魔法使いエレーナ

ルーアム

魔法使いエレーナ

私のお母さんは魔法使いだった。それもかなりの腕だったらしい。たくさんの魔法を使いこなし、たくさんの人を助けてきたんだとか。

 ある時は道を塞いでいた瓦礫を魔法で浮かしてどかしたり、ある時は水不足に悩む村に雨を降らせたり、ある時は広まった病を治したり。

 だけど身体が弱く三十歳頃に活動を止め、今では山の中の家で私とひっそり暮らしている。

 お父さんは魔法使いではない。私に魔法の才能がないこと、お母さんがもう子供を産めないことがわかると、すぐに出て行ってしまった。

 お母さんと二人だけだけど、私はとても満足してる。だってお母さんが好きだから。

 今日は私の十歳の誕生日。お母さんが美味しいご飯を作ってくれて、プレゼントも貰える最高な日。

 「ねぇエレーナ、ほかに何かしてほしいことはない? 誕生日なんだから何でも言っていいのよ」

 普段より豪華な食事を終えたとき、お母さんが語り掛けた。

 実は私、前からお母さんにしてほしいことがあった。でも少し言い出しづらい内容だから、ずっと言わずにいた。

 けどお母さんもこう言っているし、いいよね。

 「私……、お母さんに魔法を教えてほしい」

 お母さんの顔色が変わったのがわかった。それもそうだろう、私に魔法の才能は全くないし、それが原因でお父さんは出て行ってしまったんだから。まぁあのクソ男のことなんて、お父さんなんて呼びたくもないけど。

 「エレーナそれは――」

 「私は本気よ」

 お母さんの言葉を遮った。普段は絶対にしないけど今回だけは譲れない。私はお母さんみたいな、人を笑顔にする魔法使いになりたい。

 「わかったわ」

 私の熱意が伝わったのか、お母さんは了承してくれた。

 「ありがとう!」

 私は心の底から喜んだ。

 「それじゃ、どの魔法から教えようかな」

 すっかりお母さんの顔は晴れ、笑顔になっているように見えた。

 「あれがいい! 綺麗なお花をたくさん出す魔法」

 顎に手を当て考えているお母さんに、私が一番好きな魔法をお願いした。

 私はお母さんが魔法を使っているところを見た回数はそれほど多くない。体が弱くなってしまい、魔力が少なくなってしまったからだと言っていた。それでも私が落ち込んで泣いていた日に、お母さんが庭に魔法を使って綺麗なお花をたくさん出してくれたことがあった。私はその魔法を見て笑顔になれた、そして同時に、お母さんのような魔法使いになりたいと思い始めた。

 「いいわよ、綺麗な花畑を出す魔法フィーレブルーメね」



 

 その日から私の魔法修業は始まった。お母さんの魔法の杖を借りて、お母さんと二人三脚で修業した。

 半月経って、一か月経って、半年経って、一年経った。

 でもまだ私は綺麗な花畑を出す魔法フィーレブルーメを習得できていない。

 やはり私には魔法の才能がない、わかってはいた。小さい頃にも魔法を試したけれど、全くできなかったから。

 そしてそれは、お母さんもわかっている。すごい魔法使いだったお母さんはきっと、私以上にわかっているはず。

 それでも私に教え続けてくれる。だからそれに応えたい。その一心で今日も呪文を唱える。

 「綺麗な花畑を出す魔法フィーレブルーメ!」

 「綺麗な花畑を出す魔法フィーレブルーメ!」

 「綺麗な花畑を出す魔法フィーレブルーメ!」

 けれど、いくら唱えても私の持つ魔法の杖は、何も反応しなかった。

 「エレーナ、そろそろ休憩にしましょ」

 お母さんは心配そうな表情で私を見つめた。

 「あともう一回、もう一回だけ!」

 でも諦めたくない、もっと修業したい。

 「……わかったわ」

 私のわがままをお母さんは許してくれた。

 「ありがとう」

 深呼吸をして集中する。今まで教わったことを思い出し、一段と強い気持ちを込める。

 「綺麗な花畑を出す魔法フィーレブルーメ!」

 すると次の瞬間、魔法の杖が薄く光った。

 そして目の前に二輪の花が咲いた。

 「やった、できたよお母――」

 「おめでとう、やったわねエレーナ」

 振り向いた瞬間、お母さんは私を抱きしめてくれた。

 たった二輪だけど、初めて成功させた。そしてお母さんは、そのことをとても喜んでくれた。

 その日の夜ご飯は、誕生日と同じくらい豪華になった。私はとても幸せだった。お母さんも嬉しそうだった。

 



 翌日、いつものように私はお母さんと修業をしていた。

 今日は三輪以上咲かせるんだと張り切っていた。

 けれども三輪どころか、魔法の杖が光ることのないまま時間が過ぎてしまった。

 「なんでだろう、昨日はできたのに」

 すると突然ドサッ、っと後ろで物音がした。

 振り返るとお母さんが倒れていた。

 「お母さんっ!」

 私はお母さんに駆け寄った。何回か呼びかけても反応がない。でも息をしてるし、心臓も動いている。死んでいない、それがわかると焦りが少しだけ、本当に少しだけ落ち着いた。

 「とりあえずベッド、ベッドに運ぼう」

 お母さんを背負おうとするが、上手くいかない。それはそうだ、まだ子供の私が大人を背負うのは難しい。それでもなんとかベッドに運んだ。そしてタオルを濡らしておでこに乗せ、私はお母さんが目覚めるのを待った。

 待っている間、私は思った。

 私に物を浮かせる魔法が使えたら、お母さんをすぐに運んであげられたのに。

 私に病気を治す魔法が使えたら、今すぐお母さんを治せるのに。

 そもそも、なんでこうなるまで気づけなかったのだろう。ずっと一緒だったのに。無理をさせていたってことじゃないか。

 あぁ、私はなんて無力なんだろう。私は、私が嫌いになった。

 「エレーナ……」

 か細い声が聞こえた。

 「お母さん! 目を覚ましたのね、よかった……!」

 お母さんが目を覚ますと、私は抱きしめた。自然に涙が溢れてくる。

 「ごめんなさい、お母さんが倒れちゃうまで無理させてごめんなさい」

 「いいのよ、エレーナのせいじゃないわ、謝らないで」

 私はお母さんに抱きしめられながら泣いた。お母さんは黙って頭を撫でてくれた。

 情けない。すごく情けない。そんな私が大っ嫌い。でも私は、泣くことしかできなかった。



 

 それ以降、お母さんはほとんどベッドで寝たきりの生活になった。

 そして半月が経った。お母さんはもう、いつ逝ってもおかしくはないのがわかるほどに衰弱してしまった。そんなある日、お母さんは私の名前を呼んだ。

 「エレーナ…… よく聞いて」

 「うん」

 「これからも早寝早起き、するんだよ……」

 「……うん」

 これはお母さんの遺言だ。それがわかった。また涙が溢れてくる。

 「野菜をしっかり食べて、好き嫌いは、あまりしないでね……」

 「もう、子供じゃないんだから」

 「ごめん、あとそうだ…… お母さん、エレーナはすごい魔法使いになると思う……」

 「本当に?」

 それは、私が欲しい言葉だった。才能がない私でも、すごい魔法使いになれると言って欲しかった。

 「本当よ、お母さんの目に間違いはないわ……」

 私はお母さんを抱きしめた。お母さんは優しく頭を撫でてくれた。

 その晩、お母さんは天国へ旅立った。

 私は涙が枯れるまで泣いた。しかしもう抱きしめてもらえはしなかった。頭を撫でてもらえなかった。私は一人になってしまった。

 けれど私はそこで終わりはしなかった。お母さんが、すごい魔法使いになると言ってくれた。だから私はすぐに魔法の修業を始めた。

 でも、やはりすぐにはできるようにならなかった。

 半月経ち、一か月経ち、半年経ち、もうすぐ一年が経つという頃、私はついに綺麗な花畑を出す魔法フィーレブルーメを習得した。

 お母さんの一周忌の日、私は野原の中央にあるお母さんのお墓に来た。

 「お母さん、ごめんなさい、一年も経ってしまったわ。でもやっと見せられる、見ていて、お母さん」

 私は、お母さんへの強い思いを込めて魔法の杖を構えた。

 「綺麗な花畑を出す魔法フィーレブルーメ

 魔法の杖は強く光り、野原は見渡す限り花畑へと変わった。

 「お母さん、私、立派になったよ。でもまだまだだよね。だから私、旅をすることにした。ゴールとかも決めてないし、詳しいことは全然考えてないけど、私、魔法で困っている人を助けたい」

 すると風が吹いた。優しい風が、私の背中を押した。風に舞う花弁がとても綺麗だ。

 私は歩き出した。私の背中を押してくれたから。

 「ありがとう、お母さん」

 雫が一滴、花を濡らした。




 ――数年後――

 「この子ですか?」

 「そうです! ありがとうございます!」

 私は迷子の小さな子を抱えて空を飛び、その子のお母さんのところへ届けた。

 「ごめんね、空高かったよね」

 抱えて飛んでいたら、泣き出してしまったのだ。無理もないか。でも歩いていくには時間がかかるし仕方がなかった。

 「そうだ、見てて。綺麗な花畑を出す魔法フィーレブルーメ

 魔法の杖を一振りすると、その子はすぐに泣き止んだ。

 「よかった、それでは」

 「ちょっと待って!」

 去ろうと思って歩き出した背中にその子のお母さんから声がかけられた。

 「このお礼をさせてください」

 「礼など大丈夫ですよ」

 「では、せめてお名前を。お聞きする前に、探しに行ってしまわれたので。それにその魔法の杖、どこかで見た気がして」

 「私は魔法使いエレーナです。この魔法の杖はお母さんのなんです、きっとどこかであなたを助けたんだと思います。それでは」

 私は歩き出した。

 私の旅はまだまだ続く。

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