第26話 テレビ

 秋男と春斗は互いに顔を見合わせながら隣り合って座りカフェに於いては特徴的なものを飲みながら話を聞いていた。カフェに呼び出された理由は如何なるものか。そこにいたのは冬子ともうひとり背の高い男。男はやつれた姿で今にも倒れそうで、ウィンナーココアを飲んで余裕の笑みを浮かべる秋男とは正反対の存在に思えて仕方がない。

「そこのは私のいとこ。彼から一つお願いがあるみたいだ」

 いとこは疲れた表情に無理やり明るみを灯すように吊り上げ動かし笑う。

「二人ともよくこんなのと一緒にいてくれるな。これからも仲良くしてやってな」

 指を差されこんなのと呼ばれる冬子の表情は明らかに強張っていたものの、いとこは何一つ気にせずに話を続ける。

「コイツ、カッコいいわけでもないのにカッコつけて中学時代ひとりぼっちだったからさ」

「うるさい。私の事は良いから要件を言え」

 カッコつけていたわけでもなく、ただ愛想が悪かっただけだろう。大して仲が良いわけでもない人にはぶっきらぼうで相手が近寄って来なくなった。打ち解けたら優しいという事など誰も知らないままに。春斗にはそんな過去の物語が見え過ぎて仕方がなかった。

 いとこは己の事情を語る。

「俺はもう親が体調崩したから実家に帰るんだ」

 冬子の話によれば父方のいとこで実家が遠方にあるのだという事。ここに来た理由などきっと地元では通いたい学部のある学校へ入るための点数が足りなかった、成績がそこまで良くなくかついとこという少し身近な人物がいるこの地域を選んだからといったものだろう。いとこは言葉を続ける。

「だからさ、アパートにあるテレビを誰か引き取って欲しいんだ、タダでいいから」

 タダ程に怪しく恐ろしい物などそうそう存在しない、春斗は口を噤んだ。タダ程に嬉しく美味しい物などそうそうありはしない、秋男は言葉を紡いだ。

「よし、俺が貰った」

 即決である。ここまで速やかな流れを見せてもいいものだろうか。何も考えていないように見受けられる秋男の顔を覗き込み、春斗の口からため息が零れ落ちた。



  ☆



 月のエンブレムが縫い付けられ、星くずの飾りを貼り付けた夜の衣装を纏った空、一つの明かりが灯されていた。そこは小さなアパート。秋男はもらったテレビを置いて袖で汗を拭う。

「設置完了」

 状態はどのような物だろう。疑問を解消すべくすぐさまテレビを点ける。

「久々だな、俺はテレビなんか持ってなかったからな」

 カップラーメンにお湯を注いで三分間、画面越しでおどけたポーズを取りながら素っ頓狂な言葉を叫び散らすタレントの姿を見つめながら一人静かに笑う。テレビがあれば時間が過ぎるのが早く感じられる。久々に愉快な孤独を味わうことが出来た。

 麵を啜りながら画面を眺める事二分程の経過。その時、異変は起きた。突然テレビの映像にノイズが走り始めたのだ。色とりどりの線が入り、映像も止まっては数秒送りでぎこちなく進んで人々の姿も歪み始める。声は途切れ、共に流れる雑音で掻き消されて上手く聴き取ることが出来ない。

「もしや壊れてたのか、いや、さっきまでちゃんとついてたし場所の問題か」

 秋男は首を傾げながらもテレビを窓付近へと動かしてみる。しかし、ノイズはますます酷くなり行く一方。もはや視聴の邪魔でしかない。別の部屋の住民の趣味によって混線が起きている可能性なども考慮し、元の場所へと戻していく。

 しかしながら良くなる気配はなく、時間が解決してくれるだろうと諦めを抱きながらカップラーメンを再び啜る。その音に混ぜられるように流れるノイズに生々しい呻き声が織り込まれる。

 聞こえてきた。はっきりと耳にした。

 あまりにも苦しそうな声は聞いている秋男の方まで息苦しくなりそうだった。

「あぁ、なんだってんだ」

 再び麺を啜りながら画面の方を眺めると中から張り付いて覗き込む男がいた。その手の動きは画面の外を目指しているように見えた。睨みつけるような視線は秋男を恨めしそうに見つめる。

 恐怖体験が好きな秋男であっても限度と言うものがあったようで、慌てて逃げ出す。鍵すら掛けずに近くの公園ヘと駆け、電話を掛け始める。



  ☆



 ピンクのカーテンが明かりに色付く。冬子は一人で座っていた。テレビはおろか、音楽すら流すことなくただ一人、過去に手を伸ばして思い出に浸っていた。

 父方のいとこは時期が来れば去って行く。とうの昔に学校を卒業して、それでもこの地域に留まって就職した理由が気になったものの、彼は答えてくれない。

 またしても身近な誰かが去って行く。

 過去は脳裏で蘇る。母方のいとこはいなかったものの、若い叔母と叔父がいる。正確には叔父はかつてそこにいたというだけ。叔父は付き合っていた同級生と共に霊に深く触れる仕事をしていたのだと後で耳にした。霊感は血筋なのだろう。

 ある日の事、叔父の失踪が母を通して伝えられた。優しく接してくれた柔らかな雰囲気を持った叔父と美人の彼女は共にいなくなったのだという。もしかすると悪霊の仕業かも知れない。そんな事を考えていたのは冬子と叔母の二人だけだった。

 冬子は静寂の中に黒々とした色を投じて垂らして。水の中に広がるインクのような様は眺めていてあまりにも息苦しい。

 そんな苦しみに胸を締め付けられている冬子に着信を知らせる携帯電話。さぞ不機嫌な様子で手に取り平静を装った声で話し始める。

「もしもし。なんだ秋男か」

 不機嫌は加速し続ける。能天気な彼の声は慌てた様子を見せるもどこか愉快な情が見えてしまうのだ。

「テレビに霊が憑いてた、麺喰らいながら面食らったってなんだ」

 電話越しの慌てた声、それが語る経緯は纏まりが無く、状況が上手く把握できない。

「もっと詳しく、落ち着け」

 冬子の紹介で手に入れたテレビ、自身の責任でもあるのだと省みる。秋男を一旦落ち着かせてから流れてきた話を聞き終えて冬子は一言だけ残す。

「今から行く」

 残した言葉はただそれだけ。携帯電話を閉じてすぐさま家を飛び出した。

 集合場所の秋男が借りているアパートの一室の前に立っていた姿は二つ。冬子は思わず口を開いていた。

「なんで春斗まで呼んだ」

「そりゃあいつもの仲間だからな」

 呆れつつも冬子は中に入るよう促す。恐る恐る開けられたドア、その向こうに佇むテレビは組まれた予定通りに番組を放映するのみ。しばらく見つめるも何も感じられない。不自然な程に無機質な気配をしていた。

「何もないが」

「出たんだ、マジで」

 それから三人はテレビをつけっぱなしにして話しながら食べながら霊が出るのを待ち続けたものの、画面の中から何かが現れる気配は一切なく、夜はますます深くなりゆく。

 気が付けば時計の針が指す時間が日付の変更を知らせていた。



  ☆



 微かな音が聞こえる。途切れることなく不快な音が立て続けに部屋を満たす。そんな嫌なアラームが届いたのか春斗は目を開いた。いつの間にかみんな寝てしまっていたようだった。テレビは異常な音を立ててそれに混ざる苦しさを擦り引きずっているような呻き声。声は本当にテレビのスピーカーから流れているものだろうか。響く声はテレビ番組の内容とは思えない。

 春斗は二人を起こす。

 秋男が目を開いて上半身だけを起こした。そこにあの男の姿があった。

「う、ひっ、いいや」

 秋男は姿勢を固めたまま手を這わせて下がって行く。

「ああ、おと、こ」

 秋男は再び目にしたその姿から目を離すことが出来ずにいる。

 春斗と冬子にもそれは見えていた。画面の中にいたのは男の霊。呻き声をあげながら苦しそうな表情を見せながら三人に恨めしそうな目を向け、虚ろな動きを見せる唇は何かを訴えていた。

「ダメだ。逃げ、ろ」

 誰が発したものなのかそれすらつかないその言葉を合図に三人は一目散に逃げ出した。



  ☆



 駐車場に留めていた冬子の車の中で夜を明かした。凍える心情、あの体験の恐怖を抱いて眠ることも出来ずに太陽が昇る。いつまでもそうしている事など出来ない。恐怖に激しく揺さぶられる中で覚悟を決めて家に入る。

 何もいない部屋、想像以上の静けさに驚きを覚える。なる前に消した覚えのないテレビは点いてすらいなかった。

 すぐに業者を呼んで処分し、三人でカフェにて時間を潰す。流石に怖い想いは御免だと言った心境で、秋男も今日に限っては心霊とは無縁の時間を過ごしていた。

 秋男は最初に家に送ってもらい、車を降りた。

 流石に疲れ果てていた。重い足取りが身体の限界を告げていた。

 鍵を開けてドアノブを握り、捻る。そして中に入っていきなり目に入った物に対して秋男は叫び声をあげた。あまりの衝撃に落ち着くことなど叶わない。

 そこにあったもの、それは先程処分したはずのテレビだったのだから。

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