―――『しょうらいのゆめ』というやつが嫌いだった。


 何が“夢”だよ、馬鹿馬鹿しい。大人になる、ってことは、そのまま、自分の平凡さを認めて生きる、ってことだろう。叶わなかった夢を抱えて、敵わなかった現実の中で生きていくことだろう。

 それなのに、世の大人達は、しかも大抵、夢を叶えたことのない奴等が、僕達、学生に『しょうらいのゆめ』を訊く。

 耳をそばだて、聞きたがる。


 僕は昔から思ってるんだよ。「それ聞いて、どうするの?」って。

 僕に夢があったところで、何になる?

 その夢が叶ったところで、何になる?


 まさか、現実に負けた自分の夢を、こっちに託す気じゃないだろうな。

 だとしたら、ありえない。信じられない。

 既にやっているなら、今すぐやめろ。僕は、僕の人生で手一杯なんだ。

 毎日を問題なく過ごすのさえも大変で、この先の高校受験を考えると、頭が痛くなってくる。僕のキャパシティは限界だ。普通に生きていくのだって、結構、大変だってことは、他ならぬ大人あなた達は知っているだろう?


 ……それが中学三年生の頃の僕の本音だった。


 ぐだぐだと考えている内に五限目の総合の授業は終わった。

 机の上には一枚の紙片がある。

 今日の宿題。「将来の夢について書いてくること」。提出期限は来週だ。


 まったく、馬鹿馬鹿しい。

 僕は何度ともなく、心の中で嘆息し、隣に座る友人に問い掛ける。「なあ、『しょうらいのゆめ』だって」「笑えるよね」と。きっと同意してくれるだろうと信じて。

 一緒に、「馬鹿らしいよなー」と笑ってくれると思って。


 けれど、彼はきょとんとした顔をして、こちらを見るのだ。


『そうか? 俺は好きだけどな、“夢”って』


 俺には夢があるから――と。

 恥ずかしげもなく、彼は言うのだ。


 僕は、なんて言ったんだっけ。

 もう覚えていない。思い出せないんだ。

 「まだ夢とか見てるの」だっけ?

 「じゃあ、お前の夢は?」だったかな?


 眠りが覚めていく。

 夢が解けていく。


 でも、彼の答えだけははっきりと覚えている。

 「隠しているわけじゃないから言うけれど、」と前置きして、彼は言うのだ。



『―――俺は、小説家になりたいんだ』



 ……なあ、中三の僕。

 その時、なんて返したんだ?

 何を思って、どんな表情を浮かべた?

 もう覚えていない。思い出せないんだ。


 それでも確かに分かるのは、その時、夢を語った彼が、やけに眩しかったこと。

 彼が語る夢には、噓偽りも、妥協も物怖じも、否定も冷笑も、何一つ混じっていなくて。



 僕はその光に目を焼かれて―――、

 ―――今も、何も見えないままでいる。


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