①
―――『しょうらいのゆめ』というやつが嫌いだった。
何が“夢”だよ、馬鹿馬鹿しい。大人になる、ってことは、そのまま、自分の平凡さを認めて生きる、ってことだろう。叶わなかった夢を抱えて、敵わなかった現実の中で生きていくことだろう。
それなのに、世の大人達は、しかも大抵、夢を叶えたことのない奴等が、僕達、学生に『しょうらいのゆめ』を訊く。
耳をそばだて、聞きたがる。
僕は昔から思ってるんだよ。「それ聞いて、どうするの?」って。
僕に夢があったところで、何になる?
その夢が叶ったところで、何になる?
まさか、現実に負けた自分の夢を、こっちに託す気じゃないだろうな。
だとしたら、ありえない。信じられない。
既にやっているなら、今すぐやめろ。僕は、僕の人生で手一杯なんだ。
毎日を問題なく過ごすのさえも大変で、この先の高校受験を考えると、頭が痛くなってくる。僕のキャパシティは限界だ。普通に生きていくのだって、結構、大変だってことは、他ならぬ
……それが中学三年生の頃の僕の本音だった。
ぐだぐだと考えている内に五限目の総合の授業は終わった。
机の上には一枚の紙片がある。
今日の宿題。「将来の夢について書いてくること」。提出期限は来週だ。
まったく、馬鹿馬鹿しい。
僕は何度ともなく、心の中で嘆息し、隣に座る友人に問い掛ける。「なあ、『しょうらいのゆめ』だって」「笑えるよね」と。きっと同意してくれるだろうと信じて。
一緒に、「馬鹿らしいよなー」と笑ってくれると思って。
けれど、彼はきょとんとした顔をして、こちらを見るのだ。
『そうか? 俺は好きだけどな、“夢”って』
俺には夢があるから――と。
恥ずかしげもなく、彼は言うのだ。
僕は、なんて言ったんだっけ。
もう覚えていない。思い出せないんだ。
「まだ夢とか見てるの」だっけ?
「じゃあ、お前の夢は?」だったかな?
眠りが覚めていく。
夢が解けていく。
でも、彼の答えだけははっきりと覚えている。
「隠しているわけじゃないから言うけれど、」と前置きして、彼は言うのだ。
『―――俺は、小説家になりたいんだ』
……なあ、中三の僕。
その時、なんて返したんだ?
何を思って、どんな表情を浮かべた?
もう覚えていない。思い出せないんだ。
それでも確かに分かるのは、その時、夢を語った彼が、やけに眩しかったこと。
彼が語る夢には、噓偽りも、妥協も物怖じも、否定も冷笑も、何一つ混じっていなくて。
僕はその光に目を焼かれて―――、
―――今も、何も見えないままでいる。
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