘っているのですが、採掘されるのは粘土ばかり。鉄も銅も採掘されません」


 アンドレアが言う。


「鉄が取れるところって言ったら鉄鉱山とかが基本でありんすかねぇ?」


 テーブルに肩肘を付いた俺が問う。


「そんなのこの辺に在るのか?」


「鉄鉱山と言えば、あそこでありんす」


 アンドレアが遥か遠くの山脈を指差した。

 その指の先には煙をモクモクと上げながら大きく聳え立つ活火山があった。

 だが、かなり遠そうだ。


「あれは、遠くね?」


「遠いでありんす。森を進んで一ヶ月以上は掛かると思うでありんす」


「遠すぎだろ……。あそこから鉄をここまで運んで来るのは至難だろ」


『僕も難しいと思いますよ……』


「じゃあ、全員であの活火山のほうに移住するか?」


 キングが意見する。


「道中でさまざまな野生動物や野良モンスターに遭遇すると思われますので、女子供を連れて旅立つのは困難かと思います。山に近づけば近づくほどにモンスターの強さも高くなりますからな」


 エクゾダスは無理っぽいようだ。


「やっぱり、そうなるよね」


 するとアンドレアが別の提案を出す。


「ならば、オークの縦穴鉱山で鉄を捜してみるでありんすか?」


「オークの縦穴鉱山って?」


 この辺にオークも居るのかよ。初耳だな。


「ここから一日ほど森を進んだ先に直径50メートルほどの大きな縦穴があるのでありんす。そこは遥か昔の話ですが、鉱山だったとか。今はオークたちが住み着いていると聞き及んでありんす」


「その縦穴鉱山で、鉄が取れるのか?」


「分かりませんでありんす。そこが遥か昔の鉱山で、何が取れていた鉱山かは不明でありんす。鉄が取れていたのか、銅が取れていたのか、それとも金が取れていたのかも不明でありんす。もしかしたら石炭かも知れませんし、最悪は既に掘りつくされたスッカラカンの鉱山かも知れませんでありんす」


「確かに、掘り尽くされた鉱山って可能性もあるのか……」


 俺は少し考えてから答えを出した。


「まあ、どちらにしろ、そこの縦穴鉱山を手に入れるぞ。居住者のオークごとな!」


 皆が俺の顔を見ながら予想通りと言いたげな表情をしていた。俺の考えは読まれている。


 まあ、その鉱山から鉄が取れなくっても、オークたちが仲間に加わるのならば押し掛けても問題ないだろう。少なくともオークを仲間に入れられれば戦力アップには繋がる。だから損はないはずだ。

 それに、もしも鉄が取れてオークも仲間にできたら一石二鳥である。ダブルラッキーだ。


 だが、アンドレアが心配そうに眉を歪めながら言った。


「ですが、オークは強敵でありんす。以前の我々ならば、束になって掛かっても勝てる相手でありませんでありんすよ」


「キング、そうなのか? そんなにオークって強いのか?」


 俺がキングに問うとキングは静かに頷いた。その眼差しは真剣である。


 更にアンドレアが不利なことを言う。


「それにオークは100匹以上の数が縦穴鉱山に住んでいると思われるでありんす。そうなると敵の戦士の数は50匹近くかと……」


「なるほど、それは心強いな」


 俺は既にオークたちを仲間に引き込んだつもりで微笑んだ。

 100匹のオークが魔王軍に加われば、また戦力が強化される。まったくしめしめな話なのだ。


 キングが鋭い眼差しで俺に問う。


「エリク様、オークたちに仕掛けるつもりですか?」


 俺は左腕を曲げて力瘤を作りながら述べる。


「当然だ。魔地域の魔物をすべて俺は魔王軍に引き入れるつもりなのだ。遅かれ早かれオークどもを俺の前に跪かせるのは決まっていたことだからな」


 無計画な俺は予定通りだと怪しく微笑む。とにかくプラス思考で突き進む積りだ。


 するとキングが懇願する。


「ならば、今回はわたしめをお供させてもらえませんでしょうか!?」


「んん~、お供か~……」


 俺は考え込んだ。

 そして、条件付きでキングの同行を認める提案を出した。


「条件がある、キング」


「なんでありましょう、エリク様!?」


「オークを一匹たりとも殺すなよ。奴らは俺の魔王軍として戦力になるだけじゃあなく、お前の仲間にもなる連中だ。生死で今後のわだかまりを生みたくないからな」


「心得ております。仲間に加わる者の命は奪いません!」


「よし、それなら同行を許すぞ」


「ありがたき幸せ!!」


 キングの尻尾がパタパタと左右に振られていた。相当に嬉しいようだな。

 それから俺は周囲の外野に声を掛ける。


「おーい、ハートジャックは居るか~?」


 すると外野の輪からハートジャックが静かに俯きながらスススっと姿を現す。


「なんでありましょう~、エリク様~?」


 ハートジャックの尻尾も左右に高速で振られていた。


 俺はハートジャックに命令を指示する。


「ちょっと縦穴鉱山の偵察を頼むわ。オークの人数、兵力、地形、出入口。あらゆる情報を可能な限り探ってきてくれ」


 犬頭を垂らしたままハートジャックが言う。


「三日ほど頂けますか~、エリク様~」


 アンドレアの話だと片道一日だろ。三日で足りるのであろうか?

 敵戦力の偵察だ。そんなに簡単に遂行可能なのだろうか?

 しかし、犬顔を上げたハートジャックの表情は自身に満ちていた。


「三日で縦穴鉱山の隅の隅までどころか、オークどもの趣味から、女の子型フィギュアの好みまで調べ上げてまいりますよ~!」


「好みのフィギュアの趣味までは結構だが、頼もしいな、ハートジャック……」


 この世界にもフィギュアってあるのか?


「では、早速行って参りま~す!!」


 ハートジャックはすぐさまその場を離れて森の中にスキップで入って行く。

 ご指名されたのが、相当嬉しかったのだろう。


 するとキルルが俺に後ろから耳打ちしてきた。


『エリク様、ハートジャックさんのカラーが変わってましたよ』


「また、オーラの色が変わったのか?」


『狩人のカラーから、密偵のカラーに変化してました』


「クラスチェンジするのかよ!」


 俺の鮮血を分け与えられた者って、成長して職業も変わるようだ。

 ならば、今後が頼もしいぞ。もしかしたら最終的にはハートジャックは、くの一とかに成るんじゃねえの。



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