Noah's enhancement

ユメノ コウ

宝石に目がない侯爵の噂

第1話 Brilliance

【ロンドン 某所】






 ロンドンの中心に向かうと、穏やかな川の流れが見えてくる。この川はテムズ川と言って、英国民の暮らしを見つめ続ける存在だ。




 そんなテムズ川を外の席から穏やかに眺める事ができるパブがある。夕方になると、ひっそりと明かりをつけるそのパブは、多くの紳士たちが集う人気の店として有名だ。




 現在、パブの店内ではある一角で紳士たちが小声で秘密裏に多くのゴシップを語らい、情報交換を交わしていた。




「おい、聞いたか? 


またあのモルガン侯爵様がインドで珍しい原石を発掘して、加工した宝石で一儲けしたそうだ」


「本当か?……流石は宝石狂い、だな」


「あぁ、本当にブレない方だ」


「宝石に関しての執着はイギリスウチじゃ恐ろしいほど群を抜いている……」


「あぁ、誰にもあの方を超えることはできまい」


「そうだな……一体何があの方の原動力になっているのだろうか……」




 窓際のテーブルで座る紳士たちの噂はもっぱら「宝石狂い」の貴族の事だった。








 ・    ・    ・








【モルガン侯爵邸】




「お電話ありがとうございます。


わたくしはモルガン侯爵家に仕える執事のバーノンと申します。


ご主人様は現在外出しております。


言伝でしたらお伺い致しますが…………え?


……あぁ、ご主人様にどうしてもお会いしたい、と……。


それでしたらお客様、「宝石」をお持ち頂ければすぐにお会いできますよ。えぇ。


但し、珍しいものでなければご興味を示されないかもしれません。


価値のある宝石、珍しい宝石を手に入れた暁にはまたご連絡を。


はい。お待ちしております……では、失礼致します」




 ガチャッと音を立てて、執事の男は耳に寄せていた受話器を壁に取り付けてある電話に置いた。




(まったく……雑に縁を繋ごうとしてくる輩がいるものだ……侯爵家を舐めているのか?)




 そう思いながら、執事の男はため息をついた。


 当主に会いたいと電話してきた宝石商の対応をする彼は執事の「バーノン」である。


 彼は代々モルガン侯爵家に仕える家に生まれ、幼い頃から執事としての知識や心得、人脈、体術などを叩き込まれた有能な執事である。そのため彼にはできないことは何もないと社交界では有名で、ほかの貴族からの勧誘が絶えない。




 そんな彼の容姿は爽やかな雰囲気を纏ったイケメンである。クセはあるが艶のある黒髪に、スラッとしたスタイルの中に鍛えられた筋肉が感じられる体格をしている。




 彼は主人に対して絶対的な忠誠心を捧げている。


 それはもう……異常なほどにー。








(さて、そろそろ夕方ですね……着替えのお手伝いをしに行かないと……)




 電話を取った屋敷の廊下から応接間へと移動し、軽く室内の掃除を終えた頃、バーノンがジャケットの内側から懐中時計を取り出しながら思案していると、そこに彼がやってきた。




「……バーノン、ここか?」


「えぇ、ここに」


「よかった、頼みたいことがあるんだ、バーノン」


「なんでしょうか、ご主人様」


「……あぁ、なんだ……その……その前に、だ……その「ご主人様」って呼ぶのやめてくれないか!?」




 ご主人様と呼ばれた男は赤面しながら、バーノンに諭した。




(まったく、他の貴族に聞かれたら恥ずかしいことを笑顔で言うんだよな……やめてほしい)




 それを聞いて、ハテナを浮かべながらバーノンは微笑む。




「何故ですか? 本当の事ですし……」


「……おまえと僕は幼なじみだろ?」


「はい……」


「なら、そんな言い方で呼ばなくても……対等に名前で……」




「いいえ!!!!!!!!!!


これは大事な事です!!!!!!!!!!


嫌だと言ってもやめません"ん"ん"ん"!!!!!!」




「うわぁ、うるさいな! 


なんでおまえはそうこだわりが強いんだ!?」


「だって! だって!」




 そんな中、二人が騒いでいる所へ「一人の女性」がやって来ていた。


 侯爵邸ではこの二人が大声で言い合いを始めてしまうのはいつもの事で、これを止めるのは彼女の役割になっていた。


 彼女はゆっくりと侯爵様とバーノンのいる応接間にノックをして入ってきたが、まだ二人は騒いでいて、気づいていなかった。




「お二人とも……お元気ですわね? 


凄い叫び声がこちらまで聞こえましたわよ~?」




 二人はお互いを掴み合いながら、ドアの方を振り返って、急に現れた彼女に驚いていた。




「あ、あぁ……エラか……すまないな、コイツがうるさくて」


「ん? 私ですか?」


「いえ、いつもの事ですもの! 


それよりお早めに本題に入られた方がいいのでは?」




 そう言われて落ち着いたのか、二人は掴み合っていた体制を直した。




「そうだったね……ついツッコんでしまって本題から逸れるのは……僕の悪い癖だ。


直さないとね! まずはバーノンを解雇する所からかな!!」


「やはり私が悪いのですか? 


ねぇご主人様?? 


解雇はやめてくださいお願いします!!!!」




 エラはもう大丈夫そうだと微笑んで、一礼すると退室する旨を伝えた。




「ふふ、ではわたしは失礼致します、当主様」


「あぁ、その、今回も迷惑をかけたな、エラ。ありがとう」


「いえ、では仕事の手紙をまとめる作業に戻ります。ご武運を。」








 エラが笑みを絶やさずに部屋を出ると、廊下にヒールの高い音が響いた。




(本当に面白いんだから……ふふ)




 応接間を出て、廊下を優雅に歩いていく彼女についての情報はそう多くない。




 彼女は「エラ」、当主ノアの従妹である。


 モルガン侯爵家の美しき紅一点。


白薔薇の棘ホワイトローズ」と呼ばれる姫君。




 彼女の容姿はホワイトブロンドの艶のある長髪に、スピネルのような輝くピンク色の瞳をしている。




 そんなエラは社交界に出たがるような活発的な性格ではなく、屋敷でゆったりとした時間を過ごす方が好きな女性である。




 エラは侯爵家で振り分けられた仕事に誇りを持っており、彼女の仕事である届いた手紙の選別と、収集した宝石の管理にまじめに取り組んでいた。


 宝石の管理の仕事については彼女の弟ウィリアムも担っているが、最近では、ウィリアムは他の仕事を優先することが多くなっている為、まさにエラの仕事と言えるのだ。

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