麗しいわ
向井信彦
1
生涯最後の帰省を終えた帰路、前途に絶望し吐きそうな私を揺らし東京へ帰る電車。美しすぎる太陽、光線が面に刺さる。どうやら奨学金に手を出してギャンブルをしていたことがとどめで、親は私の面倒を見ることを諦めたらしい。これからどうして学費や生活費を工面するかなども考えられず、ただ電車に揺られる。
周りの乗車客は全員綺麗に見えた。身なりがとか、顔立ちがとかじゃない。心がとか精神とかそういうしょうもない話でもない。自分の人間らしさに確証がなくなり、絶望が今の思考を組み立てていると自覚していることによる、ただの相対的な卑下である。
しょぼい駅なので電車を降りてから駅を出るまでが速い。何も考えたくなくて、最寄りの集合団地に囲まれた小さな公園でハイライトを吸った。ビル風は北西。高い雲が空を隠す。今の私には意思がない。自然と俯いた頭、目に入ったのはポイ捨てされたシケモクだった。ヤニのついた吸い口付近は色が濃くなっていて、生々しく湿り気が感ぜられた。こんなものはありふれてどこでも見れる物だが、私の視線を掴んで離さなかったのはフィルターの上の奇妙な星のマーク。こんな銘柄は初めて見た。手に取りタバコをくるくるさせて慎ましく観察してみる。フィルターは真鱈な茶色でアメスピのよう。これを吸った人は半ばで消したらしく、無理やりねじ折られた葉の部分が虚しい。初めて見た星のマークに気を取られていた。
ふと自分の姿を客観視すると気持ち悪さと恥ずかしさが神経を走り、シケモクは捨ててしまった。何故かその時のことはそれからもずっと覚えていた。銘柄はしばらくわからないままだった。
夜に駆ける。終電と思われるスティックスリップの音。下の部屋のトイレの流れる音。すぐ外で騒ぐ東南アジア人の声音。コバエの羽音。自分の鼻息。全部劈くように耳から脳の中心まで貫いて返を開く様な苦しさ。腹立たしい。その日は朝になってやっと寝た。
「もうすこし自分に頓着したらどう?」
石川椿は声高らかに話し始める。
「身なりを気にして、しゃんとして、タバコなんか話にならないわ」
石川椿はわざと悲しそうな顔をしながら言った。
「僕は自分がどうでも良いからタバコを吸ってるわけじゃないんだよ」
「そうかしら」
「そうだよ。きっとみんなそう」
石川椿はまた悲しそうな顔に戻って続ける。
「私はただあなたが心配で言っているのよ。帰省から帰ってきてからずっと辛そうだわ。辛気の内訳はあえて聞かないけれども、何も変わらないならずっと辛いままよ。きっと」
石川椿は鋭く真っ直ぐな視線で私を見ながら言った。実際石川椿の言っていることは間違っていないのかもしれない。だがそれで実際に具合が良くなったとて一番大事な金銭の問題は何も解決しないし、いまここでそうだねと納得して急に元気を出すのもいけすかない。私は私を理解した上で辛い顔をしているのだ。
「何か新しいことでもはじめたらどう。私だったら本の一冊でも読むわ」
図星だが。石川椿は変わらずにこちらを見ている。
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