医薬分業3
ステイシーはしばしの間、処方箋と記録を見ていたが、やがて目を見開いた。
「あれ……?」
「どうしたんだい、ステイシー?」
マージョリーが処方箋を覗き込みながら聞く。
「先生、これって……」
「……ああ、これはこのまま薬を渡せないね」
「私、モーガン先生に処方箋の内容を変えてもらうよう言ってきます!」
ステイシーは、エイベル氏に時間が掛かる事を説明すると、処方箋を持って治療院へと走っていった。
「あの、どうしたんですか?」
セオドアが心配そうに尋ねた。マージョリーは、穏やかに笑うと言った。
「何、心配する事は無い。詳しい事は言えないけど、エイベルさんにはある病気があってね。その病気の人には原則として使っちゃいけない薬が処方されていたんだよ。ステイシーがすぐ気づいてくれたし、モーガンの爺がエイベルさんに合った薬に変えてくれるだろうさ」
「そうですか……」
セオドアは、ホッとして息を吐いた。
その後、ステイシーは新しい処方箋を持って治療院から戻って来た。そして、新しい処方箋の内容通りの薬を渡すと、エイベル氏は待たされた事に不満も言わず笑顔で帰っていった。
エイベル氏がいなくなり、店内には今ステイシー達三人しかいない。ステイシーは、ポツリと言った。
「モーガン先生、言ってました。『院外処方についてグチグチ言って済まなかった。今回の件はこちらのミスだ。ミスに気付いてくれた事、礼を言う』って……」
「……あの爺も医者の端くれだ。自分のミスで患者の健康が損なわれるなんて事は避けたいだろうさ」
マージョリーは、目を伏せがちにしながら言った。
「世の中には自分のミスを認めないで怒り出す医師もいるそうですから、それを考えるとモーガン先生は良心的ですね」
セオドアが言うと、マージョリーはステイシーに聞いた。
「あの爺がどうして診療代に拘るか知ってるかい?」
「……いいえ。何か特別な理由があるんですか?」
「ああ、あの爺は愛妻家でね……」
マージョリーの話によると、モーガン医師の妻は孤児院出身で、商人の夫婦に引き取られて育ったらしい。二十代の時、看護師として働いていた彼女はモーガン医師と結婚し、子宝にも恵まれた。歳を重ねて子供達が独立した後はまた夫婦二人で暮らしていたが、三年前に彼女は病でこの世を去った。
その後モーガン医師は、彼女を育てた孤児院への寄付を始めた。その孤児院は経営が苦しく、多額の寄付を必要とする為、診療代に拘っていたわけだ。
「そうだったんですね……」
ステイシーは、しんみりとした様子で呟いた。
「まあ、だからと言って院外処方を取りやめるつもりは無いけどね。今回のような事もあるし」
マージョリーが笑みを浮かべて言った。
ステイシーは、書類の並んだ棚を見ながら思った。自分が患者さんの記録を作る事を提案したお陰で、患者さんの健康を守れたと思って良いのだろうか。だとしたら、すごく誇らしい。最初前世の記憶を思い出した時は戸惑ったが、転生した意味はここにあったのかもしれないと。
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