マージョリーの思い出3
「先生、どうか私を弟子にして下さい!」
ある朝、『薬屋カヴァナー』を訪れた九歳の女の子が、マージョリーに深々と頭を下げた。マージョリーは一瞬目を見開いた後、その少女をじっと見つめた。上等な生地で作られているであろう薄いピンク色のワンピースに、品のある佇まい。どう見ても貴族の子だ。何故こんな小さな薬局に貴族の子が来るのか。それに先程、弟子にして欲しいと言わなかったか。マージョリーは、言い含めるように少女に言った。
「あのね、貴族のお嬢ちゃん。ここは薬を調合したり揃えたりして患者さんに渡すところなんだ。人の命に関わる仕事をしているんだよ。遊びでしていい仕事じゃないんだ」
「わかっています。それでも薬剤師の仕事がしたいんです!」
少女は、青い瞳で真っ直ぐとマージョリーを見つめていた。少女が真剣に薬剤師になろうとしている事はわかる。しかし、罪を犯したわけでもない貴族の令嬢が市井の――しかもこんな小さな薬局で――働くなど聞いた事が無い。
「……熱意は伝わるけどね、あんたを雇うわけにはいかないよ。悪いね」
「そこを何とか」
「無理」
そして、マージョリーは少女をポイと薬局の外につまみ出した。
いくら今熱意があっても、その内諦めるだろうとマージョリーは思ったが、甘かった。少女は次の日も、そのまた次の日も薬局を訪れ、マージョリーに弟子にしてくれと頼んできた。
話によると、少女は以前道に蹲っていた老女を助ける為に薬局に駆け込んだ事があり、マージョリーが対応したのがきっかけで弟子になりたいと思ったらしい。そう言えばそんな事があった気もするが、まさかこんなに熱心に通ってくるとは。
少女が薬局に通い始めて一か月経ったある日、少女とマージョリーはいつものように攻防を繰り広げていた。
「先生、今日こそ私をで」
「駄目だ」
「早い!!」
すると、薬局のドアが開き、一人の青年が入って来た。黒髪に褐色の肌のその青年は、真っ直ぐマージョリーの方に歩いて来ると、困った顔で何事かを話しかけた。しかし、異国の言葉らしく、マージョリーは青年が何を言っているのか分からない。
「困ったねえ。何を言っているのか分からないよ」
マージョリーが頬を掻くと、少女がスッと前に出てきて、青年に話し掛けた。青年はホッとした顔になり、少女に何事かを伝えた。少女は、マージョリーの方を向くと言った。
「この人の奥さんが風邪みたいで、発熱しているそうです。それで、ここが薬局のようだから薬を買いに来たそうです」
「そうだったのかい。ちょっと待っておくれ」
マージョリーはカウンターの奥に行くと、薬の瓶を一つ取り出して戻って来た。そして、少女の方を向くと申し訳なさそうに頼んだ。
「この薬は医師の処方箋が無くても販売可能な薬だ。これを飲んでも良くならなかったら医師に相談するよう伝えてくれるかい?」
「はい」
少女が青年に話し掛けると、青年は明るい顔になって薬の瓶を受け取り、お金を払うと薬局を後にした。
「ありがとう、助かったよ。でもお嬢ちゃん、どうして異国の言葉が分かるんだい?」
「私は公爵家の娘なので、将来外交で役に立てるように、家庭教師に異国の言葉も教わっているんです」
「公爵家……」
身分の高い娘だとは思っていたが、まさか公爵家とは。
「しかし、そうなると益々不思議だねえ……そんな身分の高いお嬢さんが、どうしてこんな薬局で働こうとするのか。百歩譲って薬学に興味があるにしても、もっと規模の大きな薬局があるだろうに」
「……先生だけだったんです」
少女は、真剣な目をして言った。
「実は私、最初先生に弟子入りを断られた後、他の薬局もいくつか見学したんです。でも、他の薬局の従業員は、患者さんに薬を渡して説明するだけでした。先生だけだったんです。患者さんの生活習慣も聞き取って、薬の飲み方をアドバイスしている薬剤師は……」
「……」
マージョリーは少女に近付き、ポンと頭に手を置いた。
「……ありがとう。あんたは将来立派な薬剤師になれるよ。……今更だが、あんたが立派な薬剤師になれるように私に手伝わせてくれないかい?」
少女は一瞬きょとんとした後、ハッとした。
「先生、それって……!!」
「ああ、あんたを弟子にするよ」
穏やかな笑顔でマージョリーが言うと、少女はぱあっと明るい顔になって叫んだ。
「ありがとうございます、一生懸命頑張ります!!」
「そういや、あんたの名前を聞いてなかったね」
すると、少女は深々と頭を下げて言った。
「ステイシー・オールストンと申します。よろしくお願い致します」
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