石の博士

瑠璃の宝石の五巻にあるエピソードで、登場人物が幼い頃に「石の博士になりたい」と言ったところ、遠くから親が「本当に好きなら石の仕事をしてほしくない、すきなものは趣味にしておくほうが幸せだから」と言っているのを聞いて曇るというものがある。個人的には石の博士になって大学教員になっていいと思う、なぜならば研究は業務でないから、ただしこれは少し不正確だ。大学設置基準を見ると「教育研究」という言葉が頻出し、大学は教育と研究の両方を行う施設であるように書かれている。

しかしながら、教育や大学運営業務と異なり、研究は課せられた務めがあるわけではないので実質的に仕事ではない、まぁ契約更新条件に論文発表数が課せられていると仕事のように感じてしまうかもしれないが……。なので、何かが好きで、自分で選んだ内容の研究を自分の意志でしたいとなると大学教員になるのがよいだろう。

授業の仕事は楽しみを見出すことはできなくもないが基本的には苦行だ、専門外のものが回ってくることもある。研究指導もあまり楽しいものではない、自分の学生時代のように意欲のある学生の割合は稀であるのだから。諸々の大学運営業務は長々しい会議まみれで時間の自由を失わせてくる。しかし、これで金貰ってるしなぁ、これで研究できる立場得ているしなぁ、の精神で乗り切ることができる。

近頃、博士課程の頃に何度かお話した企業の研究員の方が亡くなったという話を聞いた。その人は博士号を取得後、大学で研究をしていて助教にまであがったが、そこのPIが色々と攻撃的なことで有名な人で心を病み辞職後しばらくして企業の研究員に再就職した。博士課程三年で論文はいくつか書いているもののどの公募にも落ち続けていた秋頃、その人と、うちの先生と酒を飲んでいた。四十度を超える米焼酎のボトルを入れているので皆かなり酔っている、そんなとき、先生が席を外したときに少し気になり企業の研究所への就職について訪ねてみた。その人が言ったのは「企業の研究所つまんないよ、ほんとやめたほうがいいよ」だった。なるほど、と思って私はそれ以降企業の公募を見なくなった。

ただこれだけだと企業の研究所を貶しただけに見えるので、どういうことを意図した発言だったのかについて自分なりの解釈を加える。恐らくだけれども、自由に研究をできる環境ではないので、それを求めているなら企業の研究所はやめたほうがいいよ、ということだろう。逆に、これまで得てきた専門知識を用いて与えられた研究課題を遂行していくことに喜びを感じる人は大学よりも企業の研究所に向いているのではないのだろうか(ただ業界トップ企業の研究所の人は割と好き勝手研究しているようにも見えるのだが……)。

ちなみに石の博士、これを岩石鉱物学系であると考えた場合、さきの漫画で親が言っていた「儲からなさそうだ」というのはあまり正しくないように思う。実質的に酸化物の物性を調べている分野なので、企業に行くとしたらセラミクス、製鉄、ガラス、コンクリートなどの業界に行く人が多い印象がある。

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