第46話 転生者、書類チェックで疲れる

 魔王という特殊な立場になってはしまったが、王国からの追放をきっかけに、本格的なスローライフ計画を練ることにした。

 その手始めとして畑を作ることにしたのだが、やって来たばかりのドライアドのウネとはうまく話がかみ合わなかった。


「畑仕事は魔王の仕事じゃない」


「それは分かってる。分かってるけど俺はやりたいんだ」


 荒れ果てた庭園を畑にするのには賛同してくれたが、自分の仕事だと言い張って俺にやらせようとしてくれなかったのだ。


「何をやってるんですかね、セイってば……」


「ピエラ」


 ウネと口論をしていると、ピエラが姿を見せる。

 ピエラはもふもふ好きで今は獣人たちのとりまとめ役をしている。今日は要望を持って魔王城へとやって来たらしい。


「獣人たちからいろいろ要望が出てきたものだから、伝えに来たんだけど。ちょっと時間はいいかしらね」


「それって、俺じゃなきゃダメなのか?」


「みんなからセイにって言われて預かってきたのよ? セイじゃなきゃダメに決まってるじゃないの」


 ピエラに怒られる俺である。


「まったくしょうがないな……。ウネっていったな。俺が魔王の間は城の庭園は任せるから、好きなように飾ってもらっていいぞ。ただし、俺が直に手入れする畑は必ず残しておいてくれ。これは魔王命令だからな」


「しょうがないなの。それじゃ、ここのこの辺りだけ置いておくから、魔王様が好きにするといい」


「悪いな。俺の夢みたいなもんだから、そればっかりは譲れないんだ」


「変な夢」


 ズバッと言い切るウネに、俺は少し傷付いた。

 しかし、ピエラが持ってきた要望書に目を通さなければならないので、ウネの事はキリエに任せることにして、俺はピエラと一緒に執務室へと移動していった。


 ウネをキリエに任せたために、俺たちに紅茶を持ってきたのはカスミだった。しかし、不機嫌そうに頬を膨らませながら、カスミは紅茶だけ置いていくとそのまま無言で部屋を出ていった。一体どうしたというのだろうか。

 気にはなるところだが、とりあえずはピエラの持って来た案件を確認することにする。

 とはいえ、俺は獣人を優遇するつもりはない。内容が本当に必要な事なのかどうなのか、その判断はしっかりするつもりだ。

 こんな事にならなければ、俺は本来親父の跡を継いでコングラート侯爵になっていたはずだからな。そうなるとやっぱりこういう政に携わることになる。

 魔王になって、それがちょっとばかり早まってしまっただけなんだよ。

 俺はピエラと一緒に要望の内容を確認していく。

 あれからの日数を考えると、ピエラは実質獣人たちの集落との間をとんぼ返りするくらいの余裕しかなかったはずだ。なので、ピエラも要望書を渡されただけで、内容をすべて確認するなんてことは不可能だっただろう。

 だからこそ、二人で一緒になって分厚い要望書の束を確認しているというわけだった。


「よくもまあ、こんなに要望が集められたものだよな……」


「まったくそう思うわよ。多分、自分たちと同じ獣人が魔王になったからでしょうね。自分たちの要望が通りやすいと思い上がっているんだと思うわ」


 もふもふ好きなピエラでも、さすがにそれはそれ、これはこれとしっかり分別しているようだ。愛でるのと甘やかすのでは、大きく違うからな。


「わ、私も何かお手伝いしましょうか?」


 ラビリアが声を掛けてくる。


「だったら、俺とピエラのためにお菓子を持ってきてくれないかな。結構頭を使うから、甘いものが欲しいんだ」


「承知致しました。では、行ってまいります」


 ラビリアは頭を深く下げてから執務室を出ていく。

 俺たちはお菓子を待っている間も書類を読み進めていく。

 やがてラビリアが戻ってくる頃には、どうにか半分ほどの書類に目を通し終わっていた。なんだよ、これ……。想像以上に多すぎるぜ。


「お疲れさまでございます。ショコラケーキがございましたので、切り分けて頂きました」


 ラビリアが甘い香りを漂わせながら戻ってきた。


「へえ、そんなのがあったのか。こっちじゃ食べられないと思ってたから驚きだな」


「セイ、何を言っているの? ショコラって何よ」


「えっ、王都に無かったけか?」


 俺は疲れて伏せていた耳を思わず立たせてしまう。


「ないわよ。ショコラなんて単語初めて聞いたわ。セイは一体どこでそれを聞いたのよ」


 迫りくるピエラの剣幕に、思わずたじたじになってしまう。


「ショコラは魔王領では一般的なものでございます。チョコとも呼ばれますけれども、これまでも間食としてお出ししていたそうです。おそらく魔王領に来てから慌ただしかったでしょうから、その辺りの記憶があいまいになってらっしゃるのでは?」


「そ、そうだよ。多分きっとそうだ」


 ラビリアの想像に俺は乗っかっておく。だが、ピエラから向けられた怪訝な表情は、解消する事がなかった。


「まっ、そういうことにしておいてあげるわ。セイってば昔っからよく分からないことを喋っていたものね」


 問い詰めるのも面倒になったのか、ピエラは呆れた表情で追及をやめていた。

 そして、ラビリアが新たに入れた紅茶とともに、ショコラケーキを堪能したのだった。


「うん、甘くておいしい」


 すっかり機嫌がよろしくなったようなので、俺はひとまず安堵する。


「それにしても、なかなかに酷い量の要望書ですね。これ、終わりそうですか。私も手伝いますよ、獣人族ですし」


「まぁそうだな。よろしく頼むよ」


「お任せ下さいませ」


 結局、ラビリアも交えて目を通す作業を行ったのだが、大半は無視できるような内容だった。よくもまあこんなに要望を募れたものだ。

 すべての作業が終わった時には、とっぷりと夜の闇に包まれてしまっていたのだった。

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