王太子によって運命の愛の相手に選ばれた私は、残りの人生を賭して、愛する人の復讐を遂げる

猫石

前編

 静かに静かに、降り積った新雪を踏みつぶす音を聞きながら前に進んで。


 たどり着いた先に、それはあった。


 目の前で膝をついた私が抱きかかえられるほどの大きさの、あの方の美しい波打つ髪を思い出させるような黒曜石の墓石には、あの日、私を映した燃え上がるような情熱を称えた瞳の様な金色の文字で【アーデルハイド・モンスレー】と、貴方の名前が彫ってあり、私はそれに指をなぞらえた。





 貴方はここに眠っていらっしゃったのですね。


 私はようやく、ここにたどり着くことが出来ました。


 私は今、とても幸せです。


 何一つ、心残りはありません。


 あるとすれば、貴方に対しての懺悔のみ。


 ようやくあなたにたどり着くことが出来たのです。


 だから、私は幸せなのです。





「アーデルハイド様。」


 そっとその墓石に触れれば、あの方の白くて細い指に初めて触れた時のことを思い出す。


 振れてしまった手を振りほどくことなく、私の手を握り返し、微笑んでくださった貴方。


「ようやく、貴方にたどり着くことが出来ました。」


 そっと触れて、抱きしめて。


 ようやく大きな声をあげて、私は泣いた。


 冷たい墓石を抱き締めて、私は大きな声をあげて、涙を流して泣いた。



「お許しください、お許しください、アーデルハイド様。」



 冷たい貴女に謝るのは、ただの自己満足であるとしても。


 それでも私は謝り続けるのです。


 アーデルハイド様。


 私は、ようやく、貴方に謝る事が出来ました。










 **********


「君を、愛してしまったんだ。」


「……え?」


 王族が在籍する生徒会が使用する為、学園とは思えないほど重厚かつ煌びやかに設えられた広い一室で、いつものように生徒会長の補佐として、書類の整理を行っていた私は、突然の告白に、腕に抱えていた書類を全て落としてしまった。


「な、なにをおっしゃっているのですか」


 咄嗟にそう答えながら、ばさばさと派手に音を立てて落ち、床に広がった書類を集めるため、私は慌ててしゃがみ込んだ。


「お戯れが過ぎます。もうじき、生徒会の皆様がいらっしゃいますのに。」


 努めて冷静にそう言いながら、床に散らばった書類を集めようと手を動かし始めると、拾おうとするその書類の上に立った人は、そのまま私と同じ目線になるようにしゃがみ込み、書類に伸ばしていた私の手を握った。


「メリエッタ、私は、本当に君を愛……。」


「い、いけません!」


 私はその手を振り払い、彼から離れた。


「身分卑しき私が、高貴な方の手を払う非礼をお詫び申し上げます。」


 自分よりも高貴な方、その方の手を振り払うなんて不敬罪を問われてもしょうがない。


 しかしそれ以上に、その手が私如きに触れるのを許すわけにはいかず、そして彼が言おうとする言葉を先も、聞くわけにはいかないのだ。


「けして!」


 悲鳴をあげるように、私はその人から距離を取ると、床に手を、頭を打ち付けるようにして伏せた。


「けしてその先はおっしゃらないでください! 貴方にはアーデルハイド様がいらっしゃるではありませんかっ!」


「そんなことを言わないでくれ」


 かさかさと、重要書類にもかかわらず気にせずそのうえを踏み歩く音と共に、彼の足音は私に近づき、ついに、床に額づく私の視界にその足先が見えた。


 ガタガタと震えながら、距離を取ろうと少しずつ後ろに下がる私の右の手首を、ギュッと力強く握られた感触に、ひっと息が漏れる。


「お、おやめ下さい。手を、離して……」


「君も知っているとおり、彼女とは……アーデルハイドとは政略結婚なんだ。そこに愛も情もないんだ。」


「それ以上おっしゃらないでください。」


 頭を下げたままなのに、掴まれた右腕は彼の胸元まで引き上げられ、ギリギリと軋む肩に顔を顰める。


 踏まれた書類が気にならないほどに、方が悲鳴をあげる。


 そんな私の脳裏に浮かぶ、アーデルハイド様の御顔に、さらに泣きたくなった。


「き、貴族の政略結婚はそのようなものだと私も幼き頃より言い聞かせられてきました。それは貴族の責務でございます。また、御婚約者であられるモンスレー侯爵家アーデルハイド様は淑女の鑑。王太子妃、王妃となられるにふさわしい知性と教養をお持ちの、素晴らしいお方です。私の様な男爵令嬢にもお優しい、私の憧れの方でございます。その方に対し、そのような不誠実なことを、どうぞおっしゃらないでください。」


 震える声で告げる私の方が軋むのもかまわず手の甲にキスを落としながら、彼は甘く切なく愛の言葉を囁く。


「いいや、彼女は血も涙もない、冷たい貴族の令嬢なんだ。 君のように、明るくて、優しくて、甘やかに微笑みかけてくれる女性と、僕は人生を歩みたいんだ。」


「いけません、それ以上はおっしゃらないでくださいませ!」


 その言葉に、私は悲鳴のように、声を上げた。


「ジースムント王太子殿下っ!」

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