隣の山田さん!?

とくさ

プロローグ 日常のはじまり

「いってきま〜す!!」

 私は靴を引っ掛けながら玄関を出た。時刻は8時5分。もうすでに入学式に間に合うかギリギリだ。私、矢車千春やぐるまちはるは、この春から中学1年生になった。昨日は緊張しすぎてよく眠れなくて、設定していた目覚まし時計を夢の中で止めてしまい…。目が覚めるととんでもないことに7時50分だった!!ドタバタと真新しい制服に着替えて準備はバッチリ!…なはず。

 勢いよく玄関を出ちゃったから、誰かとぶつかってしまった!

「わ〜!!?ごめんなさい、ごめんなさい。大丈夫です…か…?って、山田さん!」

「痛ってて…。おい、お前は入学式でも遅刻する気か?」

 飛び出した先にいたのは、マンションの右隣に住んでいる山田さんだった。知らない人じゃなくてよかった〜。山田さんとは生まれたときからずっと一緒に過ごしてきた、良く言うと幼馴染。悪く言うと…。

「何でもっと早く家を出ようとしないんだ。落ち着いて出れるように余裕をもって出発しろっていつも言ってるだろ。」

 そう、腐れ縁だ。家も隣の603号室、何故かクラスも毎年一緒、出席番号の関係で年度初めはいつも隣の席、その上親同士も仲が良いから、離れようにも離れられない。いつもこういう風に口ゲンカをしている。しかもたちの悪いことに、山田さんは厨二病だ。

「そういう山田さんも、なんでこんな時間にここにいるの。また寝坊したんでしょ?」私は起きたばかりの頭で考えて、もっともなことを言ってみた。でも何を言い返されるか、予測は出来ている。

「俺は、お前の遅刻寸前の慌て顔を見物するためにわざとゆっくり家を出たんだ。こうなることはアルティメットドラゴニウス家が代々受け継いでいるサキアカリで予測済みだったからな!!」

 ほら。山田さんは自分がアルティメットドラゴニウス十三世で地獄の王様の末裔だと本気で思っていて、特殊な力や地獄がどうのこうといつも言ってくる。しかも物心ついたときからずっとだ。正直言って、かなり痛い。普段はもう1人の幼馴染の真似をして上手く受け流そうとしてるけど、こうやってドヤ顔で言われると流石に私も頭に来る。

「そんなこと言ってるけど、そんな便利な力があるんなら私が飛び出して来ることも予測出来るんじゃないの?」

「だ、か、ら。いつも言っている通りサキアカリはそんなに便利な力じゃなくてだな、ちゃんと制限が…!」

「はいはいストップ!!2人共、遅刻しますよ?」

 またあの長い説明を聞かされるのかと思っていたら、もう1人の幼馴染が助けに来てくれた。

「あ!詩穂ちゃん!!おはよー。」

 この子は桃瀬詩穂ももせしほちゃん。山田さんと同じで、生まれたときからずっと一緒の幼馴染。山田さんを挟んで隣の604号室に住んでいる。とっても頭がよくて真面目。紺色の制服がとても似合っている。見るからに優等生だ。同い年の私たちにも敬語を使ってくれる。少し堅苦しいけど、これも詩穂ちゃんの個性だと思うことにしてる。

「呑気なこと言ってますが、遅刻寸前ですよ。まさか入学式早々遅刻するつもりですか?」

 やっぱりしっかりしてる。まるでお母さんだ。こんなに優しい詩穂ちゃんにも山田さんは突っかかる。

「桃瀬2号こそこんな時間まで何してんだ?」

「私は紗穂が支度を終えるのを待っていただけです。それより、そのあだ名で呼ぶのやめてもらえませんか。中学校でもあなたのせいで周りからも呼ばれるようになったら嫌なのですが。」

「だ、か、ら、これも何度も説明した通り、お前らに忘れられないためだって言ってんだろ。」

「それの説明の言っている意味が分からないと私もいつも言っているでしょう!?それにもう中学生なんですよ。まだ子どもだからと目を瞑っていましたが、いい加減学校の代表になるという自覚をもって行動と言動に責任をとる覚悟を持ってもらわないと困ります。その着崩している制服もどうにかしてもらわないと…。」

 あ、まずい。詩穂ちゃんのお説教モードだ。こうなると止められる人は1人しかいない。そろそろ来ると思うんだけど…。

「ごめん、ごめん!お待たせ~!!」

「よかった、丁度いいところに!」

「あれ、千春じゃん。また遅刻〜?お揃いだ!」

 この子は桃瀬紗穂ももせさほちゃん。詩穂ちゃんとは双子で瓜二つ。もちろん私と山田さんとも仲がいい。とっても元気で、運動神経バツグンなんだ。小さい頃からズボンばっかり着てたから、制服のスカート姿がとても新鮮だ。そして、詩穂ちゃんを止めれる唯一の人でもある。

「ちょっと助けてほしいんだけど、山田さんと詩穂ちゃんがね、ゴニョゴニョ…。」

「あ〜なるほど!いつものケンカね。りょーかい!」

 そう言うと紗穂ちゃんは詩穂ちゃんにそろりそろりと近づいていって…。

「バァ!!!」

「「うわーー!!?」」

 驚いた2人は転んでしまった。ちょっと手荒な方法だけど、これが1番ケンカを止めるのに手っ取り早い。実は紗穂ちゃんには特技があって、こんな風に気配を消して動くのが得意なんだ。小さい頃はいつもこうやって驚かされたな〜。

「も〜2人共ヒートアップしちゃうと歯止めが効かないんだから〜。ほら、く学校行こ?」そう言うと紗穂ちゃんはニコッと笑ってエレベーターへ向かっていった。

「桃瀬1号を待っている間にこんなことになったんだがな…。」呆れ顔で山田さんもついて行く。

「ほら、詩穂ちゃんも一緒に行こ?」

「…ええ、そうですね。全く、紗穂にはいつも振り回されっぱなしですよ。」そう言いながら詩穂ちゃんも笑っている。

 エレベーターホールに行くと、混んでいたらしく、まだ2人も残っていた。

「早く来ないと遅れちゃうよ〜!…も〜しょうがない。あたし、階段で行く!!」

 そう言うと紗穂ちゃんが階段に向かって走り出した!

「ちょっと紗穂!!本当にじっとしてられないんだから…。」詩穂ちゃんが止めようとしたけど、あっという間に階段を駆け下りていってしまった。そのすぐ後にエレベーターが来て、仕方がないので3人で乗りこんだ。

「あいつ、本当に集団行動出来ないな。」

「いや山田さんには言われたくないと思うよ。こないだだって授業の途中でどっか行っちゃって先生に怒られてたじゃん。」

「あれは執事から緊急の案件があるって呼び出しがあったから…。」

「それ言い出しちゃったから結局1時間丸々お説教時間になったのに、懲りないね〜、ホント。」1階についてドアが開くと、勝ち誇ったような笑顔を浮かべた沙穂ちゃんがいた。

「やっぱりあたしの方が早かった!さ〜学校行こ!!」

 みんなで自動ドアを出た。春の心地よい風が間を通り抜ける。

 いつもの日常がここにあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る