六道輪廻

 我此の地にては死ぬより他に詮方無し。

 光有りても我を焼き、水有りても穢れし泥ばかり集まりぬ。

 此の地は我に与えし物何も無く、唯穢し、奪い、嗤ふばかりにぞ畢ぬ。

 我此の地にては生くるべし方も無し。


 我此の土にては生くるといえど死ぬるに等し。

 天の星は我は届かず、月は望むべくも無く、水中の魚は我を揺るがし蟲喰らい、蟲また我を迷惑せしむ。

 此の土は我を安らかせしむ物何も無く、唯懊悩をばかりこそ起こしせしむ。

 我此の土にては死ぬるを以て生くるに等し。


 斯様な地にて我敢えて華の咲かす術こそ有るべきや?

 枯れし同胞こそばかり見えこそすれ、咲し同胞や在りべけれ?

 術能わざれば華の在るべし義や無らむ。


 斯様な土にては我敢えて華を咲かせむと努むるに値ふべきや?

 業火に燃ゆる水こそばかり見えなば、甘露を得る者有りべけれ?

 此の土に浪漫無らば、我もまた生きる価値こそ無からむ。



 我この地にては糧を得る術無し。

 唯生くるには不足なかりけれど華咲かせんと欲せば不足する事甚大なり。

 華得ざりべければ実も得べけれず畢竟果報を得ざるなり。

 華も得ず果報も得べからざれば一切糧も無し。


 我此の土にては餓えする他無し。

 天の水、土の滋味何れ他を頼むより他に無く、自在ならず、不如意なり。

 糧不如意ならば華を得るも実を得るも、因果随自意に非ざらば、何れの果報も亦不如意なり。

 我此の土にては自身の因業果得孰れ餓えするより他に無し。


 斯様な地にて華を咲かすに足る糧や得るべきや?

 唯他者を喰らい貪らんとする泥中にては華を咲かす仁義こそ有るべけれ?

 唯餓鬼ばかり蔓延りし地にては華もまた咲く義無し。


 此の土にて枯れるより他に我が命の行く末や有るべきや?

 命とても貪り尽くすより他に欲する方無き火中に華を見せしむる仁義こそ有りべけれ?

 華芽吹き、咲き、散りぬる様見ぬこの穢土にては我が命の在るべき義も無し。



 天に日の赫くとも我彼が如く成るに能わず。

 彼が光大樹を照らし風を起こし、一切を育むとも我は彼が如く成る術も能わず境遇も得べからぬ。

 夜に月の輝くとも我彼が如く成るに能わず。

 日沈みぬも尚天に光ありて彼の光雫を照らし一切を安んずるとも、我は彼が如く成る術も境遇も得べからぬ。


 水に睡蓮の浮かび蟲と戯れるも我斯様が如きに伍するべからず。

 彼等が小さき者共も遊び楽を得るになんぞ我は斯くが如き果報をすら得べからぬ。

 天穹に星の瞬き蟲と戯れるも我斯様が如きに伍するべからず。

 夜に蟲の光と天の光とで遊び楽を得るになんぞ我は斯くが如き果報をすら得べからぬ。


 蟲の語るに他の地にては大輪の蓮華咲き誇るなりや。

 我も亦斯様な大輪となり大蓮華になるべきを此の地にては術奪わる道理の有るべけれ?

 此の地我を嫌ふが故に我も此の地に華を咲かすべきも無し。


 星の廻るには他土にては雪中にあって尚大紅蓮の咲き誇るなりや。

 我は尚一層の大蓮華と咲き誇りぬべきを此土にては術奪わる道理の有るべけれ?

 此土我を悪しく用いるが故に我も此土に悪しく枯れるより他に無し。



 只今は平らかなり、我が眼前には荒ぶる物も無し。

 天蒼穹にして翳りを知らず唯風そよぐ。

 水面鏡の如く在ればただ葉と睡蓮とを浮かぶ。

 蟲の音遠く響き、我が眼前には微睡むより他に無し。


 只今は安らかなり、我が胸中には懊悩する物も無し。

 天の星々は流れて澱みを知らず唯巡る。

 水面は天の光返して蟲の光と遊ぶ。

 葉音軽く流れ、我が胸中には安逸より他に無し。


 空蝉の声も遠くに聞きにけり。

 魚泳ぎ、蟲飛び、葉の打ち舞ひぬに一切音声平らかに。

 我は唯日を浴びにけり。


 舞飛びぬ蛍の光映りけり。

 水面、天穹、星々の巡り一切平らかに。

 我は唯月を眺めにけり。



 天よりの光我をして喜ばせしめ不足する事無し。

 日の下に在っては葉能く滋養を得て、魚と水と、蟲と蜜と、一切の舞いぬ事天人が如し。

 月の下に在っては露能く滋味を蓄え、魚と水と、蟲と蜜と、一切の慈しむ事諸天が如し。

 一切我をして満ち足らせしめ飢えを覚えせしむる事無し。


 天よりの水我をして喜ばせしめ不足する事無し。

 晴の日に在っては根能く滋養を得て、魚と蟲と、一切を養ふ事般支迦ぱんしかが如し。

 雨の日に在っては池能く滋味を蓄え、魚と蟲と、一切を育む事訶梨帝母かりていもが如し。

 我をして満ち足らせしめ渇きを覚えせしむる事無し。


 天に金に赫く光は迦楼羅かるらが与えしか。

 我が身を温め養ひ華を促す。

 斯様に遇ふさるならば我華も咲かし、実も表すべきか。


 天に銀に輝く露は摩睺羅伽まごらかが与えしか。

 我が身を潤し育み華を促す。

 斯様に遇ふさるならば我華も咲かし、実も表すべきか。



 日照り我が身を灼き、我が水を飛ばす。

 迦楼羅悪鬼と転じ我と我が同胞とを喰らひぬか。

 先の滋養の一切は我と我が同胞とを奪ふ為に与えしか?

 般支迦の羅刹が如く我ら一切を唯翻弄しむり喰らひ尽くさんとす。


 大水我が根を腐らせ、我が土を攫ふ。

 摩睺羅伽夜叉と転じ我と我が同胞とを呑まんぬか。

 先の甘露の一切は我と我が同胞とを奪ふ為に与えしか?

 訶梨帝母の羅刹が如く我ら一切を唯愚弄しむり喰らひ尽くさんとす。


 一切は無常なるか?

 苦と不浄とに流さるる事ばかりに有りべけれ?

 我此の地に華咲かせべからずか?


 一切は皆苦であるか?

 生まれ老い、病み、死に逝く無間の焔こばかり有りべけれ?

 我此の土に実の現しべからざるか?

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