第9話 《グリム視点》忠誠とは

僕はずっと、"忠誠"という言葉の意味が分からなかった。



『貴族であるこの家の方々はね、私たち使用人なんかよりもずっとずっと価値の高い人たちだからね、私たちは絶対の忠誠を尽くさなくちゃいけないんだよ』



おじいちゃんはずっとそう言っていた。

そうしなきゃ価値の低い僕たちは生きていけないんだ、って。



『おじいちゃん、ちゅうせいをつくすってなに?』


『貴族の方々をね、自分のことよりも大切にすることだよ。私たちは頭を下げて生きて、そして貴族の方々の生活を守っていかなくてはならないんだよ』



説明を受けても忠誠のその意味はよく分からなかった。

自分よりも大切だから頭を下げて生きるわけじゃない。

そうしなければ罰を受けるから、だから頭を下げているのだ。


でもそう言われたから、おじいちゃんが死んでしまってからもずっと忠誠を尽くさなきゃって自分に言い聞かせてきた。

どんなに寂しくて辛い思いをしても、貴族の方々が仰ることなら従わなくちゃいけないって。

そうして、ときおり胸がとても苦しくなるような生活が1年ばかり続いた。



……でもそんな日々に、ある日、変化が訪れた。



彼女は突然、お腹を鳴らせて僕の元へとやってきた。

シャルロットお嬢様だ。

僕がアルフレッド様たちに対する恐怖で立ちすくみ、救えなかったお嬢様。


彼女は僕が贖罪として差し出したぜんぜん美味しくない硬すぎるパンを齧って『美味しい』と微笑み、何気なく僕が使った生活魔術にも食いついてきて、それからずっと僕の側に居てくれる。



『違うわ、グリムくん。そこの文字はそうは読まないの。1つだけだとそれで合ってるけど、この場合は前の文字との組み合わせで読み方が変わるのよ』


『グリムくん、リンゴ1つ食べない? お腹が空いたからキッチンから2つほどかっぱらってきたわ!』


『グリムくん、この本に書いてある生活魔術って使ったことある? ちょっとイメージがつかなくって……教えてくれないかしら?』


『最近寒いわね、グリムくん。毛布を持って来たわ。……え? 私の分? それはまた兄様たちにボロボロにされたって嘘ついて、新しいものを貰ったから大丈夫よ。だから遠慮なく使ってね』


『グリムくん、敷地の壁に穴を見つけたの。ちょっと外に出てみましょうよ。え? 危ない? 大丈夫、ちょっとだけよ。ホントにちょっとだけ』



シャルロット様は価値の高いディルマーニ家の方なのに、僕と同じ目線に立ってくれる。

それに、シャルロット様をご長男たちから助けることのできなかった僕なんかにすごく優しくしてくれる。

僕よりも小さくて壊れそうなほど細い子供の腕をしているのに、僕よりも大人みたいに話す。

でもたまに年相応に子供っぽいところが見え隠れする。



……僕の隣でいっぱい笑ってくれて、話してくれて、この胸を温かくしてくれるのだ。



そして今日もまた、シャルロット様は僕の生活する用具入れに来て、夕刻になるとじんわりとした幸福感を残して帰っていく。

その後ろ姿を見送って、完全にその姿が見えなくなったあとで。



「……怖かった。あの日、僕は怖かった。シャルロット様へと迫る、燃え盛るご長男の火の魔術も、地面を意のままに操るご次男の土の魔術も。いまだって恐ろしい。でも、いまはそんな恐ろしいものがシャルロット様に向けられる方がよっぽど怖い。イヤだ。そうなるくらいなら僕が受ける。その魔術をぜんぶこの身に受けてやりたい」



吐き出したこの胸の熱は、たぶん真っ赤なこの空の夕日よりもよっぽど熱いに違いなかった。

 

もう見て見ぬふりなんてしない。

たとえ相手が誰だとしても、どんな時どんな場所でも、今度こそ絶対に僕がシャルロット様を守って……。



「……あっ」



ふいに胸のつっかかりが取れた感覚に、思わず声が出てしまう。

シャルロット様と過ごして約1年、この時初めて僕は忠誠の意味を知ったのだ。

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