最強無能禿げおじさん、魔法世界で巨兵軍団を繁栄させる!

RAMネコ

序章「そして王は隠れる」

「来たな、ヘイディアスくん!」


 異形の黒曜巨人が楽しげに叫ぶ。


 捨て身の突撃が迫る中でさえも!


 巨人であるドォレムの屍の山の中で、そいつは大剣を持っている手まで開いて、まるで抱擁でもするかのように迎えようと待っていた。


「むッ……衝動のままこないか」


 と『人殺しの怪物』は言う。


「残念だぞ、ヘイディアスくん」


 先読みを誤った大剣が、装甲を削った。


 西方の大国エパルタの将軍テミストス。


 そして怪物ウーラノース。


「ヘイディアスくんだろう。ダインスレイフに乗っているのは」と、テミストスの声が拡声オブシディアンを震わせて言う。


「カーリアの重騎士になったつもりかね」


 テミストスが、ウーラノースが大剣の剣先を向けてきた──血と、雨と、潤滑オブシディアンが混じりながら滴る。


「キミの親友とはもう会ったかね。カーリア最後の大舞台だ。放置というのは悲しいだろう。最後まで踊らせてあげたまえよ」


「テミストス教授──俺は、あんたを殺さなくちゃならねぇよ」


「殺せるのかい? ヘイディアスくん」


 テミストスは嫌な笑い方をする。


 それを、外にわざわざ聞かせた。


「軍学校時代が懐かしいな、ヘイディアスくん。私は君が士官学校の若者だと最初は思っていた。とんだ勘違いだった。君が退学したときは実に残念だったよ……故郷エパルタの将軍職復帰を断れない程度にね」


 あぁ、と、テミストスは付け足した。


「君が振り撒いた技術、人材の芽、戦闘術はいかがだったかな? 誇らしいだろう、夢だったろう──楽しかったろう!!」


 ウーラノースが消えた。


 いや、違う、瞬きの間もなく、ダインスレイフが映すモニタの最小フレームを割って動いたんだ。


「やはり受け止める。並みのドォレムであれば今の目眩しにも等しい初見殺しで死ぬことは証明されていたのにな」


 ウーラノースの大剣は、ダインスレイフの右腕の十字型大剣──スローイングハンダーが受け止めた。


 超高密度に圧縮された超重複合黒曜石の大塊であるスローイングハンダーは、ウーラノースの大剣、カーリアの将軍や隊長達を叩き潰してきた魔剣を受け止めきった。


「……古代兵器であろうが、怪力馬鹿程度であれば最初で殺していたよ、ヘイディアスくん。やはり私は君を殺すことに躊躇いがあるらしい」


「違うな、テミストス教授。俺が強いんだ」


「変わらないなぁ、ヘイディアスくんは!」


 ダインスレイフのスローイングハンダーが、ウーラノースの大剣を弾き飛ばす。バネ仕掛けじみた瞬間的なオブシディアントルクはダインスレイフが遥かに上であり、ウーラノースを退けた。


 二歩、ウーラノースは下がろうとした瞬間に大跳躍で間合いを離す。ウーラノースの頭上から巨影、スローイングハンダーが十字の一端を光らせ垂直に……振り落とされていた。


 黒曜石巨人であるドォレムよりなお巨大な土煙があがる。ドォレムが数騎かかりで扱う攻城兵器でさえ起こらない衝撃波が、土煙で目に見えていた。


「ほぉ、珍妙で恐ろしい武器だ。ヴィシュタ博士が大好きな兵器だ。彼女を覚えているか、ヘイディアスくん。彼女は君が与えた絶技で、いや、絶智とでも呼ばれるべきものを見事に自分の物として、エパルタのカーリア懲罰軍の新型ドォレムを開発しているぞ」


 だが、と、テミストスは言う。


「カーリアでも健在なようだ!」


 スローイングハンダーを引き戻す。


 ダインスレイフが自身の怪腕で力の限り打ち、撚り合わせたオブシディアンロープを引き、超重オブシディアンの塊であるスローイングハンダーを手元に戻した。


 オブシディアンを打つ重い音で震えた。


「だから──僕がここにいるんだ」



「エパルタめ、思いきりおって」


 カーリア王国の王都クシュネシワル。


 上に下に大慌てだね。


 エパルタの侵攻だよ。


 驚きだ、危機感いっぱいて感じ。


 僕はそんな王族や高官を眺めた。


 神獣から削りだしの繊細な彫刻の玉座の上で国王パクテだ。彼女のエキゾチックな肉体が色褪せるほど、眉根に深い皺を刻まれている。


 エパルタの国境越えの一報以来そうだ。


 西の国境線の警備隊から様々に伝わり、遂にクシュネシワルに届いたのが早朝、太陽が顔を出すか出さないかの頃だ。


「カルカッタ要塞全滅せり」


 てな報告だった。


 エパルタの本隊が侵入した。


 それ自体は驚きだが弱い。


 問題なのは、今までのエパルタでは不可能なほどの何か、神の御技的な奇蹟で要塞とその守備隊が一瞬で蹴散らされたこと。


 新生エパルタの軍を見た物はいない。


 だからこそカーリア王の顔は渋いのだ。


 既にバトルジャック・ドォレムの部隊編成は完了していて、出撃の命令を待っていた。カーリア王が決断すればエパルタの侵攻軍へ向かえる。


 だが……。


「やはりドラコニスタン殲滅は裏目だった」


「言うな。先王はお隠れになられたとはいえ聖廟の耳に聞かれるぞ、愚か者め」


「緩衝地帯としてドラコニスタン帝国があればかような侵略は受けなかったのでは?」


「その場合はドラコニスタンが敵となった」


「エパルタの脅威を取り除き、エパルタに利すること大でしかなかったか」


「エパルタにも備えてはいたぞ」


「早すぎる。いつもの紛争では?」


「カルカッタを殲滅しておいてか」


 議論らしきものが交わされる。


 誰もエパルタ迎撃をあげない。


 もし、声をあげれば、その瞬間にエパルタ迎撃軍の総司令官をさせられるからだ。大将軍を率いてエパルタの精鋭と戦う。


 それは度胸がいっぱいいるな。


「エパルタに何かがあった」


 カーリア王の言葉に静まりかえる。


「エパルタの野望を燃やさせた何かが」


 高官らは沈黙を保つ。


 答えを持っていても答えない。


 答えはすでに共有しているな。


 僕が『罪人として』出席が証明してる。


「挑まれたからにはこれを退ける」


 カーリア王の言葉は強い。


 決して負けないという意志が聞こえる


 高官らは緊張の中で頷いた。


 ただし武闘派貴族の顔色は悪い。


 特に、エパルタの侵攻してきた西部方面に土着していた貴族の人達には死活問題だろうからね。


 仕方がない。


 今までの成果が問われるだけだ。


「大罪人ヘイディアス」


 カーリア王が手を掲げた。


 ようやっと僕の拘束具とくつわが外れる。


 魔法を使えない僕に対して厳重すぎるね。


 腹が潰れかけたベルトが外れ呼吸が旨い。


「贖罪の機会を余は与える。穢れしダインスレイフに乗り、その神命を全て使いエパルタとの戦いで死ね」


 死ね、か……。


 酷い話だよね。


「その死でカーリアは、天上に許しをこう」


「このハゲに何ができる!?」


 と、僕への批判であふれた。


 憎悪の満ちた罵倒の数々だ。


 腐った肉とか投げられている。


 僕はハゲではなく剃ってるの。



「技術てもんは素晴らしいね」


 黒は良いね。


 邪悪な感じ。


 殺すには赤より良い色だ。


 特に死を振りまくならね。


「閲兵はいつだって良いものだ」


 大地が黒い。


 音さえ黒い。


 あげる土煙さえも黒かった。


 新式のバトルジャックだよ。


 黒曜石で人の形に作ったドォレム。


 それの大部隊。


 それがならぶ。


 それが整然と軍隊をしている。


 エパルタ国の集権都市エパルタ──まったくこれだから都市国家てのはややこしい──の石造りの町をバトルジャックがパレードしていく。


 頭を右上に向け、開けたコクピット。


 操演者である乗り手が胸に手をあて不動。


 何度も練習してきたから華やかなもんだ。


 黒曜石の巨人らは心臓の鼓動をひそめた。


 群衆からの歓声を一身に聞いていた。


 新型魔力生成炉の吸排気機構の音色は、エパルタの大歓声、大気が、町が震える声に掻き消されている。


 エパルタ人は叫ぶ。


 エパルタ人は怒る。


「我らが正当なる大地を取り戻すのだ!」


 民族主義者を見守り、愛想よく笑う。


 自由、民主……理想的な軍隊制度だ。


 相応しい狂気だろう。


「カルカッタを一蹴し、カーリアを滅ぼそう」



「化け物めッ!」


 カーリア国のバトルジャックが来る。


 隊長機か。


「侵略者どもめこれ以上はゆかせん!」


 確か、カーリアが採用しているバトルジャックはラーミアだったか。古臭い年鑑で読んだ記憶がある。


 バトルジャック乗りが勇ましい、勇者しながら走ってくる。ラーミアは大剣を既に抜いていて、重々しくも大きな躍進で走る。


 関節の摩耗を防止する布切れの端を降り続く雨で濡らし、雨粒を装甲で弾きながら偏向複眼オブシディアンの四つの目が頭部で光っているような気もした。


 闘志と義務で燃えて光る。


「テミストス将軍」


 と、列機が処理しようと前へ出る。


「動くな。ウーラノースで斬り刻むのは初めてだ。やはりこの手で感覚を掴んでおきたい」


 ウーラノースを前に出す。


 黒曜石を削りだした大剣。


 背の高いウーラノースからだと、ラーミアを見下ろすような形だ。身長差を活かし、カーリア国の戦士は最初の一撃をかわして、足を狙うだろうか?


「貴様の首さえとれば!」


 はやるラーミア。


 見れば親衛隊か?


 精鋭なのだろう。


 仲間の骸が点々と転がり、我が軍のバトルジャックに始末されていく全てを生贄にしてここまできたのだ。


 尊敬に値する。


 気高い精神だ。


 技量も高いか。


「ッ!」


 ラーミアが大剣を振り上げる。


 まさにウーラノースを叩き潰そうと。


 ラーミアはそれ以上、動けなかった。


 ラーミアの操演者は体の半分を、ラーミアごと貫かれ、砕けた黒曜石の鋭利な破片と一緒に血肉が、ラーミアの背面から撒き散らされている。


 ウーラノースの短刀が速かった。


 刃が分厚くぶかっこうな醜い剣。


 プギオと呼ぶ小さな剣は使えるな。


「さっさとうるさい連中を黙らせろ。捕虜はとるな。どうせ脱走するか工作ばかりだ。捕虜は次から狙おう」


 決死の反抗だったらしい。


 ウーラノースが破壊したラーミアが力無く崩れると、それまで踏ん張っていたカーリアのバトルジャックが次々と崩れ始めた。


 心が折れれば、腕も覚悟も関係ない。


 オブシディアンを震わせホルンが響く。


 窪地の上からエカトンケイル達が覗く。


 エパルタの新型バトルジャック・エカトンケイルが突進した。窪地に入りこんだ浅慮な暗殺部隊を、上から駆け降りてくるエカトンケイルの大部隊が枯れ草を薙ぐように刈りとる。


「砦から打って出てこれとは……」


 いかにもカーリア国らしい。


 私ていどに目が眩むとはな。


 少々三文小説に夢を見たようだ。


 砦にウーラノースの目を向ける。


 見慣れないバトルジャック……。


 しかし、並では決してないそれ。


 口に手当てた。


 あふれそうだ。


「まさか──キミがいるのか!?」



「エパルタの新型か。見るのは初めてだ」


 単眼鏡で噂のドォレムを観察した。


 随分と大きいな。


 重量タイプかな。


 推定靭帯力は六〇てとこか。


 カーリア輸出の旧式ドォレムでも精々靭帯力四五。カーリア国の主力ドォレムともなれば靭帯力三〇もあれば良いほうだ。


 こりゃ、暗殺部隊の勝ち目は薄め?


「ヘイディアス! 狙撃されるぞ!」


 と、傭兵団の主計担当がドォレムの拡声器を使って言ってきた。


「城壁の高さは三〇メートルある。エパルタの新型は五メートルで、靭帯力は精々六〇。もっと近づかないと弓矢も届かないよ」


 俺は愛機ダインスレイフのハッチを開けたまま単眼鏡で戦場を走査した。暗殺部隊に名乗りをあげた貴族と近衛兵どもは完全に補足されたようだ。


 窪地に誘われて、上から被られている。


「……ありゃあ、ウーラノースだ」


 じりびんの近衛隊が先走って殲滅される。


 やったのはウーラノースがいる部隊だね。


 乗っているのは十中八九テミストス教授。


 嫌な場所の当たりを引いてしまったよ。


「ヘイディアス! 砦の将より伝令! ヘイディアスはダインスレイフ単騎でもって敵軍に突入し、包囲される我が軍を救出せよ!」


 と、背中にそんな伝令を受けた。


「……腰抜けめ」


 誰にも聞こえないようもらす。


 救援ね。


 虐殺された近衛か。


 近衛のラーミアは弱くない。


 精鋭のそれが鏖殺というと?


 エパルタは半端じゃないわけだ。


「……命令じゃ仕方ない、行こうか」


「過ぎた口を使うな罪人よ! 罪人が名誉ある戦場階級に戻れるだけありがたいと思え!」


 ダインスレイフに入る。


 隔壁を閉めた。


 暗いなか灯る。


「援護は?」


「単騎でという要望だ、傭兵さん」


 硝子石板に、ダインスレイフの目から送られてきた映像が映り、それは僕の周囲の環境を正確に映しだす。


「行こう、ダインスレイフ」


 ダインスレイフが城壁から飛び降りた。


 高低差は三〇メートル。


 ほぼ全てのドォレムは砕け散る高さだ。


 だがダインスレイフは二本の脚部だけで着地し、深く沈みこみながら衝撃緩衝装置に吸収させながら問題なく全速疾走に入った。


「一機出たぞ!」


「串刺しにしてやれ!」


 近衛隊のラーミアを虐殺していた新型達が、ダインスレイフに気がつく。空圧で、鋭利に削りだした黒曜石を放つプレスランスの仄暗い口が覗いている。


「斉射!」


 一機相手に多すぎるボルトだ。


 ダインスレイフでしこを踏む。


 ようするに足で地面を砕いた。


 吹き飛ぶ地面と噴き上がる暴風。


 飛来したプレスランスのボルトは巻き込まれて風と土砂の壁に止められる。


「んな!?」


 新型の動揺する声を拾う。


 動揺は表に出すものでは。


 ダインスレイフで土煙に混じり肉薄した。


 お行儀が良いものではないな体当たりだ。


 右往左往する新型に、背中からぶつかる勢いで質量と速度で当たる──新型の乗り手は気がついただろうか、黒曜石のドォレムが数機纏めて粉々に砕け散る。


 バラバラと光を反射する破片が飛ぶ。


「このッ化け物めッ!」


 新型が大剣を短く掴んで、全体重を乗せた獣じみた突進をしてきていた。


 獣には獣の対処だ。


 剣先をかわし掴む。


 大剣をダインスレイフの指が握る。


 大剣がダインスレイフに負けてひび割れた。


「ば、バカな!」


 新型ドォレムの操演者が叫んだ。


「エカトンケイルが力負けだと!?」


 ダインスレイフで大剣を新型の両腕ごともぎ取る。黒曜石の破片が降るなか、奪った大剣で新型の頭ごと胸部にいるだろう操演者を叩き潰した。


 新型は力無く倒れる。


 新型はエカトンケイルと言うのか。


「戦意旺盛だな」


 エカトンケイルが四機がかりで槍を揃えて突進してくるが、大剣の一振りでオブシディアンランスを全て折り、大剣二振りめで四機全てのエカトンケイルの腰部から上が宙を舞った。


 大剣も砕けて破片に変わる。


「おぉ! あの異様なドォレムに続け!」


 砦で戦場全体にホルンの音が轟く。


 門が開かれラーミアが飛びだした。


 勝ち戦に乗りたいと焦ったかな?


「無謀すぎる。勢いだけでは無茶だ」


 勢いを削がれていたエカトンケイルに、不相応なまでに士気が高まっているラーミアの捨て身の攻撃が刺さる。


 刺し違えるようにぶつかる。


 だが、それも一瞬のことだ。


 エパルタの精鋭、その前衛を蹴散らして道を開いた蛮勇のラーミア乗りが見たのは、戦列を揃えたエカトンケイルと、そこから斉射されたボルトの嵐だ。


「前衛を捨てて戦列を組む判断が早すぎる」


 ラーミアが次々と串刺しされ討ち取られる。


「下がれ! お前らの出る幕じゃない」


「なにお!? 罪人ごときが!!」


「我らこそ名誉を見せるものぞ!」


 バカどもが!


 エパルタの新型……エカトンケイルとやらはラーミアと比較して一回りは大きい。


 無駄に大きいわけじゃないだろう。


 ラーミアと比較すれば桁違いの力。


 幾らグーゴル式魔力炉でも無理だ。


 エカトンケイルの脚の膨らみが目立つ。


 それにラーミア比較で巨大な吸気口だ。


 炉は二発かな? 無茶をやるものだよ。


 魔力炉を二発積んだエカトンケイルが、ラーミアより一回りしか大きくないというのはむしろ驚愕すべきだ。


 ましてや量産したエパルタの工業力!


 エカトンケイルの動きを見た。


 エカトンケイルがそびえるだけで、正気を取り戻したラーミアが後退りする。


 ラーミアの闇雲な、あるいは狂乱した一太刀でさえ、容易く受け止められ、叩き潰された。


 ラーミア達が崩れだす。


 重量も速さも違うんだ。


 エカトンケイルは、止まらない。


「な、なんだこいつら……強すぎる!」


「剣が通らないぞ!」


 ラーミアがエカトンケイルに押さえつけられて、ラーミアの首から慈悲の一撃を受ける。操演者と最小の被害で殺されていた。


「殿となる! 撤退しろ! 撤退しろ!」


 当初の勢いは一瞬で消えた。


 近衛隊はほぼ全滅していた。


 一機は助けられたが……。


「ダインスレイフを討ち取れ!」


 曲射する矢の雨が降ってくる。


 ドォレムに合わせた巨人の弓。


 地上に刺さる黒曜石の矢の森のなかで、エカトンケイルが四機がかりで押さえつけられた、ローブをなびかせるウーラノースを一瞬見た。


 お互い苦労するね。


「仲間を見捨てて撤退しろ!」


 一世大ないし二世代違うドォレムだ。


 エカトンケイルも、ウーラノースも。


 僕が蒔いた技術が勝手に戦争を初めていく。


 僕はダインスレイフに持てるだけ生き残ったドォレムを引っ掛けて走った。


 真っ先に逃げたラーミアを追い越し、追い越されたラーミアはエパルタ軍に背中から撃破された。


 エカトンケイル。


 ウーラノースの系譜だ。


 量産型バトルジャック・ドォレム。


 エパルタが侵攻を踏み切った要因。


 僕は──。


「ちょっと楽しくなってきたかい?」



「役立たずどもめが」


 カーリア王の静かな怒り。


 その先にあるのは傷が癒えていない、治療も半ばの近衛兵やら『敗残兵』に向いていた。


 みんな疲れてる。


 今、死にそうな者もいる。


 しかし王と貴族の高官に叱責を受けている。


 頭を垂れたまま、彼らは粘り気のある汗だ。


 僕は拘束されているが、彼らよりもマシだ。


 口を挟みたい。


 しかし無理だ。


「伝令ー!」


 ヴィークル・ドォレムの黒曜石が熱を帯びるほど急ぎで持ってきただろう報告は、今までの戦場は過去のものだという戦況についてだ。


 エパルタは新型バトルジャックで統一していた。エカトンケイルだ。しかし報告ではさらに未知のバトルジャックが複数、存在しているという。


 張り切りすぎだぞ。


 強力すぎる戦力だ。


「神聖同盟結成は今日のためである」


「それでは王様、招集の触れを!?」


 神聖同盟か。


 カーリア単独で戦えないならそうなるよね。


 どの国家もカーリアより劣り寄生している。


 神聖同盟のラーミアでは太刀打ちできない。


 バトルジャックの物が違いすぎるせいだろ。


「今までのエパルタとは比較にならん」


 神聖同盟の大将軍セミストスが重く言う。


「我が方のバトルジャックとやらはどうなっている? まるで相手になっておらんではないか!」


「エパルタめ……最終勧告での異様な傲慢さの理由はこれか。我々まんまと開戦の口実と、エパルタに戦争の口上を許した!」


 と、セミストスの話に続いたのは、ジュスト将軍だな。善い人だ。善い人すぎて……。


「市民に脅威が迫っている。同胞を守るが神聖同盟の存在意義! 今こそ諸藩も戦力を結集し、侵略国家エパルタに正義の鉄槌を!」


「神聖同盟万歳!」


 エパルタに大損害を受け、前線からの陰鬱な報告から目を逸らし、将軍らは神聖同盟の正義を声高に叫んだ。


「神聖同盟万歳! 魔女エパルタに鉄槌を!」


 盛り上がりは無視しよう。


 僕にはどうせ無関係だし。


 エパルタの新型……エカトンケイルの靭帯力は主力ドォレムのラーミアを凌駕している。ラーミアの大剣シミタの水平斬りでは、エカトンケイルを砕くことはできないでいた。


 エカトンケイルの靭帯力の高さに物を言わせた分厚い装甲鎧として設計されているんだ。プレスランスを撃ったところで効果は怪しいものだ。


 対抗するには頭部から垂直に叩く。いかに装甲が厚かろうとも、操演者の乗り降りは変わらない。ハッチは薄く、頭部の真下には操演者だ。


 ならば斧あるいは鎌状の兵器が良い?


 槌で殴るのも有効かもしれないねー。


 ただエカトンケイルとの白兵戦は、靭帯力差で不利なのも確かだよ。近づかずにとなるとプレスランスの圧力を高める、ボルトを重くする、二つのバランスを考えなおす必要がある。


 エカトンケイルは、大したことないな。


 対策を列挙すれば幾らでも戦えそうだ。


 靭帯力だけで剣を振り回すのがドォレムじゃない。そのために高圧プレスランスを開発したんだから。ボウよりも安く、単純で、全てのドォレムが遠距離兵器を持てるようにしたんだ。


「新型……エカトンケイルの装甲は化け物らしく、我が軍最強の近衛兵が雑兵を相手にしてすら返り討ちと……さらには数も多く、歩く巨壁としてことごとく我が軍を刈りとったとか」


 カーリア王は重い息を吐く。


 玉座へと力無く深く沈んだ。


「……旧都デカンに、神聖同盟各国軍を集結させよ。いかにエパルタが精強と言えども地の利、数の利、五重の大城壁を抜かれることは断じてありえん」


「賢明です、カーリア王!」


「やはりカーリア王こそ唯一の統治者!」


 楽観的な空気のまま終わった。


 カーリア王は引き上げてゆく。


「ヘイディアスを余の部屋へ」


 車椅子のままカラカラ運ばれる。


 拘束服のまま装飾過多な傭兵の手で、王の私室に連れてこられた。贅が相変わらず尽くされてる。寝具に屋根まである。


 傭兵らは部屋を出た。


 入口を固めているね。


 扉が閉まる。


「長き平穏で腐ったか」


 カーリア王は行儀悪にもベッドへ腰掛けると、そんなことを投げてきた。


「こんなものでしょう。備えの均衡が崩れ、カーリアは間に合わず、エパルタは間に合わせた。双方の関係の微妙さが今回の侵攻かと」


「だが余が終わらせる。この戦いをこれ以上に広げてなるものか……!」


 カーリア王は固く決意を言う。


 それは……。


 きっとカーリア国の為ではないんだ。


「ヘイディアス。貴様は本当によく似ておる。影武者として、いや、あの子が死んでより、何度も、本物の子にしようと考えるほど」


「カーリア王。目も耳もあります」


「良い。我が子は死んだ。ヘイディアスよ、お前も知っておろう。お前が見届けた」


「……はい、カーリア王」


「お前が余の長子を殺した」


「その通りでございます、カーリア王」


 カーリア王。


「王族殺しを怨んでおらぬ。正式な決闘であり、将軍が二人も見届けた。我が子は、無能のお前と比較されることに耐えられなかった」


「全ては僕の不徳でした」


「いいや、お前の罪は……まあいい」


 カーリア王が腰掛けたベッドから立つ。


 僕のほうへと近づき、四歩前で止まる。


「大将軍らは貴様とダインスレイフの参加を嫌おう。貴様は王都の守護につけ」


「神聖同盟軍はデカンに?」


「同数で勝てぬのであれば消耗を強いる。同じ数の被害で足りなければドォレムをより増やすしかあるまい」


「エパルタの新型にも攻めるべき部位があります、カーリア王。まずはその周知と、ラーミアの改装を。そして新型ドォレムを今から設計し──」


 カーリア王が手で制する。


「──ヘイディアス。君は変わらぬな」


 であるから、と、カーリア王は続ける。


「罪深いものよ。監獄に一室くれてやる」



 望遠鏡を調整する。


 夜明けとともに始めたデカンへの攻勢は、どうも城壁を突破できそうにない様子か。


 旧式では話にならん。


 旧式のティタノスらには、グーゴル式破城砲を撃たせて支援させてはいる。だが硬いな。城壁を一撃で破口する絶大な威力はあった。


 問題は『穴を埋めるラーミア』か。


 遠雷のごとき戦の音がとどろいた。


 プレスランスやら得物でオブシディアンが砕ける音だ。鈍く、低く、山崩れのような音。


 エカトンケイルが城壁の穴に殺到するが、内側に入るやいなや城壁とデカンの内側とで包囲されて攻撃を集中されている。


 頭部を集中的に狙われているな。


 猪連中だと甘く見たか。


 エカトンケイルらが密集してしがみつく梯子が、巨大な巻き上げ機──これさえエカトンケイルの怪力が必要な機械──で城壁にかけられようとするが、射程で優勢な城壁のラーミアからの集中攻撃に耐えられず、巻き上げ機が過負荷で壊れる始末だ。


 防衛用の重質量黒曜石だな。


 梯子が倒れる。


 凄まじい砂煙が巻き上がるのが見えた。


 運良く梯子を掛けられても、上から下へ、プレスハンマーじみた質量と高度を使った城壁側に、盾ごと頭部を粉砕されて叩き落とされる。


「エカトンケイルの思わぬ弱点だな」


 エカトンケイルは平地では無敵だ。


 だが防御側ドォレムの攻撃力は、生半可な性能では犠牲を減らせないらしい。


「いや……エカトンケイルを分析する目か」


 国境沿いの戦いからラーミアを圧倒してきたエカトンケイルだ。強さは証明されている。


 ラーミアの戦い方が変わっただけだ。


「カーリアの優秀なドォレム工匠か」


 それも極めて進捗的な突然変異。


 そんなものは『一人しかいない』な。


「神聖同盟の各国の旗が城壁に増えている」


 決戦の気配。


 敵味方のドォレムを合わせれば五〇〇〇機を超えるだろう。史上最大の決戦、と言われてしまうと心が躍るが……。


「テミストス将軍、釣れていますね」


「えぇ、大漁ですよ、ヘルテウス殿」


「準備が遅れて申し訳ない。言い訳を許してくれテミストス将軍。射出装置の組み立てに手間取ってしまった」


「歴史上初の作戦の成功を祈っています」


「ありがとう、テミストス将軍。“へリュトン”は全機、射出装置に展開済みだ。今日の風が冷たくなり始めた頃合いで飛ぶ」


「ならば今少し、デカンで遊びましょう」


「出るのですか? テミストス将軍」


「まさかですよ、ヘルテウス殿。ウーラノースでの無双は避けよと、厳命されています。ただ城壁の近くまで歩くくらいは構わぬでしょう?」


「意地悪な人だ、テミストス将軍」


 今夜は、雲が出ない夜になりそうだ。


 ウーラノースから外の空を見上げる。


 静かな空だ。


 青く澄んで。


「身代わり探し。そういうことにしよう」


 ウーラノースが一歩を出す。


 爪が荒野を掴みながら進む。


 歩きだしはいつものようにややもたつき、上半身を揺らしながら駆け足。襤褸のコートがなびく。


 デカン城壁の祭りに行こうじゃないか。



「王都までエパルタが来れるもんか!」


 エパルタのバトルジャック、それも大群が既に国境を超えていてあちこちで暴れまわっているらしい。噂だが、神聖同盟軍の部隊で全滅したのもいるとか……。


「無邪気なもんだ」


 遠くに見える市場を見た。


 敵が来る不安などは無い。


 むしろ活気が増している。


 負けることなど信じない。


 都合の良い勝利だけ夢想しているんだ。


「ガキ、日光浴は終わりだぞ」


「やはり陽の光を浴びると気分が違うな」


 僕は守衛に引っ立てられて監獄に引き戻された。監獄も慣れれば過ごしやすいものだ。


 最近ではちょっとした一席もある。


 バトルジャック・ドォレムの机だ。


 設計、研究、開発の機材まである。


 特別な待遇。


 ブラシで殴られたりはもう無しだよ。


「さて、と……」


 エカトンケイルの残骸が丁寧に並ぶ。


 作るのに三日もかかった標本群だよ。


 斥候ではぐれた少数のエカトンケイルを、大量の犠牲を払って手に入れた貴重な資料だ。


 エカトンケイルの操演者で騎士は死亡。


 頭部へのシミターの直撃で、これが陥没し、操演者を押し潰したという報告付きだ。やはり理論上の弱点の克服はできていない。


 強化する為には、操演者を決して脱出できない状況に置く必要があるからな。そういう意味ではエパルタの開発陣は人間性がある。


「脚部にはそれぞれグーゴル式魔力転換炉を確認した。やはり双発か。胴体ではなく脚部に収めたのは見事だ。充分に小さく総出力は二倍とはいかないだろうが……いや、あるな」


 背面の空気取り入れ口を確認する。


 空気は三段圧縮される仕組みだね。


 魔法分子のエーテルスピンを適切に停止させて魔力を生む機関の制御に使うオブシディアンサーキットが集積されている。どのドォレムよりも魔法を生成できるわけだな。


 魔力とは、魔法分子の適切な操作であり、その為には魔法分子の周囲を不規則に周回するエーテル子を正確に望んだ位置に停止させる必要がある。


 過給器で圧縮すれば出力があがるのは自明。


 それができなかったのは魔力変換の限界だ。


 つまりは大量の魔法分子を同時に魔力に変換できない、エネルギのオンオフを制御できなかったからである。


 エカトンケイルは解決している。


……オブシディアンサーキットの基礎設計を昇華させてる。ラーミアの魔法分子制御装置はこれと比べれば原始的だ。エカトンケイルの集積化されたオブシディアンサーキットは、桁が違う。


「エカトンケイルのオブシディアンサーキット……あー、いや、脚部は全て回収してくれ。鹵獲してラーミアの改修に使う」


 助手の囚人が困惑している。


「はやくね」


 デカンでは膠着していると聞いた。

 

 テミストス将軍がいるのにありえない。


 例の破城砲の集中砲撃と、ウーラノースを先頭にした突撃部隊が複数の開口部を同時に突入して一枚ずつ攻略するはずだ。


 防衛が上手くいっているとしても動きが弱いなんてことはありえない。別の策のための陽動だろうね。


 神聖同盟はデカン防衛に主力を動かした。


 エカトンケイルの性能差を埋めるためだ。


 神聖同盟各国もドォレムを失いたくない。


 積極的決戦でなく消極的な防衛なだけだ。


「工房や戦団に伝えて」


 走り書きする。


「ラーミアの両脚部を幅増ししてエカトンケイルの炉を移植する。ラーミアの炉を外して空間には大型吸入口を開く改造を。魔法力の向上したぶんプレスランスも変更する。グーゴル式高圧搾機構を内蔵した大型プレスランスにするための改良案もすぐだすから持って行って」


 脚フレームを二股に割り炉の空間を作る。


 ラーミアの太腿が増えるが元々腰が広め。


 再設計がいるか?


 応急で良い。


 脚部の取り付け位置を変更しよう。


 操演者の騎士の操縦頭とはズレるかもだが、我慢させれば問題ない。


「ハゲが、調子のってんじゃねぇよ」


「賢いですーてか?」


 げたげたと助手が小馬鹿にしてくる。


 ハゲじゃなくて坊主に剃ってるだけだよ。反抗的な新米犯罪者をしばきあげてから、次の模範的な受刑者にさっきのお願いをした。


 楽しくなってきたよ。


 さぁ今日中に作ろうか。



「発行信号」


 翼で隠しながら後続に伝える。


 王都クシュネシワルの灯火だ。


 昼間の太陽光で熱せられた大地から、冷たい大気への上昇気流の回廊ができている。


 予定よりもやや風が強いな。


 へリュトンの翼を引き絞る。


 ひょろりとしたへリュトンのオブシディアンフレームが僅かに軋み、鳥の翼というには仰々しい大翼に風を受ける。


 へリュトンの足は地面にない。


 通常のドォレムとはまったく違う。


 鳥のように空を飛ぶバトルジャック。


 クシュネシワルを奇襲する実戦機だ。


 訓練と変わりない。


「降下せよ」


 へリュトンが頭を下げる。


 風を切り分けて加速していく。


 対地速度に注意……。


 地面や城壁で砕けたくはない。


 へリュトンが持つ下翼で、上手く地面を滑るのは緊張する。訓練では上手くいった。夜間、都市部への着陸は何度も繰り返した。


 クシュネシワルを模した訓練場と同じ。


 進入角度も、見える目標も変わらない。


「月明かりで丸見えだな」


 月を背にしていないとはいえ、クシュネシワル側でも夜目の効く連中ならば『星光をさえぎる大きな謎の鳥』に気がついているだろう。


 だが遅い。


 クシュネシワルの城壁を超えた。


 腹の下翼がフルオブシディアン製の城壁を擦り盛大な音を響かせた。


 城壁の守護者がこっちを見ている。


 しかし手遅れだ。


 警備用ラーミアが大慌てで警報と、プレスランスを振り向けてきたが、後続のへリュトンの体当たりに弾かれ城壁から落とされる。


「クシュネシワルの間抜けめ!


「尻にボルトを喰らってももう遅い!」


 下翼を踏み台に城壁の内側へ着地する。


 石造りの道を砕き、放置された荷車やら雑多な物を破壊しながら、しかし、降り立った。


 ラーミア達はいまだ来ていない。


 クシュネシワルは静寂のままだ。


 完全な奇襲成功だ。


 へリュトンが立ち上がる。


 極端に細身なバトルジャック・ドォレム達は下翼を外し、小型化されたプレスダガーを両手に備えてイタチのごとく左右に揺れながら浸透していく。


「数では不利だぞ、固まらず目標を狙え!」


 その時。


 一際巨大な物が、へリュトン数機に引かれて墜落してきた。頑強な鼻面が家屋を破壊しながらやっと止まる。


 そこから出てきたのは、組み立て式射出装置と、軽装型エカトンケイルだ。頑強なエカトンケイルでも上空からそのまま落とされては破壊されてしまう。


 巨大な物体は空飛ぶ揺籠だ。


 揺籠の中にエカトンケイルを詰め込み、姿勢制御にはへリュトンがオブシディアンワイヤーを引っ張ることで招き寄せた。


「エカトンケイルは発着点を確保せよ。へリュトンは跳躍装置と上滑空翼を用いて三次元戦闘へ移れ──」


 エカトンケイルが重々しく重兵器展開。


 へリュトンはプレスジェットから高圧空気を噴きだし、脚部跳躍装置で高く昇ると、降下しながら風に乗り地形を無視して飛ぶ。


「──王都を陥とすぞ!」



「神がつかわした神兵とでも言うのか!?」


 星灯りのなかに巨翼の影を広げる怪鳥どもが次々と、城壁を無視して深く侵入してくる。


「凄いドォレム技術だ」


「感心している場合か!?」


 確かに本気で不味い。


 防ぐ手立てが、ない。


 奇襲が始まって数時間。


 王都は、今や各所でドォレムの戦いが繰り広げられている。石造りの建物が並ぶ通りを黒曜の巨人が歩み、剣戟、弓矢、ボルトが飛び交う。


「聞きしに勝る重装甲!」


「ラーミアでは歯が立たんぞ!」


「頭を狙え! 騎士を潰すんだ」


 ラーミアが即席された特に曲げの大きい刀シミターや、対人用大鎌を転用した獲物でエカトンケイルと激戦を繰り広げる。


 エパルタ軍も素人集団ではない。


 ラーミアが、エカトンケイルの頭部を集中攻撃する対抗戦術に、気がついてからは即座に情報を共有してきたね。


 頭ばかり狙われるなら頭を守れば良い。


 エカトンケイルの重装甲を攻略したわけではない。ラーミアの剣戟は、エカトンケイル自慢の装甲で充分に防御できると、積極的に攻勢に出てくるほどだ。


 敵と味方をよく見てるね。


「ラーミア改は、僕に続いて。王都の火消しに走る。市街戦だ。空から来た連中は少ないし、少数に分割された。それを一つずつ無力化するよ。数の頼みでね」


「一騎当千のダインスレイフもでしょう」


 ど派手な傭兵色のラーミア改が出る。


 エカトンケイルの魔力炉を移植する時間は無かった。エカトンケイルの足をそのまま利用している。吸気口も急増で設けた酷い作りだ。


 だが、三機のラーミア改をこしらえた。


 他にはさらに間に合わせ感のある、ラーミアの炉を二つ強制的に繋ぎ合わせて、エカトンケイルのオブシディアンサーキットの制御装置だけを流用した物が二二機ある。


 二五機の改造、これが限界だった。


 エカトンケイル脚がラーミア・ジーパス。


 ニコイチの心臓がラーミア・テクノ。


「対応されたぽいね」


「ですな。判断が早い」


「エカトンケイル? それの他に新型らしきものか。エパルタのドォレム工房は凄いな」


「空を飛んできたヤツだろう」


 王都の主要通り。


 カーリアトラ通りの果てから、密集陣形を盾で囲う巨壁が歩いてくる。一挙手一投足を乱さず、四方からの集中攻撃で押し寄せてくるボルト弾の雨もことごとく盾で弾き、止まらない。


「エパルタの破城部隊です」

 

 王城の正門が開け放たれた。


 攻城ドォレムの足が止まる。


 王城から、カーリア軍のドォレムとそれを駆る騎士が列を作り進む。一歩が重く、巨大な機械のように徹底的に管理された動き。


 式典が始まったかのような飾り布に団旗などの装飾品が多数つけられた華やかなラーミアの戦団だ。


 その中央には──。


「早すぎる」


 そこには絢爛たる黒曜巨兵。


 カーリア王騎“六の剣と腕”だ。


 ラーミアの隊列が開く。


 遠距離攻撃にまったく無防備なまま“六の剣と腕”は最前線へと晒していた。


 エパルタ側破城部隊からボルトはこない。


 “六の剣と腕”は、文字通り六本の腕を持っている。通常ドォレムが二本の腕に、三ないし五指の手を持っているなら、まるで違う構造だ。


 “六の剣と腕”は腕そのものが剣でありショートプレスランスになっている。剣を抜くという動作はない。それだけではなく、腕はオブシディアンロープと高速巻き上げ機によって、射出し、回収するという変則的な攻撃手段もある。


 変態的で異様で、悪魔みたいなドォレム。


 エパルタ破城部隊が動く。


 エカトンケイルそして新型に囲まれた陣形の中から、明らかに風格の違う新型があらわれた。空を飛んできたヤツか。


 一騎討ちを、やる気だ。


 既に言葉は無用だった。


 周囲のラーミア、エカトンケイルも完全に止まり、一騎討ちを見届ける。


──“六の剣と腕”は、胸部を貫かれた。


 “六の剣と腕”背面を突き破られ、血肉とも砕けた黒曜石かわからないものがラーミアに当たる。


「……“六の剣と腕”を回収しよう。カーリアは負けた」と、時が止まったままの静寂のなかダインスレイフを進ませる。


「カーリアはどうなりますか?」


「わからないよ」


 何もわからない、そんなことは。


 その日──。


 王都クシュネシワルは陥落した。


 カーリアは王を失い滅びたんだ。

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