時使いの聖女。最強騎士に求愛される。

川島由嗣

時使いの聖女。最強騎士に求愛される。

「キース・マクガイン殿!!貴方に決闘を申し込みます!!」

「・・・・・・今。なんと?」

 ここは帝国騎士団の訓練場。たくさんの騎士達が訓練をしている。その中で私は明らかに浮いていた。ロングの金髪でスカートを履いている。戦いを挑むというような恰好ではないのだ。筋肉も一般女性程度にしかついていない。そんな女性が決闘を申し込んでいるのだ。注目を浴びるのは当然の事だった。


「聞こえませんでしたか?貴方に決闘を申し込むと言っているのです。」

「なるほど・・・。私の空耳ではないようだ。」

 マクガイン殿は額に指をあてる。また変なのが来たとでも思われているのかもしれない。


「ちなみに、私がなんと呼ばれているのかご存じだろうか。」

「ええ。帝国最強の騎士。剣だけでなく、魔法も特級魔法使いレベル。帝国の最終兵器と呼ばれていますわね。」

「・・・・それを知ったうえで私に挑むと?」

 私は彼の問いに頷く。それを見て周りがどよめいた。当然だ。最強と知ったうえで勝負を挑むなど正気の沙汰ではない。頭がおかしくなったか、興味をもってもらために必死なのかのどちらかだと思われるのだろう。


「受けるかどうかは置いておくとして・・・。勝負を挑む理由をお聞きしても?」

「理由は2つ。1つ目が主な理由なのですが、帝国騎士団が腑抜けているからですわ。」

「腑抜けている?」

「ええ。先日騎士団の方々が話しているのをお聞きしました。マクガイン様がいるから自分達はいらないと。結界も貴方が張っているから魔物に襲われる心配もない。他国から攻められることもない。在籍するだけで、金がもらえるなんて楽な仕事だと。」

 帝国には結界が張り巡らされている。マクガイン様が張ったものであり、魔物などをはじく結界だ。これがあるおかげで魔物が帝国に来ることはない。マクガイン様が騎士団の隊長になって5年近く経つが、他国に攻められたこともない。腑抜けるなと言っても難しいのかもしれないが、一人に頼り切って油断している騎士団に我慢ならなかった。


「ほう・・・・。それはいいことを聞いた。最近騎士団の空気が緩んでいるのは感じてはいたが・・。もう少し実戦を取り入れるなどして鍛え直さなければいけないようだな。」

 マクガイン殿が周りの騎士団達を睨む。彼が睨んだだけで周りは震えあがった。これから訓練のレベルが跳ね上がるのを理解したからだろう。恨みがましい目でこちらを見るものもいる。だが私からすると自業自得としか言えない。


「別に騎士団に限った話ではないですわ。帝国にいる者達、恐らく重鎮達も同じように思っているでしょう。マクガイン様がいるから帝国は安心だと。ご自身もどこかそう思っていらっしゃるのでは?最悪自分が出れば何とかなると。」

「それは・・・。」

 マクガイン様が言葉に詰まる。彼は一人で国を亡ぼせる力をもつと言われている。それゆえに彼自身も自分を律している。他国を攻める事を命じられた場合、帝国を捨て他国に移ると宣言している程だ。そのため最強の戦力を持っている帝国は他国を決して攻めない。他国も表面上は友好国を宣言しており、攻めてこようとはしない。


「別にマクガイン殿が最強という名に胡坐をかいていないことも知っています。日々の訓練だけではなく、ご自身の訓練・新魔法の開発をされているのは知っています。」

「・・・・何故それを。」

「まあそれは置いておくとして。大事なのは国防を一人に頼っているこの現状です。マクガイン様も人間です。病気になることもありますし、命を狙われていることもあるでしょう。この状況はとても危険なのです。」

「確かにその通りだが・・・。だがなぜそれで貴方が決闘を挑むことになる。」

「簡単です。私であれば貴方に確実に勝てるからです。」

「!!」

 マクガイン殿が驚きで目を開く。周りも一瞬固まったが、再びざわめきだした。


「それを証明するために今決闘を挑みました。貴方は決して最強ではない。ただの人だということを皆に示すために。」

「ほう・・・・。」

 マクガイン殿の気配が変わる。闘気とでもいうのだろうか。どちらにしろ戦う気になってくれたようだ。嬉しくなってしまい笑顔になる。


「その様子では受けていただけるようですね。」

「ああ。最初は虚言であることも考えたが、そこまで自信満々に言うということは、どうやら違うようだ。ただし、私が貴方を傷づけるわけにはいかない。木剣かつ寸止めでよいか。」

「構いません。どうせ一合も打ち合うことはありませんから。」

「・・・・・。わかった。」

 私の言葉に何か言いたげだったが、不要な言葉は発さず騎士達を下がらせた。そして騎士の一人に木剣を2本用意させた。私もその1本を受け取る。


「その格好で戦うのか。」

「心配無用です。色仕掛をするつもりはありませんし、仕込みもありません。魔法を事前準備していないのもお判りでしょう?」

「・・・・確かに。魔法を仕込んでいる様子はなさそうだ。」

 魔法は発動するために必ず魔力を練るという工程が存在する。この世界ではどんな魔法であろうと、魔法の規模に合わせた量の魔力を練らなければ発動できない。その時間を極限まで短くすることは出来るが、決して0にはできない。そのため、事前に魔力を練っておき、開始と同時に発動するというやり方も存在する。


「後から言われても困りますからね。不正はなく同じ条件で正面から戦いましょう。ただしルールは魔法も剣も何でもあり。相手を動けない状態にするか、参ったと言わせたら勝ちとさせてください。」

「承知した。ただ武器は今渡している木剣のみと限定させていただく。」

「構いません。どなたか審判をお願いしてもよろしいですか。」

 私はマクガイン殿から距離をとりつつ審判を探す。すると、一人の騎士が立候補してくれた。


「私が勤めます。」

「助かります。よろしくお願いしますね。」


 審判の方を挟んで私はマクガイン様と向かい合った。彼に向けて木剣を向ける。

「そういえば名乗っていませんでした。私はシンシア・アーデル。名前は覚えなくて構いません。貴方を最強でないと証明するものです。」

「キース・マクガインだ。お手並み拝見させていただく。」

 マクガイン様に勝負に乗ってもらえるかが一番の問題だったが、うまくいった。後は勝つだけだ。審判の騎士が我々の状態を確認する。そして開始の合図をするために片手を上にあげた。両者に緊張が走る。


「始め!!」

 審判の騎士が言葉と同時に手を振り下ろした。




 次の瞬間、私は床に仰向けに倒れているマクガイン殿の喉元に木剣を突き付けていた。



「!!」

「はい。私の勝ちですね。」

 マクガイン様が目を見開いている。周りの人達も固まっていた。皆が何が起きたのか理解できないのだろう。


「いったい何を・・・。」

「そんなことはともかく。続けますか?」

「いや・・・・。参った。私の負けだ。」

 その言葉に私は木剣を引いた。よかった。これでまだ続けると言われたら面倒だった。木剣を近くにいる騎士に渡し、帰ろうと訓練場の入り口に向かう。あっさりと私が帰ろうとしているのを見てマクガイン様が慌てる。


「ちょ!!ちょっと待ってくれ!!」

「何か?何度やろうとも結果は変わりませんよ?」

「・・・・君は魔法使いなのか?」

「いいえ。魔法は使えません。ただの一般人ですよ。」

「いや、一般人のはずがない。私を含めて誰一人貴方の動きを知覚できなかった。一般人にあの動きができるはずがない。」

 まあ確かにずるはしたが魔法は使っていない。話した通り私は魔法を使うことができないのだ。だが何でもありの勝負を受け入れた時点で彼の敗北は決まっていた。


「世界は剣と魔法だけではないという事です。自身の常識が世界の全てだと思っていると足元を掬われます。それだけは覚えておいてください。」

「それは・・・。」

 動揺するマクガイン様に私は優しく微笑む。どうか願いが届いてほしいと願って。


「これは通りすがりの女のささやかな願いです。どうか背負い込みすぎないで。貴方は一人で重荷を背負いすぎなのです。貴方を慕い、負荷を減らそうと思ってくれている方が必ずいます。それを決して忘れないでください。そんな人達と協力すれば、貴方一人が全てを背負い込むという現状を変えられるはずですから。」

「!!」

 マクガイン様の手から木剣が落ちる。私は彼に向かってもう一度笑顔を向けて訓練場を後にした。




 そして、家に帰宅した私は、お父様の前で正座させられていた。

「シンシア・・・。私がなぜ怒っているかわかるね。」

「お父様・・・。何の事だか」

「わかっているだろう!!【神力】を使ったね!!しかも大勢の前で!!」

 お父様の雷が落ちる。まさかばれているとは思わなかった。私に気づかれないように護衛をつけていたのだろう。


「申し訳ありません。ですが、我慢できなかったのです。」

「・・・だからと言ってもう少しやりようがあるだろうに。一人の時に挑むとか。」

「いいえ。それでは意味がありません。皆にマクガイン様は最強ではないと理解させることが重要です。そうしなければあの方は一人で背負い続けます。」

 マクガイン様は責任感が強い。そしてできる限り全てを救おうとする。今はいいかもしれない。だがいつかその重みに潰される時がくる。


「だが、これから大騒ぎになるぞ。ご丁寧に名乗ったからな。マクガイン殿を破ったというだけで大事件だ。注目の的だろうし、縁談も山のようにくるだろう。」

「ええ。それは早計だったと思います。ただ・・・私の事を覚えてほしかったという思いもあったんです。私だって恋する女ですよ。」

 確かに名乗る必要はなかった。だがこれはマクガイン様の方の記憶に少しでも残ってほしいという私の我儘だ。何のことはない。私も彼に恋する女性の一人だっただけの話だ。お父様はそれを聞いて深いため息をついた。


「・・・もう起こしてしまったことはしょうがない。後は私の方で対処する。お前は当分の間、外出せずに部屋にいなさい。」

「承知しました。ありがとうございます。」

「くれぐれもこれ以上人前で【神力】は使わないようにね。」

「善処いたします。」

 また雷がおちる前に、私は急いでお父様の部屋から下がって自分の部屋に戻る。そして習慣のお祈りを開始した。


 私は魔法を使えない。だが神から与えられた力、【神力】を使うことができる。それがわかったのは私が赤子の頃洗礼を受けた時だった。町はずれの小さな教会で洗礼を受けた私に対し、神父が両親に伝えたのだ。


「彼女は神に愛されし時使いの聖女。神を信じ、崇め続けなさい。さすればこの子は聖女として時を操る力を与えられるだろう。」

 両親はこの言葉に半信半疑だったが、言われた通り毎日神に祈り続けた。すると私は6歳の時に時を操る力を与えられた。


 その力の一つとして、私は最大30秒間、時を止めることができる。一度時を止めると、止めた時間の5分の1の間、時は止められない。しかしその時間が過ぎればまた止めることができる。

時を止めた時点で生物は全てが固体として固定される。そのため服を脱がしたり、傷をつけたりなどは出来ない。ただし時を止めている間、私が触れたものは重さがなくなるため、触れた相手の位置を自由に動かすことができる。決闘の時にマクガイン様が仰向けに倒れていたのはそういう理屈だ。

 この【神力】の恐ろしいところは、待ち時間を除けば代償がほとんどないことだ。連発すれば疲れるが、寿命を削る、動けなくなる等は一切ない。神への祈りの中、神託という形で色々教えてもらった。

その気になれば王族仕えも可能だろうし、うまく使えば世界の覇者になることも可能かもしれない。だが、私そんなことは望まない。神への感謝を忘れず、家族と幸せに過ごせればそれでいい。


 両親も力に溺れることなく、私の事を心から愛してくれた。【神力】も極力使わないように言い聞かせられていた。マクガイン様にも本当は手を出すつもりはなかった。ただあの方がどんどん背負い込んで、ボロボロになっていくのが見ていられなかったのだ。




「それにしても大変なことになったわね。」

 マクガイン様に決闘を挑んでから一週間後。私は親友のエリーと自宅でお茶をしていた。家族以外の誰かとゆっくりお茶をするのは久しぶりだ。

 彼女は私の【神力】については何も知らない。こんな事態になっても何も聞こうとはしてこない。そんな彼女だから私も気軽に会うことができる。


「そうなの?私は家にいたから知らなかったわ。」

「そうなのって・・・。当事者なのに・・・。」

「私にできることは終わったもの。時がたてば噂も収まるでしょう。それまでのんびりするわ。」

 確かにあれからお見合いは山のようにきたし、色々なお茶会にも誘われたが、全て断った。私を紹介してもらおうと、お父様にもたくさんの人が近寄ったが、お父様が「娘との結婚を認める相手は、娘に真剣勝負で勝った人間だ!!」と宣言してくださったらしい。それからお見合いの手紙は来なくなった。まあマクガイン様に勝ったと言われる人間に勝とうと考えるのは命知らずだ。お茶会の誘いは変わらず届いているが、いずれ飽きるだろう。そんな風に思っていたら、エリーが呆れた表情でこちらを見ていた。


「・・・・多分風化することはないと思うわよ。」

「どうして?」

「だって今回の事を受けてマクガイン殿、隊長を辞するらしいわよ。」

「ええ!?」

 思わず立ち上がる。慌てる私を見て、エリーはため息をついた。


「もう少し情報は仕入れなさい。本来は軍を辞めると言ったらしいけどね。さすがに国の重役全員が止めたらしいわ。隊長職を一旦退いて別の役職を与えるということで落ち着いたらしいわ。」

「そう・・・。なら負担は減るだけかしら。それならまあいいかな・・・。」

「・・・・隊長じゃなくなるだけでも大事件だけどね。」

「それはそうかもしれないけど・・。あの方の負担を減らすのが目的だったし。」

 国の国防を一人で担っている今の状況が異常なのだ。これがきっかけで国の在り方が変わってくれると嬉しい。


「貴方は本当にマクガイン殿が大好きね。よくもまあそこまで出来るわね。」

「まあね・・・。叶わないのはわかっているけど初恋だし・・・・。」

 顔を赤くしつつお茶を飲む。そうしているとノックが聞こえ、メイドが部屋に入ってきた。


「ご歓談中失礼いたします。お嬢様・・・。お客様がいらしておりまして・・・。」

「?今日来客の予定ってエリー以外なかったと思うけど・・・。」

「はい・・・。先触れもせずに訪れたことの非礼を詫びておりました。ただ可能であればお会いしたいとのことでして・・・。」

「そう・・・・。ちなみにどなた?エリーに聞かせていいわよ。」

「・・・・マクガイン殿です。」

「!!」

 その名を聞いて持っていたお茶を落としそうになった。聞き間違いかと思いメイドを二度見してしまう。だが青ざめているメイドの様子を見て、聞き間違いではないことがわかった。リベンジだろうか・・・。思わずエリーを見る。すると彼女は私に向けて手をひらひらと降った。


「私のことはお気遣いなく。適当にお茶飲んで帰るから。会ってきなさい。」

「・・・ごめんね。エリー。ありがとう。今度何か御馳走するわ。」

「それなら新しくできたケーキ屋さんのケーキが食べたいわね。今日の事を土産話にでもしてちょうだい。」

 エリーの言葉に頷き立ち上がる。他のメイドに彼女を丁重にもてなすようにお願いして、私は部屋を出た。


「マクガイン様にお会いするわ。あの方は客間に?」

「はい。お待ちしております。」

 駆け足で客間の前に辿り着く。深呼吸をして、髪や服装を手早く確認して扉をノックする。「はい。」という声が聞こえたので扉を開けた。客間には本当にマクガイン様がいらした。あの時とは違い、訓練着ではなく騎士団の服を着ていた。かっこよくて思わず見とれてしまう。


「マクガイン様・・・・。」

「先触れも出さずに、突然お邪魔した非礼をお詫びする。居ても立っても居らず・・・。」

「はっ!!いえ。それは構わないのですが、何かありましたか?」

 よく見るとマクガイン様の顔に汗が浮き出ている。相当焦っていたのだろう。ハンカチを取り出し、彼に差し出す。


「これをどうぞ。」

「いや、大丈夫だ。気を使わせてすまない。」

 彼は二、三言呟いた、すると彼の周りに冷たい風が流れて、汗がすぐに消えてしまった。魔法は便利だなあと感心する。


「すごいですね・・・。」

「いや。本来はお会いする前にしておくべきだった。申し訳ない。思った以上に焦っていたようだ。」

「とりあえずお座りください。落ち着いたところでお話をお聞きしますので。」

 とりあえず椅子に座ってもらう。彼が座ったのを確認し、私も彼の真正面に座る。さすがに二人きりになるのはまずいので、部屋の入り口は開けておき、メイドに立っていてもらった。


「それでどうされました?そんなに慌てて。」

「いや・・。お恥ずかしい話なのだが・・・。貴方が求婚されたと聞いて・・。いてもたってもいられず・・・・」

「?ああ。確かに何名かいらっしゃいましたね。」

 あれを求婚といってもいいのだろうか。マクガイン様との勝負から数日後、家に先触れもなく来たかと思えば、妻にしてやると言いはなった男達が何人かいた。高圧的な態度でこちらの意見は聞こうともしなかった。何故か拒否されるという考えはないようだった。


「そ、それで。アーデル嬢は承諾されたのか?」

「いいえ。叩き帰しましたが。」

 そういう相手には笑顔で「マクガイン様との件と、私のお父様が宣言してくださった件はご存じですよね?それであれば私に勝つ意気込みという事で。手加減は出来ませんので、まずは死んでも構わないという誓約書を書いていただいてもよいでしょうか。」と笑顔で迫れば皆逃げ帰った。


「そ・・・そうか。それはよかった。」

「??」

 マクガイン様が安堵したようにため息をついた。マクガイン様に何か関係のあるようなことだろうか。


「それが・・・だな。大変いいづらいのだが・・・・。実は頼みがあって。」

「それは・・・・私に何かしてほしいのでしょうか?」

 マクガイン様の言葉に力が抜けた。結局彼も私の【神力】を目当てに来たのだろうと思ったのだ。だが彼は慌てたように手を振った。


「それは違う!!断じてアーデル嬢に何かやってほしいというわけではない。」

「では・・・いったい何故?」

「実は・・・初めてだったのだ。私を思い実際に行動してくれた異性というのは・・。」

「?」

 マクガイン様が唐突に何を言い出したのか理解できず、首をかしげた。彼は言いづらそうに指を動かしていたが、やがて決心したように喋り始めた。


「・・・知っての通り私は最強と呼ばれていた。だから求婚される数も少なくはない。」

「まあそうでしょうね。」

 マクガイン殿は顔も整っており、細身でありながら筋肉もついている。惚れる女性は多いだろう。私が知る限り、興味を持っていないのはエリーくらいだ。彼女によると「一緒にいると疲れそうだから無理。」と笑って言っていた。


「だが、私にアプローチをする女性のほとんどは私を見ていない。私はアクセサリー扱いなのだ。最強騎士の近くなら自分は安心。贅沢できそう。射止めた私は素敵。そんな思いが透けて見えてしまってな。」

「ああ・・・。」

「もちろん素直に私を慕ってくれている人もいるだろう。だが、正直疑心暗鬼になってしまってな。裏ばかり見てしまうのだ。」

「仕方ないことだと思います。」

 マクガイン様ももう結婚適齢期のはずだ。国王からも結婚して身を固めるよう言われているのだろう。だが、一度他人の裏ばかり意識してしまうと、うかつに信じることができないだろう。


「だから・・・な。初めてだったのだ。私を案じ、実際に私のために行動してくれた女性は。やり方はとんでもなかったが。」

「そんな大げさな・・・・。」

「いや、決して過言ではない。実はな。アーデル嬢が帰られた後、あの場で意識を失って倒れてしまったのだ。」

「!!大丈夫ですか!?」

 私は思わず大きな声をあげてしまった。慌てて口を抑える。あの時は思いが溢れ出てしまっていたので、あの場に残ると想いを全て喋ってしまいそうだった。そのため出来る限り振り返らないように足早に帰った。だからマクガイン様が倒れたのは気がつかなかった。


「ああ。医者によるとただの過労らしい。副隊長に説教されてしまってな。彼女の言うとおりだ。もっと自分達を頼れと・・・。」

「素敵な副隊長様ですね。」

「自慢の部下だ。・・・・いや、もう部下ではないか。」

「そういえば隊長を辞退されたとか。」

「ああ。もう噂になっているか。本当は騎士団を辞職しようと思ったがな。国王含め全員から泣いて縋られてしまってな。」

「それはそうでしょう。」

 帝国は彼一人に頼り切りの国だったのだ。もし他国に渡られでもしたら、一日でこの国は終わるだろう。一人でパワーバランスを保っているというのもおかしな話だが、それほどの人物なのだ。しかも、それに胡坐をかくこともなく研鑽を続けているのだ。


「まあ結局名誉職みたいなものを強引に与えられてな。少し休んで、回復したら兵に戻ってきてほしいと縋られて渋々頷いた。」

「そうですか・・。ですがどうして急に?騎士団に不満があったわけではないでしょうに。」

「ああ。不満はない。ただそれよりもやりたいことができたんだ。」

「やりたいこと?」

 気がつくとマクガイン殿がじっとこちらを見ている。え、何。やりたいことってまさか私?私彼に命を狙われるの?


「実は・・・・な。ここ最近、寝ても起きてもアーデル嬢の事ばかり考えてしまうのだ。帰る前に見た笑顔が強烈に瞼に焼き付いて忘れられなくてな。」

「え・・。私そんな変な顔をしていましたか?」

 あんまり変な顔はしていなかったと思うのだが・・。思わず自分の両頬を掴んで揉んでみる。そんな私の様子を見て、彼は楽しそうに微笑んでいた。


「いいや。恥ずかしい話だが、あの笑顔で私は恋におちてしまったようでな。」

「はぃい!?正気ですか!?」

 再び変な声がでてしまう。だがこれはしょうがない。あの天下のマクガイン様が!!私なんかに!!恋におちるなんてことはないはずだ。


「正気だ。ここで最初の頼みに戻るのだが。まだアーデル嬢が求婚を受けていないのであれば、私もアーデル嬢に求婚するチャンスが欲しい。」

「ええ!?・・・・それはつまりは私に勝つということですか?」

「いや。貴方の父君であるアーデル殿はこうおっしゃっていた。娘に勝てる人物か、娘が心から好きになった人物とのみ結婚を認めると。」

「!!」

 後半の部分は初耳だった。お父様。わざと私に言わなかったな・・・・!!お父様が笑っている姿が目に浮かぶ。


「それに、私も力で勝つのは嫌なのだ。贅沢な話なのだが、私は貴方の心が欲しい。」

「マクガイン様・・・。」

 よく見るとマクガイン様の顔は真っ赤になっていた。つられて私の顔も赤くなってしまう。ど、どうしよう。ここまで正面切った愛の告白は初めてなので対応できない。


「今すぐ答えが欲しいとは言わない。ただ少しでもチャンスが欲しい。これから私の事をもっと知ってもらいたいし、私もアーデル嬢の事をもっと知りたい。・・・いかがだろうか。」

「ええ・・・と、はい?よろしくお願いします?」

「本当か!!」

 嬉しそうにこちらを見るマクガイン様を見ながら、私は壊れた機械のようにただ頷くしかできなかった。



「助けてエリー!!」

 マクガイン様の訪問があってから一カ月。私はエリーに助けを求めるため、彼女の家を訪れていた。この前話をしたケーキを手土産にして。

 あれからマクガイン様は毎日私の元へ訪れていた。任務がある時でも必ず顔を見せてくださる。休みの日は必ずデートに誘ってくれた。劇場だったり、美術館だったり。彼と歩くだけで注目を浴びてしまうので、基本は馬車での移動だ。建物内でも声をかけようとする人に対して、プライベートを優先させたいとすべて断っていた。

「もうすごい紳士なの!!騎士団だと思えないぐらい気が利くし、エスコートも完璧だし。」

「本当に困っているのか惚気たいのかどっちよ。」

「嬉しいけど困っているの!!」

 私の言葉にエリーがため息をつく。だがこんな事エリーにしか相談できない。なにせもう皆がお祭りモードなのだ。周りだけならまだしも、王族からも結婚が決まったら国で祝うので教えてくれと手紙が来たらしい。着実に外堀が埋められている。


「まあ私としてはさっさと結婚しろと言いたいけどね。あの人に目をつけられたら逃げるのは無理よ。知っている?彼は貴方と会った後、全部の王族・貴族に手紙を出したのよ。貴方に手を出した人間を徹底的に潰すという内容の手紙をね。」

「ええ!?」

 初耳だ。どおりで最近お父様がよく胃薬を飲んでいると思った。お父様に取り入ろうという人間が増えているのだろう。最近私宛の手紙も見せてもらえなくなった。私に取り入ろうという人の手紙がほとんどなのだろう。デート中も、私を排除するというよりも応援している人の方が多い気がする。


「それでも納得しないバカはいるものよね。二週間前くらいだっけ?貴方に文句を付けて殴りかってきた貴族がいたじゃない?」

「ああ。いたわね。そんな人。」

 言われて思い出す。名前も忘れてしまったが、二週間前、私の前にいきなり現れたと思ったら、暴言を吐きつつ殴りかかってきたのだ。滅多なことがない限り人前で【神力】を使うつもりはなかったので、おとなしく殴られようと身構えたのが、すぐにマクガイン様の護衛が現れ、制圧してくださった。


「あの家の結末って知っている?」

「結末って・・・。別に消えたわけじゃないでしょ。」

「・・・文字通り消えたわよ。貴方に危害を加えようとした日の夜に、その貴族の家に雷が落ちて家は半壊。雷が落ちたのに発火等の2次被害はなかったそうよ。そして噂が噂を呼んで一家は離散。どこかで死体が発見されたとかなんとか。」

「それは・・・怖い・・・わね。」

「それに加えてあれ。」

 彼女は上をさす。見上げてみるが。何もない綺麗な空だ。・・・・何もない!?


「け、け、結界がない・・・・!!」

「言われるまで気づかないのもどうかと思うわよ。」

「自分の事で精一杯なの!!」

 エリーが呆れ顔でこちらを見ている。ただ気づかないのは当たり前だ。ただでさえマクガイン様の事でドタバタしていたのだ。今まで当たり前にあったものなのがなくなっているなんて思うこともない。


「雷が落ちた翌日に、彼は再び全部の王族・貴族に手紙をだしたのよ。「私の思いが伝わっていないようらしいので、本気と受け取っていただくために、結界を解除した。復帰は未定とする。少なくとも私のやりたいことが終わるまでは戻さない。愚行が繰り返されないことを切に望む」ってね。上層部は大慌てよ。彼に直談判したらしいけど全て拒絶。その話が市民にも伝わって、市民も大暴動一歩手前だったらしいわよ。」

「ひぇぇ。」

「新たな結界の実験のために一時的に結界を張っていないという声明を国が発して一時的には収まったらしいけど。まあ実際彼が元気なのは皆が見ているしね。ただ貴族間では、貴方に関わるのは禁忌とすら言われているわ。」

「禁忌・・・。」

 絶句してしまう。まさかそんなことになっているとは思わなかった。王家にとっては一刻も早く結婚してほしいのだろう。王家から手紙が来た理由もようやく理解できた。


「でも別にいいんじゃない?貴方も好きだったんでしょ。晴れて両想いで幸せになりますって宣言でいいじゃない。」

「私は憧れの方が強かったから・・・。それに言っていないこともあるし・・。」

「そこでひよるのか・・・。」


 言われて思わずうつむいてしまう。マクガイン様は【神力】の事を知らない。魔法でもない異端の力。これを知ったら彼も離れてしまうかもしれない。そんな私を見てエリーは何度目かのため息をついた。


「シンシアはさ。難しく考えすぎよ。」

「・・・・そうなのかな?」

「彼の事はここ1カ月で知れたでしょ?その上で考えてみて。マクガインさんが貴方以外の女性をエスコートしていたり、笑いあっていたら。どう思う?」

「・・・・・嫌だ。」

 自分以外の誰かとマクガイン様が笑いあっているのを想像すると胸が痛い。泣きそうになる。


「それが答えじゃない?貴方の隠している事や、他の人の嫉妬や妬みなんかもあるかもしれない。でも一番大事なのは二人の気持ちでしょう?マクガインさんはもうとっくに覚悟していると思うわよ。それでもあなたと一緒にいたいと思っているんだから。」

「そう・・・なのかな?」

「だって貴方が彼に勝つというだけで普通じゃないでしょ。それでも貴方に真正面からアプローチし続けるなんて、よっぽどあなたの事が好きじゃないと無理でしょ。」

「そう。そうだね・・・。」

 確かにマクガイン様は常にまっすぐだった。周りを気にせず私だけを見てくれている。それにさっきの問いでわかってしまった。私もここ一カ月で彼の事がより好きになっていた。


「・・・・うん。もう一度会って、全部話してみる。」

「そうして。結婚式には呼んでね。」

「気が早いよ・・・。でもそうだね。そうなるように頑張る。早速だけどマクガイン様に会ってくる。」

「うん。頑張れ。」


 私はエリーのところからお暇するために立ち上がった。そんな私を見てエリーはぼそりと呟いた。

「・・・・まあ私は一人のために自国を平気で滅ぼそうとする重い男なんて死んでも嫌だけどね。」

 ・・・・最後の言葉は聞かなかったことにしよう。




「マクガイン様?」

「アーデル嬢。突然申し訳ない。」

 エリーの家をでるとマクガイン様がちょうど家の前に現れた。少し息が上がっている。何かあったのかと思い、彼の元に駆け寄る。


「どうされました?」

「実は大量の魔物がこちらに向かっているという連絡があった。出撃する前にどうしても顔を見たくなってしまってな。時間をとった。」

「・・・でも何故こんな時に。」

「私は他国の者が召喚したか連れてきたのだとみている。結界が消えて好機と思ったのかもしれない。」

「そんな・・・・。私のせいで・・・・。」

「いいや。アーデル嬢のせいではない。全ては私の油断が招いたせいだ。それに一度にあれだけの魔物を用意はできない。恐らくはずっと機会をうかがっていたのだろう。」

「・・・・大丈夫ですよね?」

 不安になり、マクガイン様に問いかける。だが彼は表情を緩めることはなかった。辛そうな顔をしている。


「・・・・正直自信をもって大丈夫とは言えない。体調は万全だし国は命に代えても守るが・・。再度結界を張るのは間に合わない。それに今回は2方面から攻められている。片方を殲滅させるのにも時間がかかるだろう。その場合、もう片方には私が来るまでの間、耐えてもらわなければいけない。恐らく乱戦になるだろう。そうなったら味方を巻き込む恐れがあるから広域魔法は使えなくなる。一度だけであれば凌げるが、交互に何度も送り込まれた場合、私の魔力が持つかという問題になる。」

「そんな・・・・。」

 マクガイン様の言葉に息をのむ。だが、ここで問答している時間はないだろう。本来であれば自分に会いにくる時間もないはずだ。それなのに私に会いに来てくれた。なら私は私ができることで彼を支えなければ。


「例えばですが・・・魔力の溜めに時間がかからず、すぐに広域魔法を使えるのであればどうでしょうか。」

「・・・それであれば、多少でも距離があれば周りを気にせずに広域魔法を放てるから簡単に壊滅できる。そうすればすぐに次に行くことができるからかなり負担は減るが・・・・。まて・・・。アーデル嬢。何を考えている?」

 うん。それであれば問題ない。ここは私の国だ。何より、マクガイン様を一人で危険にあわせるなどしない。


「マクガイン様。私も一緒に連れて行ってください。」

「な・・・何を言っている!?そんなことできるわけないだろう!!」

「問答している時間はありません。私であれば、貴方を助けることができます。それに大好きなマクガイン様を一人で危険に合わせるなんて絶対に嫌です。」

「っ!!貴方という女性は!!」

 マクガイン様が顔をそむける。よく見ると顔が赤くなっている。嬉しいが、今はそれに浸っている時間はない。


「私はマクガイン様にある隠し事をしていました。ですがこの一カ月、貴方は真正面から好意を伝えてくれた。だから私も真正面から私の全てを知っていただきたいのです。それに・・・守ってくださるのでしょう?」

「もちろん全力で守るとも!!はあ・・・。どうあっても聞いてはくれなさそうだな。」

 マクガイン様はため息をつく。私は満面の笑みで頷いた。


「はい。もし連れていただけないのであれば、私は一人で戦場に行きます。」

「わかった・・・。なら申し訳ないが失礼する。」

 そういうやいなや、マクガイン様は私を抱えた。予想外の行動に思わず慌てる。


「マクガイン様!?」

「申し訳ないが時間がない。口は開かないように。詳細は着いたら聞こう。」

 マクガイン様はそう言うと同時に私を抱えたまま走り出した。すごい勢いで景色が変わっている。振り落とされないように彼に必死にしがみつく。あっという間に城門の上にたどり着いた。私達の到着に気づいて他の騎士達が驚いている。


「隊長ですか!?・・・びっくりした!!いつの間にこられたのですか!?」

「いつって目の前で着陸しただろう。何を見ていたのだ。」

「え?全く気付きませんでしたよ。我々からしたら音もなくいきなり現れましたよ。心臓が止まると思もいました。」

「これは・・・。」

 マクガイン様が私を見る。私は笑ってごまかす。移動中に時間を止めたのだ。時を止める前に私に触れていた人間は、時を止めても一緒に行動できるのは、確認済みだ。


「マクガイン様。時間がないので手早く。広域魔法でこちらの方面の魔物を壊滅させる場合、魔力を練るのに何秒かかります?周りを一切気にせず全力で集中した場合で考えてください。」

「・・・・・空にいる魔物も含めて予想以上に数が多い。周りを気にせず集中できたとしても30秒はかかるだろう。」

 30秒というと長く感じるかもしれないが、普通の人よりは圧倒的に早い。そもそも広域魔法を使える人間も限られているし、使うとしても発動に必要な魔力をかき集めたうえで、膨大な魔力を練り続ける必要がある。自力の魔力だけで、30秒で広域魔法を使える方が異常なのだ。そんな簡単に広域魔法が使える人が多ければ、この世界はとっくに荒野になっているだろう。


「わかりました。私が30秒稼ぐので集中してください。」

「お嬢さん!?何をおっしゃっているのですか!?まさか魔物の中に一人で突っ込むつもりですか!?」

「いいえ。私はここから一歩も動きません。マクガイン様。もし私を信じていただけるならば、私の手を握ったうえで目をつぶって魔力を練る事だけに集中してください。」

「・・・・。」

 マクガイン様が私を見つめる。私も力強く見つめ返した。すると彼は優しく微笑むと、私の手を掴み、静かに目を閉じた。

「たっ!!たい」

 門にいた騎士が驚きの声をあげるが、すぐに何も聞こえなくなる。私が時を止めたのだ。これから30秒間。外から魔力を吸収することは出来ないが、体内でなら彼は周りを気にすることなく魔力を練ることができる。


 そして30秒後、時間が動き出す。

「ちょう!!このお嬢さんを止めてください!!」

「どけ。派手なの一発行くぞ。」

「え?」

 私の手を放し、マクガイン様は城門に迫ってくる魔物を見据える。そして一言呟いた。

 彼が呟いた直後、透明な大きなカーテンのようなものが迫っている魔物達全員を覆った。そして覆い切った直後、まるで箱を巨大な力で一気に叩き潰したような爆音があたりに響き渡る。カーテンが消えると、そこには、強力な力で押しつぶされた魔物達の死骸が散乱していた。生きている魔物は一匹もいない。


「す・・・すげえ。」

「マクガイン様。次に行きましょう。移動中の時間短縮はあまりできないです。手遅れになる前に早く。」

「わかった。」

 マクガイン様は再び私を抱えると、呆気に取られている騎士達をおいて城門の上から飛んだ。再びすごい勢いで風景が切り替わっていく。

 そして、すぐにもう片方の城門の上に辿り着く。魔物達は迫っていたが、城門に辿り着くまでにまだ時間がありそうだった。良かった。間に合った。


「うわあ!!隊長ですか!?もう片方は!?」

「潰した。こちらはまだ誰も出撃していないな?」

「え・・ええ。ちょうど今から号令をかけるところでしたから。」

「間に合いましたね。では。マクガイン様。手を。」

 マクガイン様はすぐに私の手を握った。彼が目を閉じると同時に私は再び時を止める。そして彼が再び魔力をため、先ほどと同じ魔法で敵を一掃した。


「す・・・・すげえ!!!マクガイン様!!万歳!!」

 あっという間の早業で皆が呆気に取られていたが、すぐに正気に戻ると、隣にいた騎士が歓喜の声をあげる。それが伝わり、彼をたたえる大合唱となった。


「マクガイン様。追撃はなさそうですか?」

「ああ。こちらを観察するような視線はあったが、私の魔法が発動としたと同時に消えた。恐らく諦めたのだろう。結界を張り直せば、もう大丈夫だ。」

「よ・・よかった。」

「アーデル嬢!?」

 崩れ落ちそうになったのをマクガイン様が慌てて支えてくださる。心配そうな彼に対し、私は笑った。


「大丈夫です。安心したら震えが・・・。あんな数の魔物は見たことがなかったので。」

 マクガイン様達はいつもあんなに恐ろしい魔物達と戦っているのか。魔物がいる戦場に向かうなどと、我ながら無謀な事を言い出したものだ。


「申し訳ないがちょっと待っていてくれ。今のうちに結界を張り直す。おい。そんなことをしている暇があったら事後処理に動け。」

「あ、はい!!」

 マクガイン様の言葉に皆が慌てて動き始める。と言っても魔物は全部彼が壊滅させてしまったので、報告と後続の警戒するぐらいしかすることはないが。うかつに魔物を調べに行って後続がきたら目も当てられない。

 マクガイン様が結界を張り直す間、私は座り込んでいた。場違い感がいっぱいで、周りからじろじろ見られていたが、そんなことよりもこの国を魔物から守りきれた安堵感でいっぱいだった。


「よし。待たせたな。」

 マクガイン様が魔法を発動させると再び結界が帝国を覆った。再び周りから歓声が上がる。これで魔物に怯えなくても済むのだ。あれほどの数の魔物を見たら、やむをえないだろう。私も安心してしまった。

 そんな私をマクガイン様は再び抱えた。周りからさらに注目される。さっきは非常時だったので気にも留めなかったが、今はただただ恥ずかしい。


「マクガイン様!?」

「いいから。疲れただろう。それに我儘を聞いて連れてきたのだ。帰りは私の我儘を聞いてもらわないとな。ゆっくり行くから安心して身をゆだねてくれ。」

「~!!!」

 抵抗しようと思ったが、安心して力が抜けて動けないのは事実だ。恥ずかしかったが諦めることにした。せめてもの抵抗として顔が見られないように彼の胸に顔を埋める。彼は優しげに笑うと、ゆっくりと歩き出した。



「着いたぞ。」

 家の前で降ろしてもらう。結局、抱えられたまま家の前まで送ってもらってしまった。魔物が撃退され、結界が再度張り直されたことはすぐに発表された。そのため彼が歩いているだけで、歓声が聞こえてきた。私にできることは必死に顔を隠すことだけだった。それでもかなり注目されていたが。もう顔が真っ赤で火がでそうだ。


「ありがとうございます。・・・・・どうぞ中へ。今回の事をお話します。」

 マクガイン様を連れて客間に入る。あの時と同じように向かい合って座った。前回と違うのは二人きりだ。大事な話をするので、メイド達は外してもらった。

 そして私は【神力】の事を説明した。

 説明が終わり、部屋に沈黙が訪れる。怖がられたらどうしよう。そんなことをする人ではないとわかっていたとしても、やはり怖い。誰かに話すのは初めてなのだ。エリーにすら話したことがない。

 

「いかがですか。もしかしたらこの力は子供達に引き継がれるかもしれません。そんな恐ろしい者を愛せますか?」

「勿論。むしろ余計に好きになった。」

「ふぇ!?」

 まさかの即答に思考が完全に固まってしまう。マクガイン様は立ち上がると私の隣に座り私を抱きしめた。


「私は貴方の心を、生き方を心から尊敬する。力に溺れず自分を律し、ただ他人のためには使うことを躊躇わない。そんな素敵な女性に出会えたことを神に感謝したいくらいだ。」

「そんな・・・。私なんて。」

「それにな。私も研鑽を続けているからわかるんだ。力をつければつけるほど、人からは遠ざかる。称賛はされるかもしれないが、些細なことがきっかけでそれは反転する。そうしたらそれは恐怖の対象となるんだ。強すぎる力をもつものはそれだけで孤独になる。」

「マクガイン様。」

「ああ。いや。そんなたいそうなことを言いたいのではなくてだな。私が貴方に言いたいのは一言だけだ。・・・今までよく頑張った。もう大丈夫。私はどんなことがあろうとも決して貴方を嫌いになったり恐れたりはしない。もう一人で抱える必要なんかないんだ。」

「あ・・・・。」

 私の目から涙があふれ出る。ああ。この人は私が欲しかった言葉をくれる。親友や家族ですら超えられない線を乗り越えてこちらに来てくれる。


「マクガインさまぁ。マクガインさまぁ・・・。」

「うん。」

「大好きなんです。私は貴方が知るずっと前から貴方の事だけが大好きなんです!!でも怖かったんです!!」

「ああ。私も貴方の事が大好きだ。力を知ろうとも、何を言われてもそれはこれからも変わらない。」

「夢みたい。うわぁぁ。」

 私は堰を切ったように泣き続けた。マクガイン様はそれ以上何も言わず、私の頭を優しくなでてくれた。



「落ち着いたか。」

「は・・・はい。見苦しいところをお見せしました。」

 恥ずかしくて本当はすぐに飛びのきたいのだが、私の顔は涙でぐちゃぐちゃだ、そんな顔を見られたくないという思いがある。


「大丈夫。とりあえず私は目をつぶっているから外のものを呼んで顔を拭くといい。恐らく外で待機している者も急に泣き声が聞こえて心配しているだろう。」

「・・・お気遣い感謝します。」

 私はゆっくりと彼から離れる。彼はしっかりと目をつぶってくれていた。安心して外にいるメイドを呼ぶ。とんできたメイドに問題ないことを説明し、顔を拭くものを用意してもらって慌てて顔を拭く。化粧は落ちてしまったが、それを直す間待たせるわけには行けない。私は最低限に顔を整えると、反対側の席に座り直した。


「お、お待たせしました。」

「もう目を開けてもいいかな?」

「は、はい。涙で化粧がおちてしまったので、よりお見苦しい顔になってしまいましたが。」

 その言葉にマクガイン様はゆっくりと目を開けた。私と目が合うと優しく微笑む。


「気にしなくていい。変わらず、貴方は美しい。」

「そ・・・そんな。」

 今度は赤くなってしまう。


「さて。本来は日を改めてというべきだろうが、私の理性が持たないので許してほしい。シンシア・アーデル嬢。この私と結婚していただけないだろうか。」

 マクガイン様が私の前にきて跪く。


「本当に私でいいのですか?」

「私は貴方がいい。貴方でないと駄目なんだ。」

 再び涙が出そうになる。だが必死に堪える。涙がこぼれないように何度も首を縦に振る。


「はい・・・、はい!!私もマクガイン様が大好きです!」

「ありがとう。これからもっとお互いを知っていこう。そして色々な事を話そう。決して一人だと感じないように。」

 マクガイン様の笑顔が眩しかった。これから様々な困難が立ちふさがるだろう。だが大丈夫。二人一緒ならば乗り越えていけるはずだ。・・・とりあえずまた人前で【神力】を使ったことをお父様に弁明するために力を貸してもらおう。

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時使いの聖女。最強騎士に求愛される。 川島由嗣 @KawashimaYushi

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