渚とみずはの記憶

みずは

プロローグ

新盆供養に際し、渚への深い尊敬と感謝の気持ちを込めて、この本を捧げる

生前の思い出を整理し、彼女から学んだ勇気と希望を胸に刻み有意義な生を遂げることを誓う

渚との特別な交流が、これからも私の道標となり続けることを願って


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2024年8月1日、午前2時25分。

部屋は静寂に包まれ、外の街灯がぼんやりと窓から漏れ込んでいた。私は一人、深い闇の中で自分と向き合っていた。

「死にたい」

その言葉が、脳裏に執拗に浮かび上がる。渚がいなくなってから、この感情は再び私の心を蝕んでいた。

「みずはちゃん、次はあなたの番だよ。応援してるからね。」

衰弱しきった渚が残した言葉が、今も頭の中でこだまする。その言葉を思い出すたびに、渚が衰弱する中でも私を気にかけていた姿が胸に突き刺さる。


渚は生まれつき性分化疾患を抱え、性染色体異常症に苦しんでいた。医師から最初に告げられた余命は約20歳。しかし、両親の身勝手な判断によって幼少期から繰り返し受けさせられたSRS(性転換手術)の負荷によって、その短い命をさらに縮めることになった。

SRSのたびに余命が短くなる渚。親によって受けさせられた最後のSRSは、女性から男性へと変更するものだった。この手術が行われたのは渚が9歳の時であり、彼女の意向は一切反映されていない。渚が11歳の時、女の子として生きたいということを自覚し親に訴えたものの却下されてしまった。懇願し説得しようとしたが2年間その説得は効かなかった。


13歳の春、もう時間が残されていないと悟った渚は、せめて最期は自分の望む性で過ごしたいと願った。その願いを叶えるために渚の両親を説得しようと、私たちは必死に奮闘した。結果的に、渚は望む姿で最期の3ヶ月弱を過ごすことができた。しかし、その代償は大きかった。昨年10月15日、渚は13歳の若さでこの世を去った。


窓の外に目を向けると、暗闇にうっすらと雲がかかり、塵のように微細な星が見える。闇に溶け込むような感覚を覚えるが、残念ながら私はいまだに生身の人間だ。

「こんななんの進歩のないわたしで、どうやって渚に報いるんだろう…」

自問自答を繰り返す中で、渚が示してくれた道標を思い起こす。彼女が生きる力を与えてくれたその存在が、これからの私にどれほどの影響を及ぼしているのか。


深夜の静寂の中で、決意が固まっていく。まずは、過去と決別するために彼女と私の交流についてまとめよう。「死にたい」という思いを乗り越えるためには、渚のように強く、そして優しく生きることが必要だ。渚が残してくれたものを無駄にせず、彼女の思いに応えられるように、これからの自分を形作っていかなければならない。

それが、渚との約束。そして、私自身への誓いだった。


私、みずはは渚の1歳上。今年の2月8日に14歳になったばかりだ。新盆を迎える前のいま、渚の言葉の重みを感じながら、渚と私の交流を振り返る。


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本書の執筆および公開にあたっては、生前に渚本人から明確な同意を得ていることをここに申し添えます。

なお、本書に登場する個人情報については、関係者全員の承諾を得た上で、必要に応じて変更を加えております。これは、プライバシーの保護と、物語の本質を損なわないことの両立を図るためです。

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渚とみずはの記憶 みずは @yukitani_mizuha

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