第4話 深夜の友情記念撮影

 高校生活、そう問われて思い浮かべるものとはどのようなものだろう。

 冬子にとっては明るくて爽やかなもの、自分のような湿度の高い気配で覆い尽くされた人物からは程遠い者。そんな印象を抱きながら生きていた。

 きっと訪れても同じように何も変わることなくただ現実の中でほんの一握りの人間の目にしか映らない光景を見つめながらそれを忌避し続ける人生。心霊と青春の扱いに差など見られない。どちらの方がよりおぞましいものなのか、想像すらつかなかった。

 中学を卒業して、遂に怖れていたものが目と鼻の先といった距離にまで迫っていた。

 机の上に置かれた写真立てを、くすんだピンクとミントグリーンの草花の彩りによって作り上げられた枠の中に納まる写真を見つめ、透明フィルム越しの光景を指でなぞる。

 滑らかな心地に阻まれた向こうの世界、冬子といとこである茶髪の男女と男の彼女である目の歪んだ黒髪の美人。

 茶髪のいとこの内の柔らかな雰囲気を持った男と黒髪の女の二人は想い出として切り離された向こう側の人物。いとことその彼女はどちらも過去という時間に収められ時間に置いて行かれてしまった。

「二人とも優しいから霊になんかならなかったな」

 それは冬子が中学二年生の夏の話。学校の中でいとこの彼女の死体が見つかった。頭から血を流して倒れていたという報告を受け、しかしながら不思議と苦痛の顔を浮かべていなかったのだという。一方でいとこの方は死体すら残さずに消え去った。

 青春という日々はあまりにも苦く、噂の味わいなどそこには既にない。

 その日以来、ただでさえ苦手だった霊に対する苦手意識は更に増していた。あの二人の死を想えばそれだけ深みに嵌ってしまいそうだった。幸せの日々を抱き締め合っていた二人が残した無念、最期の最後に遺される感情など不幸の形そのものだった事だろう。同じような苦しみや悲しみ、負の後味と寒気を残して世界に留まる人々の存在を好きになろうなど無理、不可能。

 底なしの影に膝まで浸かった感情で新たな人生の扉を開き、未知の景色を既知に変える。将来の為の過程の一つとして簡単に納めるつもりだった。

 新しく身を置く場所のドアを開き、静かな足取りで机の方へと向かい、そのまま存在感を薄めていく。昨日は席の位置の確認や担任の教師からの挨拶程度の用しかなかったそこでこれから長い時間を費やして行く。大きな問題さえ起こさなければいい、そんな考えを携えて静かに生きる。

 まるで幽霊のよう、しかしながら根の方から異なる息づかい。

 気が付けば辺りは妙に騒がしく、明るみが蔓延っていた。しばらく経ってドアの開く音。スーツ姿のたくましい男が入って来た。

「出席とるぞ」

 空席は皆無、それだけを確かめて教師は軽い話を始める。

 それと共に訪れた暗い時間。黒板に文字を書いている女子生徒の姿が目に映る。しかしながら書いている文字がぼやけていて分からない。

 一瞬目を逸らし、再び目を向けたその時には女子生徒の姿は消えていた。

 辟易している存在、いつまでも傍にいる非日常との幾度目かも分からない邂逅に目を細め、頭を下げる。

 そんな姿を見つめ、機嫌の良さそうな笑みを浮かべる男の姿があった。


 一時限目の授業、というよりはテストを終えた途端、ニヤニヤと薄っぺらな笑みを浮かべる男が近付いて来た。

「波佐見、ふゆ」

「とうこ」

 頬に力が入る、目の下の分厚いくまは青白い顔の血色をますます奪い去ってしまう。男はそんな心霊顔負けの顔色の悪い同級生を見つめながら揶揄するような声で笑う。

「冬子さ、幽霊見てただろ」

 彼にも霊感があるのだろうか。そんな疑問は意味を成さない、既に確信を持っていた。

「冬子自身が成り済ませるくらい白いのに」

「うるさい」

 静かな声は秋男の心に届いただろうか。この男と触れ合っていては心霊漬けの青春になってしまう。無念の想いを恐怖の体験と名付けられた娯楽の為の玩具になどしたくはなかった。

「取り敢えず、今夜来いよ、いや」

 訂正が入る。今の言葉では冬子の身を引き留めるには至らないのだと思い知らされた。

「残るぞ」

 そうして抵抗の余地すら与えないように、冬子の中に沈む想いを抑えつけ、無理やり思い通りの関係を手に入れた秋男は薄っぺらな笑みに波立つ輝きを差し込んでいた。

 きっと一人でも実行してしまう事だろう。流石に死者に引き連れられるクラスメイトなど生み出す気にもなれずに共に待つことにした。


 それから事務員に気付かれないようにコソコソと動きつつ時間を潰し、夜の訪れを待っている。

「いいか、この学校で夜に写真を撮ったらな」

 その続きなど聞くまでも無く見えてしまう。心霊現象としてはありきたりなものだった。

「写るんだろう」

「当然」

 それから暗くなるにつれて様々な影や軋む音が目立ち始める。人々の青春の場であるはずの、輝かしい空間であるはずのそこはこのような顔を隠し持っていたのかと思い知らされた。

 それから秋男はカメラを構えて写真を撮る。まさか入学の記念写真の代わりとなるものが心霊写真とは、入学前には想像も付いていなかった。

 それから数日後、白い煙のような手の映り込んだ写真を見せつけて機嫌を良くしていた秋男。その笑顔は無邪気な子供のようであまりにも不気味で仕方がなかった。

 その顔が異変に歪み、助けを訴え始めたのは一年以上後の事だった。

 あの日の写真を見返して冬子は目を見開く。いつの間に現れたのか、写真に白い顔が写り込み、無表情で何かを訴えかけていた。

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