第3話 煮るなり焼くなり


 カッパがアゴを…、 というかクチバシをクイッとしゃくると。

 でっかい碁石みたいな円盤からトラクタービームが出てきて、カッパとおれは円盤に吸い上げられた。


 円盤の内部はフィットネスクラブみたいな筋トレ器具がずらりと並んでいる。

 壁面の複数あるモニターには濃い顔面の白人女や黒人ムキムキマッチョが不気味に笑いながらヨガやらフィットネスダンスを踊る映像が流れていた。

「移動の間、ボーっとしてるのもなんなんでね、まぁ趣味ですわ。移動時間ってのが結構バカにならないっていうか、社会人にとってはこういう時間を有効利用できるかどうかで差がつくんですよ、クワッキュッー」


 なるほど意識高い系のカッパか。あんま近づきたくないタイプだな。

 筋トレ器具は立派だが、さほど使い込んでない気配がする。


 前面メインモニターの前にあるふたつ並んだソファみたいな座席、そこにカッパが座ったので、おれもとなりに座った。背中の泥がソファにベッタリと付いた。

 カッパが横目で見ながら「チッ」とクチバシを小さく鳴らした。

 仕方ないだろ、どうしろってんだ。


「はぁ~~~~」わざわざ聞こえるように大きなため息を付きながらカッパは「じゃ発進! キュゥゥゥ」と言った。なんだこの嫌味は。


「やっぱやめる、おれ帰るわ」

「え!?」

「こんなマネされて帰るっつの、降ろせよ」

「いや、ダンナそんなドロドロで、どうやってバスに乗るんすか? キュウ」

「洗うよ川で、こんな天気良いんだからしばらく甲羅干ししてたら乾くだろ、さあ降ろせ」

「クワクワーッ、困ります。恩返しがまだ済んでません」

「困らねーよ、なんだその態度、もう恩返しなんていらねーよ、さっさと降ろせ」

「キュッキュー、受けた恩は返すのが規約なんすよ~! 規約守んなきゃ立場ねーんすよ、ボクの立場考えてくださいクワッ!」

「知らねーよ、勝手に話進めた上にオマエ不機嫌だったじゃねーか。いいよもう、帰る!」

「キュキュ~~、ただ帰ってもらっちゃ困ります、恩を返しておかないと一族のメンツがぁ~!」


 カッパは焦りまくっている。しかしなんだコイツの口から出るのは「立場」だの「メンツ」だの、そんな言葉ばっかりだ。これが意識高い系の正体か。おまえは立場うんぬん以前に、基本的な礼節を忘れている。


 おれはそう言ってカッパをたしなめた。

 カッパは正座してうなだれて聞いていたが、カラダをモジモジさせたり、頭を掻いてみたりで、この状況を誤魔化そうとしてるのが見え見えだった。

 こいつ怒られ慣れてないな。こんな調子で生きてきたのか。


 するとカッパはクルッと後ろを向いて、おれに向かって尻を突き出してきた。

「はいダンナ、好きにやってくだせえキュゥ」

「好きにってなんだよ、叩けってのか?」

「叩くなり、蹴るなり、ムチでしばくなり、掘ってくれるなりですキュゥ」

「嫌だよ、オレにそんな趣味はねーよ」

「ムチはそこにあります、ソフトタッチのノーマルとトゲトゲの付いた鬼タイプ」

「やらねーっつの」

「クワッ、でも! なんか犯ってもらわないと、恩を受けた埋め合わせが!」

「そういうの求めてねーよ。オレはシャツとジーパンを洗濯したかっただけだ」

「アッー! クワァッ~~~~!!」

「なにもしてないだろ! 変な声出すな!」

「フライングです。──は…初めてなんで優しくしてキュゥ…」

「ちょっと待て、なんでおまえ頬を赤らめてるんだ!あ、足にしがみつくな、コラッ、しなだれてトロンとした上目遣いでおれを見上げるな!」



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