魔女 リュミエール

第2話 紅蓮の瞳

 魔女の村がなくなった。

 それから数十年、私はずっと一人。

 魔女にとって大事な魔石が埋め込まれている大きな木の上で、青空の下過ごす。


「はぁ……」


 風が吹き、私を囲う緑が、カサカサと音を奏でた。

 そんな自然が奏でる音楽の耳にしても、気分は上がらない。


 まだ、頭の中に刻まれている。私が住んでいた村が焼かれる光景が、私を縛り、身動きを封じ込める。


 目の前に広がる青空、緑。奥の方に目を移すと、大きな城が立てられている国がある。

 確か、私が今いる森、ツエバルから見える国の名前は、ツェダリア国と言ったはず。


 あそこは私が元居た村、魔女の村を亡ぼした国。

 時代が変わり、今の王は平和主義者と聞いている。


 今は平和主義で、争いごとを好まないと言っても、罪は消えない。

 私は、絶対に許さない。


 でも、許さないからと言って、何か出来る訳でもない。


 一度、私の仲間達の敵を討つため、人間の国を滅ぼそうと考えた時もあった。

 今の私の魔法なら、人間なんて簡単に亡ぼせる。


 私は、魔女の中でも強い。誰にも、負けない。


 でも、出来なかった。

 目の前に人間が現れ、魔法を放とうとしても、足がすくんで魔力に集中できず、結局取り逃す。


 実に哀れで、情けない。

 だから、今は人間の目に入らないこの森、魔女が生きるために必要な魔石が組み込まれている木の上でずっと過ごしている。


「はぁ……。暇だなぁ~」


 色々考えて、様々なものを見ようとしても、暇なものは暇。

 人間とは違い、魔女は生きる時間が長い。


 数年、数十年。長い人だと数百年と。

 人間では測りきれないほど、生を保ち続ける。


 私も、早くみんなの所に行きたいのに、自殺はできない。

 仲間の、止める声が聞こえる。せっかく、命を懸けて私を助けてくれたお母さんとお父さんの気持ちを無駄にしたくない。


「無駄にしたくないけど、私が生きている意味って、何だろう……」


 ずっと同じ場所に留まり続けている私の価値は一体……。

 気分が上がらず、手に持っていた親の形見である木製の杖を握る。


「何のために、生きているの――……」


 生きている意味なんて、私にはない。

 価値なんて、ない。何も、ないのに――……


 ――――――――グワァァァァァァアアア!!!!


「っ、今の声、魔獣だ」


 ツエバルには、魔石が組み込まれている木がある。私が座っている木には、強い魔力が込められている魔石が埋め込まれていた。

 だから、魔力を四方に放ってしまう。


 普段は結界を張っているから、人や獣の目に映らない。

 けど、魔獣は別。

 目に映らなくても、魔力を感知してやってきてしまう。


 この木がなくなれば、魔女である私は生きていくことが出来なくなる。

 これは、いわば生命線。


 生きる価値がない私だけれど、死ぬことが許されないのなら、生きるしかないんだ。


「どこだ…………」


 目を瞑り、周りの気配を感じる。

 ――――西の方角だ。


 木の上を飛び、魔力を探知しながら魔獣へと走る。

 身体能力はそこまで低くはない。風を切り、野生の獣達より早く走る。


「――――見つけた」


 狼のような魔獣、額に魔石が込められている。

 あれを壊さない限り、あの魔獣は動き続ける。


「取った――――えっ」


 魔獣の上を取り、魔法を放とうと杖を抱えた。

 その時、見えてしまった。


 魔獣の目の前に、人間がいる光景が。


「――――っ」


 手元が、微かに躊躇してしまった。魔法を放つのを、ためらってしまった。


 それは。人間がいたからではない。

 人間の、赤く燃え上がる紅蓮の瞳に魅了されてしまったから。


「――――魔獣よ、俺は転生してチート級の能力を手に入れた騎士。この力を使うのは、正直快感だ。だから、俺の娯楽に付き合ってもらうぞ」


 低く、冷たい声。でも、どこか楽しそうで、ワクワクしている。

 輝かしい紅蓮の瞳は、目の前に立つ魔獣へと向けられた。


 腰に差されている剣を掴み、引き抜くのと同時に燃える炎が功を描き、魔獣へと放たれる。


 ――――ドカン!


 ちょっ、勢いつよ!!

 もろに喰らったけど、魔獣はまだ立ち続けるみたい。


 煙が晴れると、もう人間の姿はない。

 どこに行ったのか探すと、突然魔獣の身体に赤い線が出来る。


「何が起きているの……」


 疑問が口から出ると、それに答えるように魔獣の体が切れ目から溢れる炎により燃やされる。

 悲痛の叫びと共に燃やされ続ける魔獣から離れ、人間は剣を腰へと戻した。


 銀色の髪を揺らし、紅蓮のように燃える瞳を魔獣へと向けた。


「――――おや」


「あっ」


 魔獣の上を取ってからというもの、怒涛の戦闘でその場から動けなかった。


「空を飛ぶ、女性……?」


 しまった、私が魔女だということがばれる!


 すぐにその場から逃げようと体を回転させ、一目散に来た道に戻る。

 後ろから「待って!!」と声が聞こえるけど、待てるわけがない。


 また、殺される。

 魔女だとわかれば、人間は確実に殺しに来る。


 私は、哀れな魔女。殺されそうになっても、殺すことが出来ない。

 だから、逃げるしかない。


 それなのに、それなのに!!!!


「なんで追いかけて来るんですかぁぁぁああ!!!」


 何故か、私の飛ぶスピードと同じくらいで人間が追いかけてくるぅぅぅうううう!!!!

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