婚約破棄された悪役令嬢は薬剤師になります~一包化はいかがですか~
ミクラ レイコ
薬剤師としての出発
「ステイシー・オールストン、お前との婚約を破棄する!!」
ある夜、卒業パーティーの会場で、第二王子であるブレット・ウィンベリーは高らかに宣言した。来場者達がざわめき、会場は騒然となる。
「……恐れながら殿下、理由をお聞きしても?」
婚約破棄を宣言された公爵令嬢、ステイシーは、努めて冷静にブレットに問い掛けた。
「とぼける気か!お前はこのアニタ・ウォルターズ男爵令嬢を嫉妬のあまり虐めていただろう!」
「怖かったですう、ブレット殿下……」
そう言ってブレットの腕にしがみついたのは、茶色いフワフワのショートヘアの女の子。瞳をウルウルさせているが、彼女――アニタがステイシーを見た時、微かに口角が上がったのをステイシーは見逃さなかった。
「……虐めをした覚えなどありませんが、何か証拠が?」
「ふん、そんなに証拠が見たいなら見せてやる!」
ブレットが側近に声を掛けると、その側近が木箱を持って来た。ブレットは、木箱から証拠の品々を取り出して説明を始める。
「これは、お前が破ったアニタのノート、これは、お前が汚したアニタのハンカチ……」
ステイシーは、呆れながら彼の言葉を聞いていた。そんなもの、いくらでも捏造出来るではないか。恐らく、アニタが自作自演したのだろう。何故そんな事にも思い至らないのか。
一通りブレットの話を聞いた後、ステイシーは口を開いた。
「私は神に誓って虐めなどしておりませんが、婚約破棄の件、承知致しました。国王陛下へは、ブレット殿下からお伝えくださいませ」
そして、ステイシーは優雅にカーテシーをすると、「では、急ぎますので」と言ってスタスタと会場を後にした。
後から聞いた話によると、あまりにも素直に婚約破棄に応じたので、ブレットとアニタはしばらくポカンとしてその場に佇んでいたらしい。
馬車で家に帰ると、ステイシーはリビングのドアをバンと開けた。
「お父様、お母様、私、やはり婚約破棄されました!」
リビングで寛いでいた父親のクレイグと母親のミシェルが揃ってステイシーの方に顔を向ける。
「本当にお前の言う通りになったな……まあ、あの第二王子は、お前という婚約者がいながら男爵令嬢に夢中になっていると噂になっていたから、不思議ではないが」
クレイグが冷静に言葉を発したが、読んでいた新聞をぐしゃりと握り締めた所を見ると、やはり可愛い娘をコケにされたのが悔しいらしい。
「まあ、ステイシーちゃんはこういう事態を見越して手に職を付けているし、私達が心配する事は無いわねえ」
ミシェルは、頬に手を当ててのほほんと言った。
「もうすぐ正式に婚約破棄の手続きが始まるでしょう。男爵令嬢を虐めたという濡れ衣も着せられているので、もしかしたら私は平民落ちするかもしれません。その際は、家族まで処罰しないよう嘆願するつもりですが、もし巻き込んでしまったらごめんなさい」
そう言うと、ステイシーはリビングを後にした。
自室に入って鍵を閉めると、ステイシーは鏡台に向かい、自分の姿を映した。ウェーブがかった長い金髪につり上がり気味の目。その目からは、サファイヤのような青い瞳が覗いている。ステイシーは、ぽつりと呟いた。
「……本当に、『ほしまほ』と同じ結末になったわね……」
実は、ステイシーには前世の記憶がある。現在十八歳の彼女が前世を思い出したのは七歳の時。高熱で寝込んだのがきっかけだった。
前世の彼女は日本人女性で、薬剤師として働いていた。仕事帰りに横断歩道を渡っていたらトラックが近付いて来た記憶があるので、恐らく交通事故で死んだのだろう。
前世を思い出したついでに、ここが前世でやり込んでいたゲーム『星屑少女は魔法学園で輝く』と似た世界だと気付いた。
『星屑少女は魔法学園で輝く』、通称『ほしまほ』は典型的な乙女ゲームで、主人公は平民の少女アニタ。彼女はひょんな事から魔法の才能を見出され、男爵家の養子になった後、貴族が通う魔法学園に通う事になる。そして学園で起こった事件を解決したり魔物を倒したりしながら、攻略対象と愛を育むのだ。
もちろん第二王子であるブレットも攻略対象で、婚約者であるステイシーは、アニタと彼が仲良くなる事に嫉妬してアニタを虐める悪役令嬢だ。
ブレットルートのハッピーエンドが、アニタとブレットが両想いになり卒業パーティーでステイシーを断罪するというものだったので、今日の婚約破棄は驚く事ではない。以前からブレットはアニタを側に侍らせていたので、ステイシーはそれとなく両親に婚約破棄されるかもしれないと伝えていた。
ステイシーとブレットは六歳の頃から婚約していたが、別にブレットを愛していた訳でもないので悲しくない。ブレットは金髪の青い瞳の美少年だが、どちらかというと浅慮な彼より第一王子の方が好みだ。
そういうわけで、ステイシーはすぐに気持ちを切り替える事が出来た。
「さあ、明日から忙しくなるわよ」
そう呟くと、ステイシーは両手で顔をパンと叩いた。
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