誘拐4
「無事か、ステイシー!!」
そう言って駆けこんで来たのはセオドア。後ろにハーマンもいる。
「殿下、ヤング様……どうしてここに!?」
ステイシーは驚いて言ったが、すぐにそれどころではない事を思い出した。
「事情は後でお話します。まずはこの方をモーガン先生の治療院に運びたいのです。殿下やヤング様もご協力下さい!」
こうして、ステイシー達はマーティンを治療院に連れて行った。
治療院に到着したステイシー達は、待合室でマーティンが診察室から出てくるのを待っていた。その間、ステイシー、セオドア、ハーマン、ビリー、ロニーの五人は、それぞれ事情を説明し合った。
「……へえ、城を襲撃ねえ……」
話が一通り終わると、セオドアは張り付いたような笑顔でそう言った。
「あ、あの、セオドア殿下。この方達へは寛大な処分をお願い致します。事情があったようですし、私は怪我一つしていないので……」
「……まあ、ステイシーがそう言うなら……」
セオドアは、渋々といった様子で頷いた。
「ありがとうございました」
マーティンがモーガンに礼を言いながら診察室から出てきた。
「マーティン、大丈夫なのか!?」
ビリーが立ち上がって声を掛ける。
「うん、何とか。ありがとう、ビリー」
「無理するなよ」
ロニーも声を掛ける。
マーティンの無事な姿を見て、ステイシーもホッとした。ビリーが、ステイシーの方に向き直って言った。
「お嬢ちゃん、本当にありがとう。アドバイスをしてくれた上に減刑までお願いしてくれて……」
「いえ、薬剤師としてマーティンさんの健康が気になっただけですから」
ステイシーは、両手を振って応えた。
そして翌日の昼、ステイシーは王城の庭でセオドアと一緒にお茶をしていた。
「……あの三人の減刑が受け入れられそうで良かったです」
お茶を一口飲み、ステイシーが言った。
「まあ、君が無事だったし、襲撃も未遂だったからね」
セオドアも、落ち着いた様子で応える。
「貿易の件も、国内産業の保護とバランスを取れるよう考えて頂けるようで良かったです」
「そうだね……」
セオドアは、ティーカップを置くと目を伏せて言った。
「……本当に、君がいなくなった時は心配したよ……無事で良かった」
「……ご心配おかけして、申し訳ございません」
「いや、君が謝る事じゃないよ」
セオドアは苦笑して言った。
「それで、話は変わるんだけど……」
「何でしょう?」
ステイシーが首を傾げると、セオドアは穏やかな表情で言葉を続けた。
「アーロンの成長ぶりが凄まじくてね。もうブレットの補佐をしても問題ないくらいになっている。もう僕がいなくても大丈夫だろう。……だから、これを受け取って欲しい」
そして、セオドアは木で出来た小さな箱を差し出した。
「あの……開けても?」
「もちろん」
ステイシーが木箱を開けると、そこには緑色の宝石の嵌った銀色の指輪があった。
「これはもしかして……」
「うん、結婚指輪だよ。……僕の妻になってくれる?ステイシー」
「はい……よろしくお願い致します……!!」
ステイシーは、涙目で指輪を受け取った。
それから数日後、ステイシーはいつも通り薬局で働いていた。
「ステイシー、改めて結婚おめでとう」
カウンターにいたステイシーにマージョリーが声を掛けてくる。
「ありがとうございます。正式に籍を移すのはもう少し先になりますが」
調合室から出て来たハーマンも声を掛ける。
「でも、ステイシー様は公爵家に戻るんでしょう?本当に公爵夫人と薬剤師を両立させる気ですか?」
「ええ。薬局で働く時間は今までより短くなるけど、この仕事もセオドア殿下の事も大好きだもの。頑張ってみせます」
「無理するんじゃないよ」
マージョリーが優しい笑顔で言った。
「あの、こんにちは」
店のドアが開き、一人の少女が入って来た。
「こんにちは、どうしたの?」
ステイシーが笑顔で話し掛ける。ウェーブがかった黒髪の少女は、真剣な目でステイシーに言った。
「私、以前教会で薬局の方々がボランティアをしているのを見て、その……将来薬剤師になりたいと思ったんです!どうか、私を弟子にして下さい!!」
十歳にも満たないだろう年齢の少女を見て、ステイシーは微笑んだ。
「興味を持ってくれてありがとう。……あなた、学校に行ってるの?」
「はい、民間の学校に通ってます」
「じゃあ、しっかり学校で勉強して、時間に余裕があったらここに来なさい。私が薬について教えてあげる。……良いですよね?カヴァナー先生」
「ああ、良いよ」
マージョリーが微笑んだ。
「……そうだ、良かったら、今から薬局を見学する?」
「え、良いんですか?」
「ええ、良いわよ」
ステイシーは、少女を招き入れると、笑顔で言った。
「『薬屋カヴァナー』へようこそ!」
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