後宮に歌う冬鳥。
猫石
前編
「では、
「えぇ。」
幼い頃から叩き込まれた美しい微笑みを浮かべたわたくしはにっこりと笑って、頷いた。
目の前には、陛下から命じられた兵隊長と兵士たちが並んでいるのに対し、わたくしの傍には侍女がたった2人だけ。
「媛様」
「ロウシェン様っ」
声をかけてくれる侍女達にまで巻き込むわけにはいかないと、すでに彼女達には自分が持っていた高価なもの退職金として下賜したうえで、安全に里に戻すように護衛も手配をしてあった。
夜明け前には出るように、と伝えてあったのだが、彼女たちはここで私を見送るためにいてくれ、わたくしの名を呼んでくれた。
「やはり私も、私もお供い……!」
「その先を、口に出してはいけませんよ。 メイレン。」
忠義を貫く彼女たちに、心から感謝し、穏やかに彼女らを諭すため、肩にそっと手を触れて、わたくしはそっと声をかけた。
「今日までここに残ってくれたこと、こうして見送ってくれることに心から礼を言います。 しかしこれから先はもう結構。 良いですね、これは命令です。 わたくしが宮を去ったら、すぐに里へ帰るのですよ。」
「……媛様……。」
「わたくしの、最後の願いです。 必ず、そうするのですよ。 良きご縁がありますように。」
わたくしがそういうと、彼女たちはその場で泣き崩れてしまった。
そこに、先ほどの兵隊長が声をかけて来た。
「ロウシェン様。 そろそろ。」
「わかりました。」
わたくしは彼女たちから踵を返し、しっかりと、彼らを見据えると宮を出るために歩き出した。
宮の出口まで歩く間、瞬きすれば当時の華やかさが思い出される。
庭は、冬が最も美しくなるように花木が整えられていて。
侍女たちも、穏やかに微笑みながら、私に仕えてくれていた。
陛下から賜った調度品を運ぶ彼女たちの華やいだ声もまた、懐かしい。
だが目を開ければ、かつては絢爛豪華に飾られていた室内も、何は見る影もなくがらんどうだ。
空虚の中を、わたくしは静かに彼らの後について歩いていた。
この宮から出るその瞬間まで、わたくしは皇帝陛下の後宮の妃として、恥じない態度でその場にいたいと思う。
だからこそ、後宮一美しいと言われた笑顔のまま、わたくしは彼らの後をついていく。
「廃されると言うのに、笑っているぞ……」
「ただの強がりだ。」
「あぁ、流石は鬼の宮に移されるだけはある。」
背後から聞こえる兵士たちの声にも、わたくしが動じることがあってはならない。
これからわたくしが送られるのは「鬼宿宮」。
廃妃となったわたくしが閉じ込められる鬼の宮。
そこは、歴代の王族のなかで、愚かなことをしでかした罪人や力に溺れ秩序を乱した愚者、気鬱の病に罹った者を幽閉するために使われてきた宮だ。
宮の外は警護の物で四六時中固められて外に出ることもかなわず、身の回りの世話をするものもいない寂しい宮。
わたくしは、そこに送られるのだ。
「では、こちらの輿にお乗りください。」
冬柊宮の入り口につけられた粗末な輿に乗り込むと、下男がそれを担ぎ上げた。
華やかな後宮に不釣り合いな、罪人を乗せるような腰に乗ったわたくしを笑いに、わざわざ他所の宮の妃たちが寄こしたのであろう侍女たちが、これ見よがしにくすくすと笑いながら、鬼の宮までの道に点在しているのがわかる。
身の程知らずだった。
もともと不釣り合いだった。
いいきみだ。
そんなひそひそ話が聞こえるが、わたくしは笑顔のまま、まっすぐ前を見据えて移動する。
ざわつく後宮の妃たちの宮がなくなり、下女などの住処となる長屋のあたりから、人気のない北の祭殿に差し掛かった時だった。
ふと、わたくしの耳に笛の音が聞こえた。
かすかな音だが、その根には聞き覚えがあった。
(……覚えていてくださったのですね……。)
きっと、これはわたくしに対する決別の笛の音、なのだろう。
静かに目を閉じ、わたくしは思い起こした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます