クレイジー・レイジ ~アプリゲームで世界征服~

骨肉パワー

一章 ランナーズ・ハイ

第1話

「まったくよぉ…やってらんねえよほんと」


 寒空の下、一人の男が道を歩く。


 男の体は泥のように重い。それも当然の話だ。連日の睡眠不足。それは確実に男の肉体と精神に影響を及ぼしていた。


 この日、男は完全に狂っていた。休日出勤という悪夢の時間。それから解放された事での異常なハイテンション。だがそれだけではなかったのだ。


 ___男は無性にイライラしていたのだ。


(毎日毎日同じ事の繰り返しだ。仕事をして、同じ飯を食べて、寝て、また仕事。無限ループ地獄かよ……)


 無限に続く煉獄のような退屈の日常に、男は心底ウンザリしていた。


 とはいえ、男には何か特別な力があるわけではない。知能は平凡、肉体だけは極限まで鍛え上げられているが、それだけでは日常を非日常に変える事などできない。


(…ダメだな。こんな事を考えても1円の得にもならない)


 再び男の思考に影が差してくる。社会人になってからというもの、男は日に日に昔の事を思い出す時間が増えていた。


 1年。たったの1年という時間で男は夢というものを失ってしまっていた。繰り返される日常という狂気の日々。彼の心はついに限界を迎えようとしていた。


「こんなものが、俺が望んでいた人生なのか?」


 男は、その手に握られていたカップラーメンにそう問いかける。この一年間、壊れそうな彼の精神を繋ぎとめていてくれた、正真正銘の彼の親友だ。


<馬鹿な事を言ってないで、さっさと帰って寝なさい!あんたこのままだと死ぬわよ!!>


 手にしたカップラーメンから声が聞こえてくる。


(またいつもの幻聴か。社畜になってからというもの、この手の現象にすっかり慣れちまったよ)


「…ふむ。そろそろ3分経ったかな?」


 容器のフタを剥がし携帯していた木製の割り箸を中に入れグルグルと中身をかき回す。その手の中から濃厚かつスパイシーな香りが漂い始めた。男が今回夜食に選んだカップラーメン、それはカレー味だ。100円クラスの商品ではなく、200円クラスの具が大量に入った超高級品。男はその素晴らしさに絶頂しかけていた。麺と具をバランスよく箸でつかみ取り、ズルズルと口内にかきこむ。こみ上げる圧倒的な幸福感とドーパミン。男はこの瞬間、確かに宇宙を感じていた。


「ひあああああああ!!美味いいいいいいいいいぃぃぃぃぃ!!!」


 閑静な住宅街、そこに男の異常な発言が響き渡る。時刻は既に深夜0時近く。正気の沙汰ではなかった。


(なんだか最高に気持ちよくなってきたぜ!!)


「あのクソボケ上司がよおぉぉ!! こんな時間まで残業させやがって!!」


「しかも残業代は出ないだぁぁ!?馬鹿野郎!!それ普通に犯罪だろうが!?頭おかしいだろあのクソ会社!!」


 この世の不条理に嘆きながら、男はカップラーメン(カレー味)を眺める。いや、もはや眺めるというレベルではなかった。男にとって、カップラーメンは既に信仰の対象と化している。彼にとっては、人間の命よりもカップラーメンの命の方が重いのだ。


「…ラーメンの神様。この世にラーメンを作ってくださり感謝しています」


 次に彼の口から出た言葉は、祈りの言葉だった。敬虔な信徒でさえも唸りを上げるような、ただただ純粋なラーメンへの愛。それは自然な形で言葉となり、彼の口から世界へと伝えられる。


「ラーメンは裏切らない。それだけがこの世界の真理だ」


<…こいつもうダメだ。私じゃ手に負えない……>


 再びカップラーメンから声が聞こえたような気がしたが、男はとくに気にする事はなかった。


「…ふふ。ラーメンが俺を呼んでるぜ」


 彼は最高に気持ち良くなりながら、カップラーメンを片手に国道のど真ん中で踊り出す。何故そんな事をしたのか?理由など本人にも分からない。だがそうしなかればいけないのだと、彼の直感が囁いていた。


 ___近づいてくる大きな車体。


 ___眩しい光。


 ___鳴り響くクラクションの音。


「……」


 強烈かつ圧倒的な衝撃によって男の体は道路へとぶっ飛ばされる。即死だ。


 その凄惨な光景を、1人の白い少女がしっかりと見ていた。真っ白な髪に、白い肌。どこか神秘的な白い服を着た少女は、両手で自身の頭を抱えていた。


「…信じられない。このバカ…本当に最後の最期までラーメンの事しか考えてなかった」


 そう言い残すと、少女の体はゆっくりと消えていった。


 とにもかくにも、こうして一人のイカレた男の人生は終わったのだ。


 これでこの物語はおしまいだ。


 …いや、終わってなどいなかった。これから始まるのだ。1人の男の、クレイジーな物語が。

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