ぼくが理解できない聖域のはなし

@yutuki2022

第1話

 いつから降りだしたのか、知らない。


 雨の話だ。


 気付けば目の前に滴を見て、気付けば景色は霞んでいた。冷たい、とも思った。凍えそう、とも考えた。


 そうして、凍えてしまえ、と思ったのだ。いっそのこと凍えて死んでしまえばいい、と。


 自分にと向けて。


 なくなってしまいたかった。消えたいと願っていた。いつだって無力な自分。何もできない。誰も助けられない自分など、このまま雨に打たれ続けて死んでしまえばいい。


 幾時間かも歩き続けたのだろうか。それとも、ほんの数分のことか。雨の幕に包まれて、時間など、消えてしまった。いろいろなものが、順に遠ざかっていった。


 音、冷たさ、そして時間も含めてなにもかも。それなのにでも時折自分をもどかしく責める気持ちは湧き起こり、体はカァと熱くなる。


 頭の芯まで震える感覚。その熱さとはまるで関わりなく、足は凍える雨の中を刻み続ける。


 その馬車が横を通り過ぎたときには、川に跳び込みでもしたかのように、濡れていた。少しだけ、視線を上に起こした。


 睫毛から一滴、水が散る。周囲のすべてに闇が落ちていることに驚いていた。


 いつの間にか。自分など置き去りに。自分など棄てて。

 

 驚きは緩やかに移動する。目に映る男の姿。馬車の扉を開き、何か言葉を発したその。


 声。


 聞きたくもない声。濡れそぼった髪の間から淡いブラウンの瞳を覗かせ、メアリーアンは、思う。


 よりによってここで、……いまこの場で会う相手がこの人だなんて。


 問うたなら神は与えてくれるだろうか。答えを。


 悲劇を前に、もともと薄い信仰が消え去りそうだ。もしも座しますのなら、自分に対してはこれが最後の機会になる。


 そんなこと、どこに向かって叫べばよいのかわからないのだけど。


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