形代の君と開かずの恋に堕つ
氷雨ユータ
Parts1 無感
親愛なる君はヒトモドキ
闇を織ったような綺麗な黒髪をシンプルに束ねた、孤島の黒百合とも呼ばれる穏やかな少女の名前だ。
何事も涼しい顔で行ってしまう彼女を、クラスの誰もが羨んだ。運動は決して得意ではないのに、持久走のような体力が求められる協議になると途端に強くなる。走り方がどれだけ遅くても滅茶苦茶でも、ただの一人も彼女の息が切れた所を見た事がない。汗を掻いた所も、トイレに行った所さえも。
特にその辺りで悩まされる女性は彼女に殺到するも、決してコツは聞けないらしい。また、どれだけ食べても太らない身体も羨ましがられているがこれも曖昧な返事しか返ってこないという。自分からはコミュニケーションを最低限にする彼女がこれほどまでに人気なのは、なんと言っても面倒見の良さだろう。
誰かが困っていたら声をかけるまでもなく人知れず問題を解決させてしまう。不愛想は数少ない欠点と言いたいが、ここまで世話焼きな事がバレていると愛嬌の一つにも見えてくる。男子で彼女の事が好きな人が居るなら、その殆どは彼女に何度も助けられているからだと断言してもいい。
分け隔てなく問題があれば助けるのに、それをまるで自分が特別だからだと勘違いしている人が彼女を好くのだ。
『天宮君、ノートをとり忘れたの? 私のノートを貸してあげる。汚すのはNGね』
『バイトで人が足りない? そう、じゃあ私が入ってあげる。暇だから気にしないで』
『購買競争に勝てなかったんだ。へえ、じゃあ私のパンをあげる。お弁当あるから遠慮とかいいよ』
念願の一人暮らし。本土からずっと遠くの島に行かされたのは謎だが、その夢は想像以上に過酷な生活を強いてきた。学業とバイトの両立は並大抵の努力では埋まらない。俺が今も高校生としてまともに生活出来ているのは、この島に住む数少ない大人の手助けと―――芽々子も含めたクラスメイトのお陰と言っていい。
「いつも助けてあげたんだから、たまには私を助けてよ」
今はとても、心から嫌いになれそうだ。
あらゆる疑問は全てこの一言に解決が収束する。
彼女は球体関節人形だった。
だから排泄も息切れも発汗もしない。体型変化なんて以ての外。よくよく考えれば、呼吸すらしていない。隣にこんな怪物が居たのに、俺達は誰もその事に気づかなかった。
ああ、どうしてこんな事になったんだっけ。
一体どんな恨みを買えば、親切なクラスメイトだった女の子が俺の両手足を切り落とすのだろうか。
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